最低悪女の前世返り

天色茜

文字の大きさ
上 下
20 / 35
第一章

第十九話 炎風の記憶

しおりを挟む
 天使だ。

 初めて出会った時そう思った。

 輝くまだ短い金色の髪。私を見つめる、今にも零れ落ちそうなほど大きく赤くきらめく瞳。その全てが一瞬にして愛おしく感じられた。まるで天使から心を盗まれたようだ。

「この子は『ミティア』、あなたの妹です。仲良くするんですよ」

 なんだって?この子が私の妹?

 母の言葉が信じられなくて、食い入るようにミティアを見つめる。そうしていると、彼女は私を見つめ返し、楽しそうに笑った。その瞬間、顔が一気に熱くなり、今までにないくらい心臓がうるさくなったのを感じた。

「…エステル。私の名前は『エステル』だよ、ミティア」

「……えう?」

 舌足らずな口調だが、私の名前を呼んでくれたのだろうか。そう思うと、さらに心臓の鼓動が早くなった。

 周りの大人に比べたら私は小さいが、この子は私よりもっと小さい。触れたら今にも怪我をさせてしまいそうで怖く感じるが、そんな私の心配をよそに、この子は私に邪気一つない笑顔を向けてくれる。

 守らなければ。この愛しく可愛い存在を。五歳にしてそう決心して私は、母様へ真剣に告げる。

「母様、私はこの子を守るよ。何よりも大切にする」

 そう答えることに何の疑問もなかった。むしろ納得したくらいだ。私はこの子…ミティアのために生まれてきたのだと。

 母様は私の言葉に微笑み、私を撫でる。

「ええ、姉妹で助け合っていくのですよ。あなたはこの国の第一王女として、そして姉として、責任を持って行動していきなさい」

 「姉として」、その言葉を聞いて私は胸が締め付けられた。

 ただ、この子の為なら何でもできると確信していた。


―――――

「ミティア、聞いてくれ!今日は街へ出たんだ。そしたらなんとそこで――」

 数年が経ち、十歳となったミティアは可愛らしく、そして大人しく冷静さのある愛らしい王女へと成長していた。私の話に相槌を打ち、楽しそうにくすくすと笑う。

 私の話を聞き喜んでくれる姿が好きで、ほとんど毎日ミティアに会いに行っては、自分の思い出話をしていた。城では見られないような外の面白い話、騎士団の中で起こったほとんどどうでもいいような出来事、他にも何気ない日常のことを話すだけでも、ミティアは楽しそうに聞いてくれる。

 嬉しかった。もっともっと喜ばせたい、そう感じた。

「そういえば、騎士団の友人から魔法の精度が上がったと褒められて…」

 はっとした。ミティアは十歳だが、まだ魔法が発現していない。最近はそのせいでミティアを悪く言う輩もいるし、もしミティアがこのことを気にしていたら……。

 ミティアが傷付くことを恐れて黙る私に、ただ優しい笑みを浮かべて言う。

「そうなのね、おめでとう。きっとお姉様の努力の賜物よ」

 魔法という言葉が出たにも関わらず、いつもと何ら変わらない表情でそう言うミティア。

 なんだ、もしかして気にしてないのか……?

 そう思い魔法を使えないことをどう思っているのか聞こうとしたが、何も言えないまま私の口は閉じる。もし余計なことを言ってミティアを傷付け、嫌われたら。そう思うと体が凍ったように動かなかった。

 ミティアが魔法のことを気にしていないならそれでいいじゃないか。わざわざ困らせるようなことは言う必要もないだろう。

 そう考えた私はそれが逃げ道だということにも気付かず、すぐにその楽な道を選んだ。

「ありがとう!でも私もまだまだ未熟だから、もっと精進するつもりだ」

「さすがお姉様ね。応援してるわ」

 そう微笑むミティアの顔を見て安堵する。普通の仲の良い姉妹の会話だ。不穏さなんて微塵もない。

 ミティアは魔法の話題を気にしないんだな。それなら分相応にもミティアの陰口をたたく連中を始末していけば、 それでいいだろう。汚いものは片付けて、ミティアには花などの美しいものを見てもらえばいい。それでミティアが幸せなら十分だ。

 そう完結させた私は、次の話題に移った。また私がくだらない話をして、それを面白そうにミティアが笑う。そうだ、これで良いんだ。私は自分が正しいのだと感じていた。


 俯いたこの子がどんな目をしていたかなんて、考えもしないまま。


―――――

「あははははは!!」

「ミティア落ち着け!ゴホッ…、きっとお前は疲れてるんだ、自分の部屋に戻りゆっくりと休め。私の部屋にいるとお前にまで病気がうつる可能性がある。私の侍女に送らせるから―」

