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────8話*この手を離さないで
21・彼の進む先に
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****♡Side・総括(黒岩)
「黒岩?」
板井に許可を取り唯野の様子を見に行った黒岩は、ベッドに起き上がった彼を無言で抱きしめる。
板井は全てを受け入れる覚悟を決めていた。唯野が傷つくのが分かっているのにも関わらず。そしてその発端を作ったのが自分。
板井は黒岩を責めることなく、覚悟しろと言った。
二度と手に入ることは無いと諦めたものに向き合えと言うのだ。
止めても無駄だと言うのであれば、まだ救いもあるだろう。
それは本人の強い意志によって選んだ選択だと思えるから。
だがそれは、自分が罪から逃れたいがための言い訳なのだ。
『自分自身に嘘をつくのはやめて、幸せになれる道を選んでください』
板井の言葉を思い出す。
『あなたが幸せになることが修二さんの願いだから』
黒岩は唯野の背中を優しく撫でると小さく笑みを浮かべた。
「唯野」
「うん?」
「お前にばかり辛い想いをさせてしまって済まなかった」
それは心からの謝罪。
「もう逃げないから」
どういう意味なんだと言うようにこちらを見上げる彼。
人生は常に自分との闘い。
負けても自己責任だ。
仮に諦めてしまったとしても。
楽に生きることは簡単だ。満足することを諦めたらいい。
欲しいものがあるにも関わらず、そうやって自分は楽を選んだ。その結果、この世で一番大切な者を犠牲にした。
後悔しても遅い。だからせめて、この先は後悔せずに済むように。
「今日はゆっくり休んで。無理させて、ごめんな」
黒岩の言葉に彼は頬を赤らめた。
「良かった?」
質問に対してコクリと頷く彼に愛しさを感じる。
「じゃあ、俺は行くから」
「帰るのか?」
「いや、出勤する」
黒岩の返答にぎゅっと黒岩のシャツを掴む彼。
「寝てないのに?」
「そんなこと言っても、な」
総括部は忙しい。部長である自分が想定外の休みなど取ろうものなら後が大変だ。
「大丈夫だ。帰り、ヤバかったら部署の誰かに頼むし」
心配そうな唯野の髪にちゅっと口づけて、その手に自分の手を重ねる。
諦めることなく、自分の心に従っていたなら彼の傍にいたのはきっと板井ではなく自分。そんなことを思いながら唯野から離れ、軽く手を挙げ部屋を後にした。
「黒岩さん」
「ん?」
玄関で靴を履く黒岩の背に板井の声。
「大丈夫ですか」
「多少寝なくてもなんとかなる」
「送りますよ」
「休みなのにか?」
休んだ会社にわざわざ出向くなんてと黒岩は苦笑いを浮かべる。
「車で来てるから平気だよ」
「だから心配なんですよ」
”マイクロスリープって知ってますよね?”と続ける彼。
「交通事故の47%は前方不注意が原因なんですよ。つまり睡眠不足が要因になっている可能性は高い。たかが一駅の距離だと思うかもしれないし、今の時間なら空いているから大丈夫だと思うかもしれません」
真剣な表情で。
「何より修二さんが心配します。だから、送らせてください。大丈夫、帰りに用を済ますついでです」
「わかった」
仕方なく自分の車を置いていく選択をした黒岩だったが。
このマンションは地下に駐車場がある。置いていく都合上、管理人から何か言われることもあるだろうと地下駐車場に停めてあった自分の車の場所に案内すると板井が眉を潜めた。
「いくらするんです? これ」
黒岩は黒のスポーツカーを所持している。完全に趣味だ。
「2000万くらい」
「総括部長ってそんなに給料もらってるんですか?」
つまり、それくらいの車がポンと買えるくらいという意味合いだろう。
「確かに株原は全体的に給料は高い方だけど、まあまあ貰っているな」
”夢がありますね”とため息を漏らす彼。
「お前だっていいの乗ってるじゃん」
板井を肘で小突けば、そんなしませんよと笑う。
「こんなので会社行く気だったんですか?」
「皇も高級車乗っているし、問題ないだろ」
