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────8話*この手を離さないで
18・涙のカミングアウト
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****♡Side・板井(同僚)
「今日は休みましょうよ」
言って板井は唯野を抱きしめた。
翌朝目を覚ました板井の枕元に置かれていたメモ。そこには唯野の綺麗な字で『黒岩に会って来る』と書かれていた。
間もなく板井は朝帰りの唯野と出くわしたのである。明らかに憔悴したように見える唯野だが、疲れているのとも少し違う気がした。
「今まで話をしておられたのですか? それとも時間が遅いから泊って……」
「ごめん、板井」
「え?」
ぽろぽろと涙を零す彼。黒岩に酷いことでも言われたのかと思ったが、そうではなかったのだ。
「俺……」
板井がその身体を引き寄せようとすると、彼は待ってというように板井の胸を押しやる。
「はい?」
「黒岩と寝た」
「は?」
あまりのことに、どういう意味か理解しかねた板井は数秒固まった。
寝たとは……つまりそういうことを”した”ということなのだろう。
現在黒岩は皇に熱を上げていたはずだ。それが何故、唯野と寝るに繋がるのか理解しかねる。
だが、それが黒岩のカモフラージュで策略だったとしたら?
「あ……なるほど」
唐突に全てを把握した板井は口元に手をやり呟いた。
今唯野が泣いているのは、罪悪感でいっぱいだからなのだろう。それはつまり、自らの意思でその選択をしたからに違いない。
板井を裏切る行為だと知りながらも、そうせずにはいられなかった何かがあったと考えるのが自然だ。だとするなら、今回のことで板井と別れることになるかもしれないと思うから泣いているということだろう。
「大丈夫。俺は何があってもあなたを手放したりはしない。もっとも、今回のことで別れたら、修二さんは黒岩さんのところへ行ってしまうのでしょう?」
そんなことさせはしない。
黒岩だって唯野の幸せを願ったから板井のところへ帰したはずだ。
別れる気がないという意思を感じ取った彼が、素直に板井の胸の中に納まる。
板井たちに出会うまで、彼は黒岩のことが好きだったのだろうと専務に聞いたことが脳裏を過った。
十何年も互いに想い合いながらも結ばれることのなかった二人。一度寝たくらいでなんだと言うのだと板井は思った。
こちらはそんな生半可な気持ちで唯野とつき合っているわけではない。
だが、黒岩と話をした方がいいという気持ちは強くなった。
「少し休みましょう」
「板井」
離れたくないというようにぎゅっと抱き着く彼にちゅっと口づけをし、板井はその身体をひょいっと抱き上げる。
「皇さんへは俺から休みの連絡を入れるので大丈夫ですよ」
「板井は仕事に行くのか?」
まるで傍にいてと言われているようできゅんとしてしまう。
「一緒にいますよ」
彼が不安な時は一人にすべきではないと思った。
「ですが、少し黒岩さんと話がしたいですね」
「黒岩と?」
「ええ」
しかし唯野は板井が何処かへ行くことを嫌がるので、黒岩をここへ呼ぶ選択しかできなかった。元凶をここへ呼ぶことに躊躇いはあるが、背に腹は代えられない。
「なんだ、板井。苦情なら受け付けないぞ」
ここへ来ることを渋る様子はなかったが、黒岩は板井の顔を見るなりそう零す。
「合意だったし、俺は後悔してないからな」
ドカッとソファーに腰かけ足を組み、両腕を背もたれにかける彼。横柄な態度だなとは思うが、何も板井を下に見ての態度ではなく不貞腐れているに近かった。
「”良かった”んですか?」
「何言ってんだ、当たり前だろ。最高に良かったよ」
黒岩の即答。もちろんそれは唯野との情事を指している。
好きな人と身体を重ねることがどれほど幸せなことか知っている板井でも、黒岩の想いは計り知れなかった。
最高に良かったと言い切るくらいだ。唯野のもそれなりに乗り気だったことが伺える。
「なに、セクハラをするためにわざわざ俺をここに呼んだのか?」
片手を天に向け眉を寄せる黒岩。
”いいえ”と穏やかに返す板井を、彼は不思議そうに見ていたのだった。
「今日は休みましょうよ」
言って板井は唯野を抱きしめた。
翌朝目を覚ました板井の枕元に置かれていたメモ。そこには唯野の綺麗な字で『黒岩に会って来る』と書かれていた。
間もなく板井は朝帰りの唯野と出くわしたのである。明らかに憔悴したように見える唯野だが、疲れているのとも少し違う気がした。
「今まで話をしておられたのですか? それとも時間が遅いから泊って……」
「ごめん、板井」
「え?」
ぽろぽろと涙を零す彼。黒岩に酷いことでも言われたのかと思ったが、そうではなかったのだ。
「俺……」
板井がその身体を引き寄せようとすると、彼は待ってというように板井の胸を押しやる。
「はい?」
「黒岩と寝た」
「は?」
あまりのことに、どういう意味か理解しかねた板井は数秒固まった。
寝たとは……つまりそういうことを”した”ということなのだろう。
現在黒岩は皇に熱を上げていたはずだ。それが何故、唯野と寝るに繋がるのか理解しかねる。
だが、それが黒岩のカモフラージュで策略だったとしたら?
「あ……なるほど」
唐突に全てを把握した板井は口元に手をやり呟いた。
今唯野が泣いているのは、罪悪感でいっぱいだからなのだろう。それはつまり、自らの意思でその選択をしたからに違いない。
板井を裏切る行為だと知りながらも、そうせずにはいられなかった何かがあったと考えるのが自然だ。だとするなら、今回のことで板井と別れることになるかもしれないと思うから泣いているということだろう。
「大丈夫。俺は何があってもあなたを手放したりはしない。もっとも、今回のことで別れたら、修二さんは黒岩さんのところへ行ってしまうのでしょう?」
そんなことさせはしない。
黒岩だって唯野の幸せを願ったから板井のところへ帰したはずだ。
別れる気がないという意思を感じ取った彼が、素直に板井の胸の中に納まる。
板井たちに出会うまで、彼は黒岩のことが好きだったのだろうと専務に聞いたことが脳裏を過った。
十何年も互いに想い合いながらも結ばれることのなかった二人。一度寝たくらいでなんだと言うのだと板井は思った。
こちらはそんな生半可な気持ちで唯野とつき合っているわけではない。
だが、黒岩と話をした方がいいという気持ちは強くなった。
「少し休みましょう」
「板井」
離れたくないというようにぎゅっと抱き着く彼にちゅっと口づけをし、板井はその身体をひょいっと抱き上げる。
「皇さんへは俺から休みの連絡を入れるので大丈夫ですよ」
「板井は仕事に行くのか?」
まるで傍にいてと言われているようできゅんとしてしまう。
「一緒にいますよ」
彼が不安な時は一人にすべきではないと思った。
「ですが、少し黒岩さんと話がしたいですね」
「黒岩と?」
「ええ」
しかし唯野は板井が何処かへ行くことを嫌がるので、黒岩をここへ呼ぶ選択しかできなかった。元凶をここへ呼ぶことに躊躇いはあるが、背に腹は代えられない。
「なんだ、板井。苦情なら受け付けないぞ」
ここへ来ることを渋る様子はなかったが、黒岩は板井の顔を見るなりそう零す。
「合意だったし、俺は後悔してないからな」
ドカッとソファーに腰かけ足を組み、両腕を背もたれにかける彼。横柄な態度だなとは思うが、何も板井を下に見ての態度ではなく不貞腐れているに近かった。
「”良かった”んですか?」
「何言ってんだ、当たり前だろ。最高に良かったよ」
黒岩の即答。もちろんそれは唯野との情事を指している。
好きな人と身体を重ねることがどれほど幸せなことか知っている板井でも、黒岩の想いは計り知れなかった。
最高に良かったと言い切るくらいだ。唯野のもそれなりに乗り気だったことが伺える。
「なに、セクハラをするためにわざわざ俺をここに呼んだのか?」
片手を天に向け眉を寄せる黒岩。
”いいえ”と穏やかに返す板井を、彼は不思議そうに見ていたのだった。
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