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第一章
第三話 闇魔法
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「ミティアは本当に可愛いなぁ」
私の髪を撫でながら黒髪の見目麗しい女性、エステルお姉様が言う。澄み渡る青空に暖かな春風、木陰の涼しさも気持ちがいい。王城の敷地内の庭で王女が二人、ゆったりとくつろいでいた。
「またそれ?恥ずかしいからやめて」
「可愛いものに可愛いと言って何が悪い。お前は美しく愛らしい、もっと自覚を持て」
朗らかに笑うお姉様に対して、思わず苦笑が漏れる。
これから来るはずだった未来の記憶と、日本で暮らしていた記憶を取り戻し、大混乱に陥った私は、ようやく自分がミティアであると確認することができた。
かつて残虐な女王として生きていたこの世界。時が巻き戻ったと考えるなら私は回帰したと考えるべきか、いやでも日本で生きていた時間まで戻っているのか云々かんぬんと悩んだ結果、女王ミティアとしての記憶も日本にいた時の記憶も、まとめて前世だということに決めた。決して面倒くさくなったからではない。言葉としては間違っていないはずだ。多分。
「ミティアは私の大切な妹だからな」
何の恥ずかし気もなくそんなことを言う目の前のイケメン美女に、顔が熱くなるのを感じる。
エステルお姉様はいつもこうやって私のことを褒めてくれていた。彼女の嘘偽りない真っ直ぐな言葉は、私を照れさせるには十分だった。
……けれど、前世の私はそうではなかった。いつも私のことが好きだと告げるお姉様のことを、心の底から嫌っていたのだ。
その原因は、優秀な姉への劣等感だった。
この国アルカシアの民は、十歳になると一つの魔法を発現することがある。その魔法が何なのかは人それぞれだし、そもそも使えない人間の方が多いが、お姉様は五歳にして二つの魔法を発現させていた。これは極めて珍しいことで、少なくとも今残っている文献にはアルカシアの王族で二つ以上の魔法を持つ者はいなかったのだ。その上幼い頃から剣の才能までずば抜けていて、お姉様は誰しもが認める天才だった。
しかしそんなお姉様とは違って、全く才能がなかったのが私だった。
普通九歳から十歳の誕生日が来るまでには魔法の才が目覚める。私はそれを過ぎても魔法が発現することがなかった。普通の子供ならそれでも問題なかっただろう。しかし私はアルカシアの第二王女なのだ。昔からアルカシアの王族は、とある六つの魔法から必ず一つが発現すると言われている。それがない私は、王族の落ちこぼれというレッテルを周りから貼られていたのだ。
当時私はそれが耐えられなくて、魔法が使えない自分を憎んでいた。そしてさらに追い打ちをかけるようにお姉様がいつも傍にいたのだ。お姉様としてはいつも通り仲の良い妹と過ごしているつもりだったのだろう。しかし魔法のことを気に病んでいる私は、自分のコンプレックスの原因となる人物が常に隣にいることが酷く辛かった。
私が魔法を使えないことをお姉様は知っていただろうに、ポジティブ思考なせいか彼女は特に周りを気にすることもせず私の隣にいた。内気な私はそれを我慢していたが、お姉様といればいるほど周囲から比較され、私の心はずたずたになっていった。そしていつしかそれはお姉様への憎しみへと変わり、彼女が私を好きだと言えば言うほど、私の中の憎悪は膨らんでいった。
それでも、魔法も使えない私がお姉様に敵うはずもない。そう思っていたのだ。あの力が入るまでは――。
……さて、ここで少し昔の話をしよう。お姉様が私に殺される原因となった話だ。
お姉様が十五歳となり、第三騎士隊の隊長となった頃、諸外国で戦争が起こった。アルカシアは平和な国で争いごとは好まなかったが、周辺諸国で軍事同盟を組んでいる国の一つが攻撃されたため、その戦争に身を置くこととなった。当初は生活物資や軍需品の支援など微々たるものだったが、状況が苦しくなるにつれ援軍要請が入り、アルカシアは出兵を決定した。
