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3──三年間の苦しみと今【兄】
4 不意打ちのキス
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「ねえ、兄さん」
二人は現在、優人の運転する車にて和宏のマンションに向かっていた。
阿貴が不在なことは確認済み。
優人の家で一緒に暮らすために、身の回りの品を取りにいこうというのである。
「思い出したくないことも多いとは思うけれど、どんな生活をしていたのか教えてよ」
「ああ……」
和宏は特殊な生活環境にあったと思う。
阿貴が人質に取られたあの日、自分は彼のために自分が一番大切にしていたものを捨てた。そうするしかないと思ったから。
それと同時に、次に魔の手が伸びる先を想像したのだ。
妹の佳奈。弟の優人。
絶対に守らなければならないと思った。
金ならいくらでもあった。
自分の書評のファンもそこそこいることは知ってる。
「一応、名ばかりの恋人が二十人ほどいる」
彼らは信頼できる協力者でもあった。
和宏が書評の仕事をしていた時の担当も、その中の一人。
男とも女とも言い切れないところが自分には合うのか、それとも付き合いが長いせいか居心地の良い相手であった。
「なんでそんなに?」
「お前を守りたかった。ほら、木は森の中に隠せというだろ?」
優人は前を見たまま、黙って話を聞いているようだ。
「まあ、厳密には違うがな。こちらに気を惹きつけるためだ」
そこでため息をつくと、
「あまり意味はなかったみたいだね」
と彼が言う。
確かにその通りだ。
あの人は和宏の家族について調べ、優人を呼び出した。
和宏の想いが優人に向かっていることを、どうやって知ったというのだろうか? とても気になるところだ。
「その人たちとは……その……」
「何もないよ。一緒に暮らしているだけだ」
「そっか」
和宏の言葉に、あからさまにホッとした声をする優人。
彼の心配が自分へ向けられるたび、心がくすぐったくなった。
あんなことをしたにも関わらず、自分はまだ実感が湧かないのだ。それは仕方ないとも言える。ずっと好きで、絶対に叶わないと思っていた恋が実ったのだから。絶対に結ばれるはずがないと思っていた相手が、好きだと言ってくれるのだから。
「ところでその人たちは、これからどうするの?」
こうなってしまった以上、続行しても意味はないだろう。
しかし自己都合で追い出すのも違う気がする。
「元々あのマンションの支払いはあの男のくれた金で賄っている。自動引き落としだし、住人がいるなら問題はないだろう」
「つまり?」
と優人。
「引き続きあそこで暮らしたい者がいれば、そのままだ」
和宏は各人の自由意志に任せようと思った。
自分はしばらく不在にするだろうが、もしかしたら阿貴は戻ってくるかも知れない。突然皆がいなくなったら不審にも思うはずだ。
「そっか。それぞれに事情もあるだろうしね。それが良いと思う」
優人は穏やかな声音で同意を示した。
「着いたよ」
車はいつの間にか和宏の自宅マンションのロータリーに停車している。
「お姉ちゃんが行ってるから大丈夫だとは思うけれど、俺も一緒に行く。万が一ということもあるだろうから」
それは阿貴との鉢合わせのことを言っているのだろう。
──お姉ちゃんが行っている?
