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第一章
第十九話 炎風の記憶
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天使だ。
初めて出会った時そう思った。
輝くまだ短い金色の髪。私を見つめる、今にも零れ落ちそうなほど大きく赤くきらめく瞳。その全てが一瞬にして愛おしく感じられた。まるで天使から心を盗まれたようだ。
「この子は『ミティア』、あなたの妹です。仲良くするんですよ」
なんだって?この子が私の妹?
母の言葉が信じられなくて、食い入るようにミティアを見つめる。そうしていると、彼女は私を見つめ返し、楽しそうに笑った。その瞬間、顔が一気に熱くなり、今までにないくらい心臓がうるさくなったのを感じた。
「…エステル。私の名前は『エステル』だよ、ミティア」
「……えう?」
舌足らずな口調だが、私の名前を呼んでくれたのだろうか。そう思うと、さらに心臓の鼓動が早くなった。
周りの大人に比べたら私は小さいが、この子は私よりもっと小さい。触れたら今にも怪我をさせてしまいそうで怖く感じるが、そんな私の心配をよそに、この子は私に邪気一つない笑顔を向けてくれる。
守らなければ。この愛しく可愛い存在を。五歳にしてそう決心して私は、母様へ真剣に告げる。
「母様、私はこの子を守るよ。何よりも大切にする」
そう答えることに何の疑問もなかった。むしろ納得したくらいだ。私はこの子…ミティアのために生まれてきたのだと。
母様は私の言葉に微笑み、私を撫でる。
「ええ、姉妹で助け合っていくのですよ。あなたはこの国の第一王女として、そして姉として、責任を持って行動していきなさい」
「姉として」、その言葉を聞いて私は胸が締め付けられた。
ただ、この子の為なら何でもできると確信していた。
―――――
「ミティア、聞いてくれ!今日は街へ出たんだ。そしたらなんとそこで――」
数年が経ち、十歳となったミティアは可愛らしく、そして大人しく冷静さのある愛らしい王女へと成長していた。私の話に相槌を打ち、楽しそうにくすくすと笑う。
私の話を聞き喜んでくれる姿が好きで、ほとんど毎日ミティアに会いに行っては、自分の思い出話をしていた。城では見られないような外の面白い話、騎士団の中で起こったほとんどどうでもいいような出来事、他にも何気ない日常のことを話すだけでも、ミティアは楽しそうに聞いてくれる。
嬉しかった。もっともっと喜ばせたい、そう感じた。
「そういえば、騎士団の友人から魔法の精度が上がったと褒められて…」
はっとした。ミティアは十歳だが、まだ魔法が発現していない。最近はそのせいでミティアを悪く言う輩もいるし、もしミティアがこのことを気にしていたら……。
ミティアが傷付くことを恐れて黙る私に、ただ優しい笑みを浮かべて言う。
「そうなのね、おめでとう。きっとお姉様の努力の賜物よ」
魔法という言葉が出たにも関わらず、いつもと何ら変わらない表情でそう言うミティア。
なんだ、もしかして気にしてないのか……?
そう思い魔法を使えないことをどう思っているのか聞こうとしたが、何も言えないまま私の口は閉じる。もし余計なことを言ってミティアを傷付け、嫌われたら。そう思うと体が凍ったように動かなかった。
ミティアが魔法のことを気にしていないならそれでいいじゃないか。わざわざ困らせるようなことは言う必要もないだろう。
そう考えた私はそれが逃げ道だということにも気付かず、すぐにその楽な道を選んだ。
「ありがとう!でも私もまだまだ未熟だから、もっと精進するつもりだ」
「さすがお姉様ね。応援してるわ」
そう微笑むミティアの顔を見て安堵する。普通の仲の良い姉妹の会話だ。不穏さなんて微塵もない。
ミティアは魔法の話題を気にしないんだな。それなら分相応にもミティアの陰口をたたく連中を始末していけば、 それでいいだろう。汚いものは片付けて、ミティアには花などの美しいものを見てもらえばいい。それでミティアが幸せなら十分だ。
そう完結させた私は、次の話題に移った。また私がくだらない話をして、それを面白そうにミティアが笑う。そうだ、これで良いんだ。私は自分が正しいのだと感じていた。
俯いたこの子がどんな目をしていたかなんて、考えもしないまま。
―――――
「あははははは!!」
「ミティア落ち着け!ゴホッ…、きっとお前は疲れてるんだ、自分の部屋に戻りゆっくりと休め。私の部屋にいるとお前にまで病気がうつる可能性がある。私の侍女に送らせるから―」
「いいえお姉様。疲れてなんてないわ」
「お姉様、私はあなたが嫌い」
「……な」
「その人に優しいところも。美しく気高いところも。強く勇敢なところも」
「全部全部、憎いわ」