それに名乗りを挙げたのが第一王女、エステル・ノヴァ・ロワイヤルだ。彼女は「戦争など私が一刻も早く終わらせてやる」と、猛烈な怒気をはらんだ声で言い放った。第三騎士隊隊長という立場を得た第一王女は、自らが鍛え上げた隊を引き連れ、戦地へと赴いた。王女なのに前線へ出るなんて、という貴族たちの声は怒りを露にした彼女の前では無意味だった。
実際、その活躍は目覚ましかったらしい。他国の兵士は、最悪だった形成が一気に逆転したと語っていた。後から来た他の同盟国からの援軍の成果もあり、その戦争は無事勝利を掴んだ。
しかし第一王女は長期の戦からやっと帰ってくるなり、急に倒れこんでしまった。戦争が終わりそうになった時、その国で疫病が広まっていて、彼女はその病に侵されていたのだ。よりによってこんな時に、と嘆き悲しむ者は数えきれなかった。
流行り始めて間もない病気に明確な治療法はなく、疫病が広まった地域では死者も多数報告されていた。城は絶望の色で染まるかと思われたが「今この国にある技術で治療を施せば決して治せない病ではない」という医者の言葉で、希望の色に染まり始めた。
「これ以上発病者を増やさないよう注意を払いつつ、全力で治療しろ。絶対に我が国の宝を失うな」
国王の言葉に皆が頷いた。王宮の誰もが彼女の身を案じ、無事を祈っていた。
――たった一人を除いて。
ミティア・ノヴァ・ロワイヤル。私は無事を祈るどころか、彼女が戦死することさえ祈っていた。しかし第一王女がそう簡単に戦いの中で倒れることがないとはわかっていた。だから戻ってきた彼女が倒れたと聞いた瞬間、部屋の中で心の底からはしゃいだものだ。
そして第一王女が療養している部屋に入ると、皆にばれないよう暗殺した。
いったいどうやって?と思うだろう。飲食物に毒を混ぜた?違う。国も馬鹿じゃない。突然体調が悪化した原因を調べて毒の痕跡を見つけ、犯人捜しをしたらもう私は終わりだろう。それならば直接殺した?それも違う。病気の身でも騎士隊隊長だ。手を出そうとした私が逆に捕らえられるか、大声を出されて終わりだろう。
私が彼女を殺した方法は「闇魔法」だ。
エステルお姉様が戦地で勇敢に戦っている間、部屋の中で発現したそれに私は驚き歓喜した。魔法もつかえないつまらない自分が一番嫌いだったのだ。だがそれを誰かに言うのもばれることも避けた。とある神話や前例のせいで、とにかく悪名高いのだ。闇魔法は悪人のみが使える魔法。それはこの国どころか世界の常識だった。そんな魔法がこの手に入ったのだ。
しかし私にとってそんなことはそうでも良かった。とにかく魔法が手に入ったことが嬉しかったし、自身の性格の悪さなんてとうの昔に知っていたから自分にお似合いの魔法だと感じていた。それに悪名高いのも納得してしまうほどに、この魔法は何でもありだったのだ。お姉様が帰ってくるまでにも散々この魔法で遊び、腕を磨いていた。お姉様が死ぬほど憎たらしかった私は、お前の成長が嬉しいと笑っていた彼女に、すぐにでも見せびらかしたかったから。
あの日病気のお姉様がいる部屋に行くと、お姉様の部屋を守る兵士たちを洗脳し、扉を開かせた。魔法が使える人間には少し耐性があるようだが、普通の人間になら完全に洗脳させることは苦でなかった。そうしてお姉様との会話を少し楽しみ、魔法をかけて目覚めない眠りについてもらったのだ。
それは簡単に言えば体調を悪化させるような魔法だった。免疫力を落とす、と言った方がわかりやすいかもしれない。洗脳させられれば楽に自害させることもできたが、何故かお姉様には闇魔法が全く効かなかった。後から知ったのだが、アルカシアの王族が発現すると言われている六つの魔法には闇魔法への耐性がついているようだった。だが、病気で弱っているお姉様に対してなら多少の魔法は効くようだった。
