35 / 114
7──許されるならば永遠に【兄】
3 遠江の本音と優人
しおりを挟む
翌日、優人が当日のことについての打ち合わせがあると母たちのところへ向かったあと和宏は一人、土産物を覗いていた。
最近ずっと優人と行動を共にしていたせいか、一人とはこんなに味気ないものなのかと改めて思う。
この旅館には数日間滞在予定。ネコ型饅頭でも買っていくかと思っていると、
「和宏」
と背後から声をかけられ、びくりと肩を震わせた。
聞きなれない男性の声。思い当たる人物は一人しかいない。
「久しぶりだね」
振り返れば、案の定。
会うのはしばらくぶり、遠江だ。
結果的には感謝もしてはいるが、和宏の決心を打ち砕いた男。
「阿貴たちと一緒じゃないのか?」
優人の打ち合わせには同席するものだと思っていた。
なにせ彼が案を出した張本人なのだから。
「僕は部外者だからね。君こそ、一緒ではないのかい?」
もちろん同席することも出来たが、優人が来るなと言ったのである。
理由は簡単。和宏を阿貴に会わせたくないから。
「性格悪かったんだな、あんた」
和宏の冷たい物言いに、遠江はクスリと笑う。
「君にあんなことを強いた僕の性格が、良いとでも思っていたのかい?」
「それもそうだな」
元気そうで安心したという彼を不思議な気持ちで見ていた。
自分のことを心配したとでも言うのだろうか? 手を出さなかったくせに。
「ここではなんだし、中庭の方に行かないか? 飲み物でも買って」
「ああ」
部屋に連れ込まれでもするのかと覚悟したが、彼は意外と紳士だった。
遠江は土産物屋で草餅を二つとお茶を購入すると、中庭に向かって歩き出す。和宏は大人しくそれに従った。
「で?」
和が漂う中庭には日本庭園が広がっている。
時期になれば藤棚も見られるようだ。
黒い漆塗りのベンチに腰掛け、草餅に口を近づける和宏。とてもいい香りがする。
「今更こんなことを言うのもあれだけれど。僕は本気で君のことが好きだったよ」
「過去形?」
鼻に抜ける草餅の香り。口に残る甘すぎない餡。
「いや、現在進行形」
言って彼がストローに口をつける。
ホントに今更だよなと思いながら、和宏もお茶を口に含んだ。
「でも、阿貴は愛人なんだろう?」
「まあ、形はね」
お茶を傍らに置いた彼は、足を組むと両手を後ろにつき空を仰ぐ。
「僕は君の書評が好きだった。ずっと著者を探していたんだ」
和宏が失ったのは誇りやプライドであって仕事ではない。
そのことを知ってか知らずか、
「阿貴の口車に乗ったのは自分の意思だから、彼のせいにするつもりはない。君には本当にすまないことをしてしまったと思う」
と続けた。
優人を呼んだのがせめてもの償いだと言うのだろうか?
「あんたの言う、好きはなんだ?」
覚悟をして会いに行ったのに、恥をかいただけ。
今でもそう思っている。
「恋だよ。あの時、選択が違っていたなら君は僕のものだった」
「そうかもな」
和宏は投げやりに返答した。
遠江はそんな和宏に苦笑いをする。
「でもきっと、君の心は僕のものにはならない」
遠江の手がさらりと和宏の髪を撫でた。
「君の心にいるのは、いつだってあの子だ」
”あの子”という言い方に引っかかり、顔をあげようとしてドキリとする。
目の前に映るのは……
「兄さん」
いつの間に傍まで来ていたのだろうか?
呼ばれて見上げると、怒った顔をした優人。その視線は遠江へ向けられていた。
「君が心配しなくても、和宏に手を出したりはしないさ」
隣の遠江へ視線を向ければ彼は肩を竦め、立ち上がる。
「和宏が一人で寂しそうにしていたからね。ちょっと話相手になってもらっただけさ」
わざとらしく言って遠江は優人の耳元へ唇を寄せる。
何かを囁かれた優人はじろっと彼を睨みつけた。
一体何を言われたのだろうか?