目の前の少女は本当にミティアなのだろうか。どう見ても長年一緒にいたミティアなのに、私は何度もそう思った。
だって、ミティアがそんな憎しみがこもった瞳をするなんて、信じたくない。そんな目を私に向けるなんて、信じたくないのだ。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。絶望する私を横目にミティアは笑う。
「ねぇ、私があなたと比べられて、陰で何て言われてるか知ってた?天才と出来損ない。人としての価値が違うってね。才能を王妃の腹の中で一つ残さず取られたなんて、くだらない冗談を耳にしたこともあったわ。私から見てもそうだった。あなたはみんなの英雄。私は役立たずもいいところだわ」
その言葉に、先程の絶望を忘れるぐらいに激しい怒りが沸いた。
「そんなことあるわけないだろ‼ッケホッケホッお前が魔法が使えないこと程度でそんなふうに蔑んでいる奴らがいるのなら、今すぐそいつらをぶん殴ってやる‼」
咳のせいで大声を出すだけで苦しい。上手く言葉にできなかったが、それでも怒りは少しも収まらなかった。
ミティアのことを良くないように言う者たちがいるのは知っていた。しかしできるだけそういう奴らは私自身が片付けてきたきたはずなのに。まさかそんな最低な言葉がミティアの耳に入っていたなんて。許せない、私の持てる全ての力を持ってでも後悔させてやる。
しかしミティアは私の反応を知っていたかのように受け流す。
「違うわ。人を殴って解決する問題じゃない。私はあなたといるのが辛かったの。毎日劣等感に押し潰されそうになっていたのよ。最初は我慢していたけれど、あなたが周りの目も気にせず私に近づいてくるものだから、今度は憎しみが強くなっていった」
――そんな、嘘だ。
信じたくない。ミティアが私と過ごした日々に苦痛を感じていたなんて。しかしこの状況を見れば、そんなことは言えない。何故私は気付けなかった?何故ミティアがこうなるまで気付けなかった?
熱で酷い頭痛がさらに悪化する。
怒っても絶望しても、体は追い打ちをかけられたように痛んでいく。それでも言わなければ。ミティアが苦しんでいるのに、傷付いているのに、病気がどうしたというのだ。こんな資格はないのかもしれないが、私はミティアを助けたい。
それに何より……嫌われたくない。
「――ッ!……すまない。私は…ゴホッ…お前の気持ちを考えることが出来なかったのだな。だが、私は諦めない。もちろん、お前が苦しくならないよう、私からは近づかない。私は今すぐにでもお前が蔑まれないような王宮にして見せる。人の心も気にせず傷付けるような輩は、私が責任を持って排除する。だからミティア、ゆっくりでいい。もしお前の怒りが収まり、私を許せると思ったその時は…お前から私に近づいてくれないか?」
頭痛が酷い、喉が痛い、吐き気がする、眩暈がする。それでも、今を逃せばミティアは私に心を開いてくれなくなるかもしれない。私が遠征に行っていた間ずっと悩んでいて、今勇気を出して言葉にしたのだろう。答えなければ、そして示さなければ、私の決意を、想いを。
私の言葉を聞いたミティアは慈愛に満ちたような表情で私に笑いかけた。そして次の瞬間、狂ったように笑い声をあげた。
おかしくてたまらないというようにミティアは笑う。あまりにも普段のミティアの様子からかけ離れすぎていて、動揺してしまう。
「排除されるべきはあなたの方よ」
……どういうことだ。
ミティアの言葉が本当に理解できなくて、私はパニックになる。それでも、体の調子が悪い私はぼんやりとミティアを見つめることしかできなかった。
ミティアは私に近付き、私の額にそっと手を添える。
近付いたことで見えたその瞳を見て、私は理解してしまった。
もう、手遅れなのだと。
「さようなら、エステルお姉様」
そう笑うミティアの表情は狂気的で、残忍で、そしてどこか寂し気だった。
待ってくれ、まだ伝えたいことがあるんだ。
そんな悲しい顔をしないでくれ。どんな形でも、やっぱりお前には笑っていてほしい。お願いだ、無責任な私が言えたことではないが、こんな顔をしたこの子を置いていけないんだ。嫌われてもいい、恨まれてもいい、呪われてもいい。でもまだ駄目なんだ。本当は知っていた、この子は泣き虫で自分で背負い込むような子供だって。だからせめてこの子が泣き止むまで生かしてほしい。泣き止むまで傍にいさせてほしい。
伝えたかったその想いを、口にも出せないまま意識が落ちていく。
……ミティア、愛しているよ。
初めて出会った時そう思った。
輝くまだ短い金色の髪。私を見つめる、今にも零れ落ちそうなほど大きく赤くきらめく瞳。その全てが一瞬にして愛おしく感じられた。まるで天使から心を盗まれたようだ。
「この子は『ミティア』、あなたの妹です。仲良くするんですよ」
なんだって?この子が私の妹?