「守衛の気苦労、増やさないであげてくださいよ」
呆れ声でそう言われ、彼らしい気遣いだなと思う黒岩であった。
「黒岩?」
板井に許可を取り唯野の様子を見に行った黒岩は、ベッドに起き上がった彼を無言で抱きしめる。
板井は全てを受け入れる覚悟を決めていた。唯野が傷つくのが分かっているのにも関わらず。そしてその発端を作ったのが自分。
板井は黒岩を責めることなく、覚悟しろと言った。
二度と手に入ることは無いと諦めたものに向き合えと言うのだ。
止めても無駄だと言うのであれば、まだ救いもあるだろう。
それは本人の強い意志によって選んだ選択だと思えるから。
だがそれは、自分が罪から逃れたいがための言い訳なのだ。
『自分自身に嘘をつくのはやめて、幸せになれる道を選んでください』
板井の言葉を思い出す。
『あなたが幸せになることが修二さんの願いだから』
黒岩は唯野の背中を優しく撫でると小さく笑みを浮かべた。
「唯野」
「うん?」
「お前にばかり辛い想いをさせてしまって済まなかった」
それは心からの謝罪。
「もう逃げないから」
どういう意味なんだと言うようにこちらを見上げる彼。
人生は常に自分との闘い。
負けても自己責任だ。
仮に諦めてしまったとしても。
楽に生きることは簡単だ。満足することを諦めたらいい。
欲しいものがあるにも関わらず、そうやって自分は楽を選んだ。その結果、この世で一番大切な者を犠牲にした。
後悔しても遅い。だからせめて、この先は後悔せずに済むように。
「今日はゆっくり休んで。無理させて、ごめんな」
黒岩の言葉に彼は頬を赤らめた。
「良かった?」
質問に対してコクリと頷く彼に愛しさを感じる。
「じゃあ、俺は行くから」
「帰るのか?」
「いや、出勤する」
黒岩の返答にぎゅっと黒岩のシャツを掴む彼。
「寝てないのに?」
「そんなこと言っても、な」
総括部は忙しい。部長である自分が想定外の休みなど取ろうものなら後が大変だ。
「大丈夫だ。帰り、ヤバかったら部署の誰かに頼むし」
心配そうな唯野の髪にちゅっと口づけて、その手に自分の手を重ねる。
諦めることなく、自分の心に従っていたなら彼の傍にいたのはきっと板井ではなく自分。そんなことを思いながら唯野から離れ、軽く手を挙げ部屋を後にした。
「黒岩さん」
「ん?」
玄関で靴を履く黒岩の背に板井の声。
「大丈夫ですか」
「多少寝なくてもなんとかなる」
「送りますよ」
「休みなのにか?」
休んだ会社にわざわざ出向くなんてと黒岩は苦笑いを浮かべる。
「車で来てるから平気だよ」
「だから心配なんですよ」
”マイクロスリープって知ってますよね?”と続ける彼。
「交通事故の47%は前方不注意が原因なんですよ。つまり睡眠不足が要因になっている可能性は高い。たかが一駅の距離だと思うかもしれないし、今の時間なら空いているから大丈夫だと思うかもしれません」
真剣な表情で。
「何より修二さんが心配します。だから、送らせてください。大丈夫、帰りに用を済ますついでです」
「わかった」
仕方なく自分の車を置いていく選択をした黒岩だったが。
このマンションは地下に駐車場がある。置いていく都合上、管理人から何か言われることもあるだろうと地下駐車場に停めてあった自分の車の場所に案内すると板井が眉を潜めた。
「いくらするんです? これ」
黒岩は黒のスポーツカーを所持している。完全に趣味だ。
「2000万くらい」
「総括部長ってそんなに給料もらってるんですか?」
つまり、それくらいの車がポンと買えるくらいという意味合いだろう。
「確かに株原は全体的に給料は高い方だけど、まあまあ貰っているな」
”夢がありますね”とため息を漏らす彼。
「お前だっていいの乗ってるじゃん」
板井を肘で小突けば、そんなしませんよと笑う。
「こんなので会社行く気だったんですか?」
「皇も高級車乗っているし、問題ないだろ」
「守衛の気苦労、増やさないであげてくださいよ」
呆れ声でそう言われ、彼らしい気遣いだなと思う黒岩であった。
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