「アイツ、ムカつく」
去っていく遠江に、低く吐き捨てる優人。
その姿があまりにも珍しくて和宏はじっと優人を見つめていたのだった。
最近ずっと優人と行動を共にしていたせいか、一人とはこんなに味気ないものなのかと改めて思う。
この旅館には数日間滞在予定。ネコ型饅頭でも買っていくかと思っていると、
「和宏」
と背後から声をかけられ、びくりと肩を震わせた。
聞きなれない男性の声。思い当たる人物は一人しかいない。
「久しぶりだね」
振り返れば、案の定。
会うのはしばらくぶり、遠江だ。
結果的には感謝もしてはいるが、和宏の決心を打ち砕いた男。
「阿貴たちと一緒じゃないのか?」
優人の打ち合わせには同席するものだと思っていた。
なにせ彼が案を出した張本人なのだから。
「僕は部外者だからね。君こそ、一緒ではないのかい?」
もちろん同席することも出来たが、優人が来るなと言ったのである。
理由は簡単。和宏を阿貴に会わせたくないから。
「性格悪かったんだな、あんた」
和宏の冷たい物言いに、遠江はクスリと笑う。
「君にあんなことを強いた僕の性格が、良いとでも思っていたのかい?」
「それもそうだな」
元気そうで安心したという彼を不思議な気持ちで見ていた。
自分のことを心配したとでも言うのだろうか? 手を出さなかったくせに。
「ここではなんだし、中庭の方に行かないか? 飲み物でも買って」
「ああ」
部屋に連れ込まれでもするのかと覚悟したが、彼は意外と紳士だった。
遠江は土産物屋で草餅を二つとお茶を購入すると、中庭に向かって歩き出す。和宏は大人しくそれに従った。
「で?」
和が漂う中庭には日本庭園が広がっている。
時期になれば藤棚も見られるようだ。
黒い漆塗りのベンチに腰掛け、草餅に口を近づける和宏。とてもいい香りがする。
「今更こんなことを言うのもあれだけれど。僕は本気で君のことが好きだったよ」
「過去形?」
鼻に抜ける草餅の香り。口に残る甘すぎない餡。
「いや、現在進行形」
言って彼がストローに口をつける。
ホントに今更だよなと思いながら、和宏もお茶を口に含んだ。
「でも、阿貴は愛人なんだろう?」
「まあ、形はね」
お茶を傍らに置いた彼は、足を組むと両手を後ろにつき空を仰ぐ。
「僕は君の書評が好きだった。ずっと著者を探していたんだ」
和宏が失ったのは誇りやプライドであって仕事ではない。
そのことを知ってか知らずか、
「阿貴の口車に乗ったのは自分の意思だから、彼のせいにするつもりはない。君には本当にすまないことをしてしまったと思う」
と続けた。
優人を呼んだのがせめてもの償いだと言うのだろうか?
「あんたの言う、好きはなんだ?」
覚悟をして会いに行ったのに、恥をかいただけ。
今でもそう思っている。
「恋だよ。あの時、選択が違っていたなら君は僕のものだった」
「そうかもな」
和宏は投げやりに返答した。
遠江はそんな和宏に苦笑いをする。
「でもきっと、君の心は僕のものにはならない」
遠江の手がさらりと和宏の髪を撫でた。
「君の心にいるのは、いつだってあの子だ」
”あの子”という言い方に引っかかり、顔をあげようとしてドキリとする。
目の前に映るのは……
「兄さん」
いつの間に傍まで来ていたのだろうか?
呼ばれて見上げると、怒った顔をした優人。その視線は遠江へ向けられていた。
「君が心配しなくても、和宏に手を出したりはしないさ」
隣の遠江へ視線を向ければ彼は肩を竦め、立ち上がる。
「和宏が一人で寂しそうにしていたからね。ちょっと話相手になってもらっただけさ」
わざとらしく言って遠江は優人の耳元へ唇を寄せる。
何かを囁かれた優人はじろっと彼を睨みつけた。
一体何を言われたのだろうか?
「アイツ、ムカつく」
去っていく遠江に、低く吐き捨てる優人。
その姿があまりにも珍しくて和宏はじっと優人を見つめていたのだった。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる