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────2章【久隆と葵】

□13「ん?」

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****♡Side・葵

自分には目もくれず、咲夜の手を掴むと三階へ向かってしまった久隆を葵は唖然と見送り、今頃ハッと我に返る。こんなことは初めてで、固まっていた。

首押さえていたけど、なにかあったのかな?
あんな切羽詰ってる久隆くん初めて見たよ。
いつも余裕そうなのに。

隣に居たはずの大里は、荷物を持って二階に上がっていくところである。どうやらリビング奥の冷蔵庫に、土産のケーキをしまおうとしているようだ。葵は慌ててその後を追う。

なにかあったのかな?
無言で一人で行っちゃうなんて。
二人は喧嘩でもした?
いや、それなら別々に帰るよね?

分からないことだらけで、頭が混乱中だ。大里に話を聞こうかと思っていたら、彼は冷蔵庫にお土産の箱をしまいながら電話中である。話し方からすると、相手は大里のセフレの黒川のように感じた。
「ん?ああ…」
漏れ聞こえる話の内容からすると、黒川が大里の家に行っていいか聞いているようである。彼はなんだか覇気がない。

黒川と大里の仲は有名で、周りからはとても仲が良い理想のカップルのように見えていた。K学園高等部生徒会主催のランキング、ベストカップルコーナーでは、毎週トップを飾る常連の二人。そもそも、つき合っているわけではない。自分がしょっちゅう顔を出していた生徒会室で、風紀委員長の美崎がそんな二人を羨ましげに見つめ、ため息をついていたところも目撃している。それくらい周りからみて、いつでも仲良さ気であるのにも関わらず。

「なんでもないよ」
恐らく黒川も大里の元気のなさが気になったのであろう。彼の返答から、葵はそう感じていた。
「ん。夕飯は?…そうか」
電話を切った彼は葵に気づくと、
「夕飯ご馳走になっていくけど、済んだ?」
と問う、一緒に食べようというお誘いらしい。葵は、彼の元気のなさには触れるべきではないと思った。ただ、ニコッと微笑んで、
「一緒に食べよッ」
と誘う。二人は連れ立って大崎邸従業員食堂へと向かうのだった。

**

「あれ?お魚?」
葵は、大里の皿を見て不思議そうに問う。大崎邸の夕飯では、メインデイッシュが魚と肉から選べる。今日のメインディッシュはステーキかカレイのムニエルの二択のようだ。カレイのムニエルは確かに美味しいが、大里には軽いのではと、感じたから。
「ん、白身の気分なんだ」
と、彼。どうやら彼は考え事をしているようで、葵は心配になってきていた。なにか悩みでもあるのかな、と。
「どうかしたのか?」
じっと彼を見上げていると、逆に心配されてしまう。葵はなんでもないよと、目の前の料理に視線を戻したのだった。

****

「え、夕飯食べたの?」
大里の食があまりにも進まないのを、葵が怪訝に思っていると、帰りに食べてきたことが判明。大里は、葵が一人で夕飯を取ることになると、寂しい想いをするのではないかと思い、つきあってくれたらしい。
「無理に食べなくて良かったのに」
と、葵。
「食べたい気分だったんだよ」
と、彼。そんなわけあるか!と葵は心の中でツッコミをいれる。
「久隆くんになんかしたの?」
そう問えば、彼はぎくりと肩を揺らす。

なんかしたわけだ。
それで久隆くんは怒ってるんだろうか?
そんな感じはしなかったけれど。

「言いたくないなら聞かないけど」
葵は、無理矢理事情を聞きだしたいわけではなかった。いくら大切な友人とはいえ、なんでもかんでも聞きたがるのは、単に好奇心を満たしたいだけの行為と受け取られる可能もある。葵は純粋に心配しているだけなので、そう思われてしまっては理不尽だ。
「黒川君にはお土産買ったの?」
誰かとデートをしてお土産というのも変な話であるが、彼らにとっては日常である。幸せや楽しさのお裾分けとでも言えば伝わるだろうか?
「ああ」
まったく会話が弾まない。葵はデザートのプリンを口に運びながら、話題を変えることにした。

「選挙の応援演説始まるね。四人で回す?それとも二手に分かれる?」
明日から現生徒会副会長、鶴城の生徒会長への立候補応援演説が始まる。K学園の専用サイトでは、すでに高等部のページで予想にあたる、人気投票が始まっていた。当選確実との噂もあるが、実際の投票でどうなるかは分からない。
「みんなで話し合って決めたほうが良くないか?」
と、至極まともな反応が返ってきて、彼らしいなと葵は思っていた。
「そういえば、アンケート結果は面白かったな」
そこで初めて、彼は笑みを浮かべる。K学園は、内部生と外部生の間に確執があるとは言われているが、実際にいがみ合いをしている生徒は稀だ。

美崎と鶴城、大里と黒川にしても、内部生と外部生の関係であり、とても仲がいい。K学園のカップルのほとんどが内外カップルだ。だから、今回の闇ルールを無くそうという動きは、内部生にとっても外部生にとっても、手放しで喜ぶべきことなのである。
「いい方向にいくといいね」
と、葵もそのことに関して、賛成だ。
「大丈夫だろ、あの鶴城先輩だぞ」
鶴城はとても正義感が強く、体育会系の男で凄く人気がある。口下手ではあるが、優しい人なのだ。葵はふと中学時代を思い出す。あれは、鶴城の優しさだった、確かに怖い思いはしたけれど。あの事件がなければ、きっと自分は咲夜とは恋人になってない。運命とは時に怖いものだ、と葵は思っていたのだった。
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