母の言葉が信じられなくて、食い入るようにミティアを見つめる。そうしていると、彼女は私を見つめ返し、楽しそうに笑った。その瞬間、顔が一気に熱くなり、今までにないくらい心臓がうるさくなったのを感じた。
「…エステル。私の名前は『エステル』だよ、ミティア」
「……えう?」
舌足らずな口調だが、私の名前を呼んでくれたのだろうか。そう思うと、さらに心臓の鼓動が早くなった。
周りの大人に比べたら私は小さいが、この子は私よりもっと小さい。触れたら今にも怪我をさせてしまいそうで怖く感じるが、そんな私の心配をよそに、この子は私に邪気一つない笑顔を向けてくれる。
守らなければ。この愛しく可愛い存在を。五歳にしてそう決心して私は、母様へ真剣に告げる。
「母様、私はこの子を守るよ。何よりも大切にする」
そう答えることに何の疑問もなかった。むしろ納得したくらいだ。私はこの子…ミティアのために生まれてきたのだと。
母様は私の言葉に微笑み、私を撫でる。
「ええ、姉妹で助け合っていくのですよ。あなたはこの国の第一王女として、そして姉として、責任を持って行動していきなさい」
「姉として」、その言葉を聞いて私は胸が締め付けられた。
ただ、この子の為なら何でもできると確信していた。
―――――
「ミティア、聞いてくれ!今日は街へ出たんだ。そしたらなんとそこで――」
数年が経ち、十歳となったミティアは可愛らしく、そして大人しく冷静さのある愛らしい王女へと成長していた。私の話に相槌を打ち、楽しそうにくすくすと笑う。
私の話を聞き喜んでくれる姿が好きで、ほとんど毎日ミティアに会いに行っては、自分の思い出話をしていた。城では見られないような外の面白い話、騎士団の中で起こったほとんどどうでもいいような出来事、他にも何気ない日常のことを話すだけでも、ミティアは楽しそうに聞いてくれる。
嬉しかった。もっともっと喜ばせたい、そう感じた。
「そういえば、騎士団の友人から魔法の精度が上がったと褒められて…」
はっとした。ミティアは十歳だが、まだ魔法が発現していない。最近はそのせいでミティアを悪く言う輩もいるし、もしミティアがこのことを気にしていたら……。
ミティアが傷付くことを恐れて黙る私に、ただ優しい笑みを浮かべて言う。
「そうなのね、おめでとう。きっとお姉様の努力の賜物よ」
魔法という言葉が出たにも関わらず、いつもと何ら変わらない表情でそう言うミティア。
なんだ、もしかして気にしてないのか……?
そう思い魔法を使えないことをどう思っているのか聞こうとしたが、何も言えないまま私の口は閉じる。もし余計なことを言ってミティアを傷付け、嫌われたら。そう思うと体が凍ったように動かなかった。
ミティアが魔法のことを気にしていないならそれでいいじゃないか。わざわざ困らせるようなことは言う必要もないだろう。
そう考えた私はそれが逃げ道だということにも気付かず、すぐにその楽な道を選んだ。
「ありがとう!でも私もまだまだ未熟だから、もっと精進するつもりだ」
「さすがお姉様ね。応援してるわ」
そう微笑むミティアの顔を見て安堵する。普通の仲の良い姉妹の会話だ。不穏さなんて微塵もない。
ミティアは魔法の話題を気にしないんだな。それなら分相応にもミティアの陰口をたたく連中を始末していけば、 それでいいだろう。汚いものは片付けて、ミティアには花などの美しいものを見てもらえばいい。それでミティアが幸せなら十分だ。
そう完結させた私は、次の話題に移った。また私がくだらない話をして、それを面白そうにミティアが笑う。そうだ、これで良いんだ。私は自分が正しいのだと感じていた。
俯いたこの子がどんな目をしていたかなんて、考えもしないまま。
―――――
「あははははは!!」
「ミティア落ち着け!ゴホッ…、きっとお前は疲れてるんだ、自分の部屋に戻りゆっくりと休め。私の部屋にいるとお前にまで病気がうつる可能性がある。私の侍女に送らせるから―」
「いいえお姉様。疲れてなんてないわ」
「お姉様、私はあなたが嫌い」
「……な」
「その人に優しいところも。美しく気高いところも。強く勇敢なところも」
「全部全部、憎いわ」
目の前の少女は本当にミティアなのだろうか。どう見ても長年一緒にいたミティアなのに、私は何度もそう思った。