「佳奈が来ているのか?」
「ううん」
佳奈は阿貴の動向を探るために、昨日向かった社の方へ行っているという。
阿貴は朝からあの男に呼ばれ、社に向かったというのである。
念のため、自宅にいる住民の一人に”阿貴の所在を確認”すると、不在とのことであった。
「行こう。兄さん」
「ああ」
手を差し出す優人の手を、和宏は掴んだ。
何かに追われているような恐怖を感じながら部屋に向かうが、特に何もなく拍子抜けする。
それよりも、
「あら、かわいい子ね。新しい子?」
と住民の一人に聞かれ、
「いや、弟だ」
と答えれば、
「似てないわねー!」
と驚かれた。
「これで全部なの?」
あまりにも少ない身の回り品に、優人が驚きの声をあげる。
「必要なものは買えばいい」
と言って彼を見上げた。
優し気な目をしてこちらを見ていた彼と視線がぶつかる。
「そんな顔しないでよ」
と言われ、和宏は唇を塞がれたのだった。
二人は現在、優人の運転する車にて和宏のマンションに向かっていた。
阿貴が不在なことは確認済み。
優人の家で一緒に暮らすために、身の回りの品を取りにいこうというのである。
「思い出したくないことも多いとは思うけれど、どんな生活をしていたのか教えてよ」
「ああ……」
和宏は特殊な生活環境にあったと思う。
阿貴が人質に取られたあの日、自分は彼のために自分が一番大切にしていたものを捨てた。そうするしかないと思ったから。
それと同時に、次に魔の手が伸びる先を想像したのだ。
妹の佳奈。弟の優人。
絶対に守らなければならないと思った。
金ならいくらでもあった。
自分の書評のファンもそこそこいることは知ってる。
「一応、名ばかりの恋人が二十人ほどいる」
彼らは信頼できる協力者でもあった。
和宏が書評の仕事をしていた時の担当も、その中の一人。
男とも女とも言い切れないところが自分には合うのか、それとも付き合いが長いせいか居心地の良い相手であった。
「なんでそんなに?」
「お前を守りたかった。ほら、木は森の中に隠せというだろ?」
優人は前を見たまま、黙って話を聞いているようだ。
「まあ、厳密には違うがな。こちらに気を惹きつけるためだ」
そこでため息をつくと、
「あまり意味はなかったみたいだね」
と彼が言う。
確かにその通りだ。
あの人は和宏の家族について調べ、優人を呼び出した。
和宏の想いが優人に向かっていることを、どうやって知ったというのだろうか? とても気になるところだ。
「その人たちとは……その……」
「何もないよ。一緒に暮らしているだけだ」
「そっか」
和宏の言葉に、あからさまにホッとした声をする優人。
彼の心配が自分へ向けられるたび、心がくすぐったくなった。
あんなことをしたにも関わらず、自分はまだ実感が湧かないのだ。それは仕方ないとも言える。ずっと好きで、絶対に叶わないと思っていた恋が実ったのだから。絶対に結ばれるはずがないと思っていた相手が、好きだと言ってくれるのだから。
「ところでその人たちは、これからどうするの?」
こうなってしまった以上、続行しても意味はないだろう。
しかし自己都合で追い出すのも違う気がする。
「元々あのマンションの支払いはあの男のくれた金で賄っている。自動引き落としだし、住人がいるなら問題はないだろう」
「つまり?」
と優人。
「引き続きあそこで暮らしたい者がいれば、そのままだ」
和宏は各人の自由意志に任せようと思った。
自分はしばらく不在にするだろうが、もしかしたら阿貴は戻ってくるかも知れない。突然皆がいなくなったら不審にも思うはずだ。
「そっか。それぞれに事情もあるだろうしね。それが良いと思う」
優人は穏やかな声音で同意を示した。
「着いたよ」
車はいつの間にか和宏の自宅マンションのロータリーに停車している。
「お姉ちゃんが行ってるから大丈夫だとは思うけれど、俺も一緒に行く。万が一ということもあるだろうから」
それは阿貴との鉢合わせのことを言っているのだろう。
──お姉ちゃんが行っている?
「佳奈が来ているのか?」
「ううん」
佳奈は阿貴の動向を探るために、昨日向かった社の方へ行っているという。
阿貴は朝からあの男に呼ばれ、社に向かったというのである。
念のため、自宅にいる住民の一人に”阿貴の所在を確認”すると、不在とのことであった。
「行こう。兄さん」
「ああ」
手を差し出す優人の手を、和宏は掴んだ。
何かに追われているような恐怖を感じながら部屋に向かうが、特に何もなく拍子抜けする。
それよりも、
「あら、かわいい子ね。新しい子?」
と住民の一人に聞かれ、
「いや、弟だ」
と答えれば、
「似てないわねー!」
と驚かれた。
「これで全部なの?」
あまりにも少ない身の回り品に、優人が驚きの声をあげる。
「必要なものは買えばいい」
と言って彼を見上げた。
優し気な目をしてこちらを見ていた彼と視線がぶつかる。
「そんな顔しないでよ」
と言われ、和宏は唇を塞がれたのだった。
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