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出会いと始まりと
しおりを挟む「見てて」
そう言うと泰人は徐ろに巻物のような物を取り出し、胡座をかいて目の前に広げた。
それは細長い紙のようなものに書かれている鍵盤だった。
「何これ?ピアノ」
遠がそっとそれに手を触れるとポンと軽い音が空中に弾け飛んで消えた。
「そう、魔法みたいでしょ?」
泰人はニッコリと微笑み遠の頭を撫でた。遠の細く柔らかい黄金色の髪の美しさに満足し更に頬を染めた、愛おしい。この感情を表すのにはその言葉が相応しかった
「これで宇宙の音を降らせるんだ」
泰人の弟の息子である遠は彼が23歳の時に産まれた。
それはそれは幼少期の弟にそっくりで弟を溺愛していた泰人が遠を異常なまでに可愛がるのは至極当たり前のことであった。
毎日のように家を訪れ遠の成長を見守り、歩けるようになってからは毎週のように外に連れ出して色んな場所に連れていった。
弟夫婦に二人の時間を与えたいというのはただの建前で本音はこの愛おしすぎる幼子と一緒にいたいだけであった。
12歳になり中学に上がっても泰人の溺愛っぷりは変わらずそれまでよりも増して見えた。
頭の良かった遠は両親の進めで中学受験を受け、見事余裕で合格し自宅から離れた学校に通うことになった。
寮も完備されている学校だったが遠は頑なにそれを拒否、一人暮らしを要求した。
しかしそれを両親が拒否、中学に上がったばかりの子供を一人暮らしさせるなど無謀だと思ったのだ。
そこで手を差し伸べたのが泰人。遠の学校の近くに引越しを決め一緒に暮らす提案をした。
さすがにその行為に両親は引き気味だったが息子の喜ぶ姿を見てどうでもよくなってしまった。
結局のところkも両親も遠を溺愛しているのだ。
何やかんや勢いで始まった、叔父と甥の同居生活はとても豊かで教養的な時間であった。
真面目な遠は学校が終わり次第寄り道などすることなくすぐに家に帰ってくる。そして一通り宿題と自己学習を済ませると1番奥にある泰人の部屋をノックした。
ノックが聞こえると泰人は「どうぞ」と短い返事をし遠を招き入れる。
1番奥にある部屋は6畳ほどの小さな部屋だが日当たりが良く、風通りも良い。
夏は少し熱く感じるがそれ以外の季節は快適で趣深い場所だった。
その1番良い部屋はこの家の主である泰人の自室権仕事部屋となっており、仕事がある時は一日中その部屋に籠りっぱなしであった。
そんな時、遠は何をするわけでも無くこの部屋に一緒に居るのだ。
特に会話をする訳でもなく、泰人に構うことなく、ずっと作曲をするその背中を見ながら奏でられる音を身体で受け止めていた。
普段はPCと電子ピアノを使いながら制作をする泰人だが、時々ロールピアノを取り出して演奏していた。
遠はロールピアノを演奏する泰人が好きだった。
どこか愁いを含んだような、それ自体が不思議な楽器から奏でられるピアノの音が好きだった。
「宇宙の音」
泰人はピアノの音をそう表現する。
「俺は音楽を作ってるんじゃない、宇宙から降る音を此処に並べてるだけなんだ」と。
泰人は愛おしそうにロールピアノの鍵盤を撫で、遠に向き直った。
遠は泰人の目を真っ直ぐ見つめると顔をクシャッと歪ませ微笑んだ。
幼い頃から変わらない、泰人は堪らず遠を抱きしめた。
その行為に少し驚いた遠だったが、素直にその細くか弱そうな胸板に身を任せた。
泰人の心音が聴こえる、規則正しく、そして弱々しく。
昔から叔父の胸の中で眠るのが好きだった、薄らと金木犀の淡い香りがするのだ。
その優しい香りがとても好きなのだ。
暫くすると遠はそのまま眠りについてしまい、幼いとはいえそこそこになった体重が泰人に寄りかかってきた。
少し体勢を変え、泰人はまたロールピアノを叩く。
寝顔は赤子の時から変わらない、ずっと変わらないのだ。
「あと少し、あと少しだけ…どうか…」
そう願いながら泰人は夢中で楽譜に音を刻み込んだ。
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