最低悪女の前世返り

天色茜

文字の大きさ
上 下
8 / 35
第一章

第七話 …空き地にて

しおりを挟む
 あの後、不安が解消されたせいか、おばちゃんの前で少しだけ泣いてしまった。体の年齢のせいか涙腺が弱くなっていたのだろう。そうしてでも理由をつけないと恥ずかしすぎて死にそうだ。そんな私におばちゃんは笑っておまけにクッキーをつけてくれた。おばちゃんにお礼を言い、温かなパン屋を後にしたのだった。


 ……まあ、王都に来て早々にそんな恥ずかしい体験をしてしまったが、気を取り直そう。

 次はどこに行こう。そう思いながらだんだんと賑わってきた大通りを歩く。するとどこかから、明るい街路に似合わない怒声が聞こえてきた。怒声といっても、聞き取れないほどに小さいものだった。その声の方に近づいていくと、どうやらそれは建物の間の小さな路地から響いているということがわかった。

 どう考えても危険だ。今の私の立場を考えると、無視をするのが一番の選択肢だろう。

 しかし、なんだか胸騒ぎがする。誰か大人を呼びに行った方がいいのかもしれない。しかし、そう考えている間にも、誰かの怒っているような声が聞こえてくる。

 ……何が起きているか確認するだけなら、危険はないはずだ。

 私は迷いを捨てて、路地へ進んだ。

―――――
 路地を抜けると小さな空地のような場所にたどり着いた。そこでは一人の男の子が、三人がかりで一方的に殴られ、蹴られていた。

「てめぇもう一回言ってみろよ‼」

「…てめぇらみたいなクズどもが、騎士になれるわけねぇだろッ!――ゴフッ」

 ……私と同じ年ぐらいの、子供の喧嘩だ。しかしあまりにも酷い。一人の男の子の体は地面に転がり、ボールのように蹴られている。しかしそんな状況なのに男の子は泣くこともせず、三人を睨みつけている。

「…複数人で俺を殴ることしかできねェ奴らに、騎士になれる資格があんのか?」

「…なんだと?」

「もう一回言ってやるよ」

 彼らの方が有利なはずなのに、少年は怯むことなく睨む。その様子に、三人の方が一瞬怯む。


「人を傷付けることしかできねェてめーらには、人を守ることなんてできねェんだよ」


「――ッ⁉このっ…!」


「兵士さん、こっちです!喧嘩が起きています‼」


 私はとっさに大声を出してしまった。もちろん兵士なんて来ていない。しかし三人は男の子を蹴るのをやめ、驚いたようにこちらを振り返った。私は物陰に隠れているから姿は見えていないだろう。

「お前ら、逃げるぞ!」

 ドタバタと走り去る足音が聞こえる。三人は尻尾を巻いて逃げていったようだった。残されたのは私とあの男の子だけ。男の子はきっとたくさん怪我をしているのだろう。しかし、今の私はそこまで他人を気にしている余裕はない。短い時間の中で、どれだけ王都を楽しめるかという試練があるのだ。

 そう思い、私は足早にここを去ろうとした。

「おい、出て来いよ」

 ……しかしそれは叶わなかった。先ほどの男の子から声をかけられてしまうし、なんだかさっきから突き刺すような視線を感じるのだ。

 迷ったが、やっぱり男の子が心配な気持ちもあり、彼の前に出ることにした。私は姿を現し、彼の前に立った。男の子はずっと機嫌の悪そうな顔でこちらを睨みつけている。居心地の悪さを感じながら、とりあえず私は声をかける。

「えっと…大丈夫?」

「………って」

「え?」

「余計なこと、しやがって……」

 少年の恨めしそうな声。怒りで震えている拳。そして、私を射抜くような目。


「余計なことしてんじゃねーよ!チビ‼」


「………は?」

 予想外の反応に、私は呆けた顔をした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます

葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。 しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。 お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。 二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。 「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」 アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。 「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」 「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」 「どんな約束でも守るわ」 「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」 これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。 ※タイトル通りのご都合主義なお話です。 ※他サイトにも投稿しています。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

処理中です...