だって、ミティアがそんな憎しみがこもった瞳をするなんて、信じたくない。そんな目を私に向けるなんて、信じたくないのだ。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。絶望する私を横目にミティアは笑う。
「ねぇ、私があなたと比べられて、陰で何て言われてるか知ってた?天才と出来損ない。人としての価値が違うってね。才能を王妃の腹の中で一つ残さず取られたなんて、くだらない冗談を耳にしたこともあったわ。私から見てもそうだった。あなたはみんなの英雄。私は役立たずもいいところだわ」
その言葉に、先程の絶望を忘れるぐらいに激しい怒りが沸いた。
「そんなことあるわけないだろ‼ッケホッケホッお前が魔法が使えないこと程度でそんなふうに蔑んでいる奴らがいるのなら、今すぐそいつらをぶん殴ってやる‼」
咳のせいで大声を出すだけで苦しい。上手く言葉にできなかったが、それでも怒りは少しも収まらなかった。
ミティアのことを良くないように言う者たちがいるのは知っていた。しかしできるだけそういう奴らは私自身が片付けてきたきたはずなのに。まさかそんな最低な言葉がミティアの耳に入っていたなんて。許せない、私の持てる全ての力を持ってでも後悔させてやる。
しかしミティアは私の反応を知っていたかのように受け流す。
「違うわ。人を殴って解決する問題じゃない。私はあなたといるのが辛かったの。毎日劣等感に押し潰されそうになっていたのよ。最初は我慢していたけれど、あなたが周りの目も気にせず私に近づいてくるものだから、今度は憎しみが強くなっていった」
――そんな、嘘だ。
信じたくない。ミティアが私と過ごした日々に苦痛を感じていたなんて。しかしこの状況を見れば、そんなことは言えない。何故私は気付けなかった?何故ミティアがこうなるまで気付けなかった?
熱で酷い頭痛がさらに悪化する。
怒っても絶望しても、体は追い打ちをかけられたように痛んでいく。それでも言わなければ。ミティアが苦しんでいるのに、傷付いているのに、病気がどうしたというのだ。こんな資格はないのかもしれないが、私はミティアを助けたい。
それに何より……嫌われたくない。
「――ッ!……すまない。私は…ゴホッ…お前の気持ちを考えることが出来なかったのだな。だが、私は諦めない。もちろん、お前が苦しくならないよう、私からは近づかない。私は今すぐにでもお前が蔑まれないような王宮にして見せる。人の心も気にせず傷付けるような輩は、私が責任を持って排除する。だからミティア、ゆっくりでいい。もしお前の怒りが収まり、私を許せると思ったその時は…お前から私に近づいてくれないか?」
頭痛が酷い、喉が痛い、吐き気がする、眩暈がする。それでも、今を逃せばミティアは私に心を開いてくれなくなるかもしれない。私が遠征に行っていた間ずっと悩んでいて、今勇気を出して言葉にしたのだろう。答えなければ、そして示さなければ、私の決意を、想いを。
私の言葉を聞いたミティアは慈愛に満ちたような表情で私に笑いかけた。そして次の瞬間、狂ったように笑い声をあげた。
おかしくてたまらないというようにミティアは笑う。あまりにも普段のミティアの様子からかけ離れすぎていて、動揺してしまう。
「排除されるべきはあなたの方よ」
……どういうことだ。
ミティアの言葉が本当に理解できなくて、私はパニックになる。それでも、体の調子が悪い私はぼんやりとミティアを見つめることしかできなかった。
ミティアは私に近付き、私の額にそっと手を添える。
近付いたことで見えたその瞳を見て、私は理解してしまった。
もう、手遅れなのだと。
「さようなら、エステルお姉様」
そう笑うミティアの表情は狂気的で、残忍で、そしてどこか寂し気だった。
待ってくれ、まだ伝えたいことがあるんだ。
そんな悲しい顔をしないでくれ。どんな形でも、やっぱりお前には笑っていてほしい。お願いだ、無責任な私が言えたことではないが、こんな顔をしたこの子を置いていけないんだ。嫌われてもいい、恨まれてもいい、呪われてもいい。でもまだ駄目なんだ。本当は知っていた、この子は泣き虫で自分で背負い込むような子供だって。だからせめてこの子が泣き止むまで生かしてほしい。泣き止むまで傍にいさせてほしい。
伝えたかったその想いを、口にも出せないまま意識が落ちていく。
……ミティア、愛しているよ。
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