「いいえお姉様。疲れてなんてないわ」


「お姉様、私はあなたが嫌い」


「……な」


「その人に優しいところも。美しく気高いところも。強く勇敢なところも」


「全部全部、憎いわ」


 目の前の少女は本当にミティアなのだろうか。どう見ても長年一緒にいたミティアなのに、私は何度もそう思った。

 だって、ミティアがそんな憎しみがこもった瞳をするなんて、信じたくない。そんな目を私に向けるなんて、信じたくないのだ。

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。絶望する私を横目にミティアは笑う。

「ねぇ、私があなたと比べられて、陰で何て言われてるか知ってた?天才と出来損ない。人としての価値が違うってね。才能を王妃の腹の中で一つ残さず取られたなんて、くだらない冗談を耳にしたこともあったわ。私から見てもそうだった。あなたはみんなの英雄ヒーロー。私は役立たずもいいところだわ」

 その言葉に、先程の絶望を忘れるぐらいに激しい怒りが沸いた。

「そんなことあるわけないだろ‼ッケホッケホッお前が魔法が使えないこと程度でそんなふうに蔑んでいる奴らがいるのなら、今すぐそいつらをぶん殴ってやる‼」

 咳のせいで大声を出すだけで苦しい。上手く言葉にできなかったが、それでも怒りは少しも収まらなかった。

 ミティアのことを良くないように言う者たちがいるのは知っていた。しかしできるだけそういう奴らは私自身が片付けてきたきたはずなのに。まさかそんな最低な言葉がミティアの耳に入っていたなんて。許せない、私の持てる全ての力を持ってでも後悔させてやる。

 しかしミティアは私の反応を知っていたかのように受け流す。

「違うわ。人を殴って解決する問題じゃない。私はあなたといるのが辛かったの。毎日劣等感に押し潰されそうになっていたのよ。最初は我慢していたけれど、あなたが周りの目も気にせず私に近づいてくるものだから、今度は憎しみが強くなっていった」

 ――そんな、嘘だ。

 信じたくない。ミティアが私と過ごした日々に苦痛を感じていたなんて。しかしこの状況を見れば、そんなことは言えない。何故私は気付けなかった?何故ミティアがこうなるまで気付けなかった?

 熱で酷い頭痛がさらに悪化する。

 怒っても絶望しても、体は追い打ちをかけられたように痛んでいく。それでも言わなければ。ミティアが苦しんでいるのに、傷付いているのに、病気がどうしたというのだ。こんな資格はないのかもしれないが、私はミティアを助けたい。

 それに何より……嫌われたくない。

「――ッ!……すまない。私は…ゴホッ…お前の気持ちを考えることが出来なかったのだな。だが、私は諦めない。もちろん、お前が苦しくならないよう、私からは近づかない。私は今すぐにでもお前が蔑まれないような王宮にして見せる。人の心も気にせず傷付けるような輩は、私が責任を持って排除する。だからミティア、ゆっくりでいい。もしお前の怒りが収まり、私を許せると思ったその時は…お前から私に近づいてくれないか?」

 頭痛が酷い、喉が痛い、吐き気がする、眩暈がする。それでも、今を逃せばミティアは私に心を開いてくれなくなるかもしれない。私が遠征に行っていた間ずっと悩んでいて、今勇気を出して言葉にしたのだろう。答えなければ、そして示さなければ、私の決意を、想いを。

 私の言葉を聞いたミティアは慈愛に満ちたような表情で私に笑いかけた。そして次の瞬間、狂ったように笑い声をあげた。

 おかしくてたまらないというようにミティアは笑う。あまりにも普段のミティアの様子からかけ離れすぎていて、動揺してしまう。

「排除されるべきはあなたの方よ」

 ……どういうことだ。

 ミティアの言葉が本当に理解できなくて、私はパニックになる。それでも、体の調子が悪い私はぼんやりとミティアを見つめることしかできなかった。

 ミティアは私に近付き、私の額にそっと手を添える。

 近付いたことで見えたその瞳を見て、私は理解してしまった。


 もう、手遅れなのだと。


「さようなら、エステルお姉様」


 そう笑うミティアの表情は狂気的で、残忍で、そしてどこか寂し気だった。




 待ってくれ、まだ伝えたいことがあるんだ。

 そんな悲しい顔をしないでくれ。どんな形でも、やっぱりお前には笑っていてほしい。お願いだ、無責任な私が言えたことではないが、こんな顔をしたこの子を置いていけないんだ。嫌われてもいい、恨まれてもいい、呪われてもいい。でもまだ駄目なんだ。本当は知っていた、この子は泣き虫で自分で背負い込むような子供だって。だからせめてこの子が泣き止むまで生かしてほしい。泣き止むまで傍にいさせてほしい。


 


 伝えたかったその想いを、口にも出せないまま意識が落ちていく。


 ……ミティア、愛しているよ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます

葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。 しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。 お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。 二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。 「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」 アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。 「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」 「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」 「どんな約束でも守るわ」 「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」 これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。 ※タイトル通りのご都合主義なお話です。 ※他サイトにも投稿しています。

処理中です...