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5──憎しみの代償【義弟】

3 その選択

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──執着がない……か。

 奪っておいて、奪い返されても飄々としていればそれは怒るだろう。
 しかし自分が好きな相手は和宏ではない。
「僕が好きなのは、優人。君なんだ」
 今しかないから、今言う。
 それが正しいかどうかはわからないが。
 阿貴の言葉に優人の表情が変わる。
 それはきっと……軽蔑。

「じゃあどうして兄さんを連れて行ったの? 俺じゃなく」
 その疑問はもっともだと思った。
 普通なら、好いた相手を連れて家を出るものだろう。いくら嫌われているとは言え、交渉次第では応じたはずだ。試して断られたならまだしも、試してもいないうちから阿貴はその選択肢を選ばなかった。
 理由なんて一つしかない。

「僕と同じだったから」
「同じ?」
「そうだよ。義兄さんは優人のことが好きで苦しんでいた。そのことに気づいたから」
 優人がスッと阿貴の胸元から手を放す。
 納得いかないとその表情が物語っていた。
「なら、どうして兄さんにあんなことしたんだ? 他に好いた相手がいることを知りながら、身体を弄ぶようなことを」
 彼が一番許せないのは自分から奪ったことよりも、そのことなのだろう。

「それは……」
 きっと説明しても分からないだろうと思った。
 彼と自分とでは価値観が違う。
 ”想いが叶わない同士、慰めあおうと思った”と言ったところで、きっと納得はしないのだ。それでも阿貴は、なるべく伝わるように言葉を選んで説明をする。そして、彼は懸念した通りの反応をした。

「それって、なんの慰めにもなってないよね」
 優人は正しいと思う。結果的に和宏を苦しめ、傷つけただけなのだから。
「そんなことをして、何か得られたの?」
 これは自分がしたことに対しての対価だから、受け止めなければならない。
 この先どんなに彼を好きでいようとも、憎まれこそすれ好かれることはないのだ。

「例え兄さんが許しても、俺は阿貴を許さない」
 向けられる感情がどんなに憎しみや怒りでも、この気持ちを変えることはできない。嫉妬心だと思った気持ちが恋だと自覚した時から、一生報われることがないことくらい理解している。

──それでも優人が好きなんだ。

 惹かれたきっかけは忘れてしまったが、末っ子だから皆に愛されていて当然だと思っていた彼の家族や兄弟に対する気遣いに気づいた時、阿貴はハッとした。彼は愛されて当たり前などと思ってはいないのだと。
 思い返せば、彼がわがままを言っているのを見たことがない。
 和宏が阿貴にかかりっきりになるのを、彼はただ寂しそうに見ていただけ。

「あんたがどんな価値観をし、何をしようとも自由だけれど」
 優人はそう前置きをし、
「兄さんを巻き込むな」
と強い口調で牽制をする。
 彼にとっては、和宏以外は眼中にないのだろうか?
 そう思ってしまうほどに、優人の心は自分になかった。


「どうだった?」
 優人が帰ったあと、社長室に戻ると遠江にそう聞かれる。
「どうって……」
 阿貴は口ごもった。

『兄さんに、二度と近づくな』
 優人からそう言われ、承諾する他ない。
 和宏は優人のマンションで一緒に暮らすと言っているが、住んでいたマンションはそのままにするので、好きにしろとも言っていた。

「そう。じゃあ、僕と暮らすかい?」
と遠江。
「あんたと?」
「僕と。その方が何かと便利だろう?」
 遠江は食えない奴だ。だが一人でいるよりかは、幾分マシかもしれない。
「それに、まだ親父さんへの復讐は済んでいないはずだ」

──復讐……。
 自分にされたことよりも、義姉にしたことの方がよっぽど許せない。

 母親だってそうだ。
 要らないなら何故産んだ?
 育てられないことくらい容易に想像がつくはずなのに。

「君が和宏にしたことは許せはしない。しかしそれはそれ。今度こそ手を貸そう、阿貴」
 そうだ。父に一矢報いなければならない。
 阿貴は決意を新たにする。
 生きていれば、いつかは優人と笑い合える時が来るかもしれない。だから、今は置いておこう。
 こうして阿貴は遠江と暮らすことを選択したのだった。
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