以前ちょっとした悪戯で、軽い風邪をひいたらしい侍女に同じようにかけてみたら、酷い熱を出して二週間近く休んでいた。未知の病に苦しむ第一王女にとっては、まさに死に値する魔法だっただろう。
部屋を出ようとする頃には、彼女はもう目を開く気力もないようだった。私はそれに満足して、今日私はここに来なかったとまた兵士を洗脳し部屋に帰って行った。
結局お姉様はそのまま苦しみながら死んでいった。医者は突然体調が悪化し、死んでいった姉に困惑を隠せない様子だった。情報が少ない病気で死んでいった第一王女に対して、王国中が悲しみに暮れた。悲しむのに忙しかった国は、闇魔法の可能性など全く考えていないようだった。
私は彼女のための盛大な葬式では女々しく泣き、自分の部屋に戻った後は声を抑えながら笑っていた。
闇魔法は、人を洗脳するだけじゃない。お姉様の体調を悪化させたように、人を害する気持ちがあればどんな効果でも発揮する。自分の望みが叶う魔法。なんて素敵なんだろう。これはもはや相手にとっては魔法ではなく、呪いだ。
私はこの残虐な魔法を何よりも気に入っていた。そしてこれでもっと面白いことをしようと決めたのだ。
おかしくてたまらない。素晴らしいわ。この魔法さえあれば、今すぐ王位につくことだって難しくはないでしょう。でも今はこの魔法を研究しなくちゃ。愚かな姉に負けないくらい、この魔法を―。
「ミティア…泣いているのか?」
「……え?」
人差し指でまぶたをこすると、確かに少し濡れていた。
「い、いやだわ。目に砂でも入ったのかしら」
「大丈夫か?城に戻って、医者に診てもら―」
「い、いえ、もうとれたから!お姉様ったら心配しすぎよ」
「む、そうか…。だが、この後お前は算術の授業があるだろう?そろそろ中に戻ろうか」
立ち上がったお姉様につられて私も立ち上がる。ふわりと揺れたドレスからは土とお日さまの匂いがした。そしてお姉様が差し出した手を、そっと握る。中に戻って手を放すまでの間、彼女の手がとても暖かくて、なんだか泣きそうな気持ちになっていた。
私はミティアだけど、あの時車で轢かれた人間でもある。私が今彼女に対して憎しみを感じていないのは、その人生の記憶が原因なのだろうか。それでもお姉様に対する劣等感のようなものを感じてしまうのは、そしてまた同時にミティアだからなのだろうか。
いや、私がどちらの人間でも関係ない。今世では誰も殺さないし傷付けない。
暖かい手のぬくもりとちくちくとした罪悪感を感じながら、私はそう決意した。
私の髪を撫でながら黒髪の見目麗しい女性、エステルお姉様が言う。澄み渡る青空に暖かな春風、木陰の涼しさも気持ちがいい。王城の敷地内の庭で王女が二人、ゆったりとくつろいでいた。
「またそれ?恥ずかしいからやめて」
「可愛いものに可愛いと言って何が悪い。お前は美しく愛らしい、もっと自覚を持て」
朗らかに笑うお姉様に対して、思わず苦笑が漏れる。
これから来るはずだった未来の記憶と、日本で暮らしていた記憶を取り戻し、大混乱に陥った私は、ようやく自分がミティアであると確認することができた。
かつて残虐な女王として生きていたこの世界。時が巻き戻ったと考えるなら私は回帰したと考えるべきか、いやでも日本で生きていた時間まで戻っているのか云々かんぬんと悩んだ結果、女王ミティアとしての記憶も日本にいた時の記憶も、まとめて前世だということに決めた。決して面倒くさくなったからではない。言葉としては間違っていないはずだ。多分。
「ミティアは私の大切な妹だからな」
何の恥ずかし気もなくそんなことを言う目の前のイケメン美女に、顔が熱くなるのを感じる。
エステルお姉様はいつもこうやって私のことを褒めてくれていた。彼女の嘘偽りない真っ直ぐな言葉は、私を照れさせるには十分だった。
……けれど、前世の私はそうではなかった。いつも私のことが好きだと告げるお姉様のことを、心の底から嫌っていたのだ。
その原因は、優秀な姉への劣等感だった。
この国アルカシアの民は、十歳になると一つの魔法を発現することがある。その魔法が何なのかは人それぞれだし、そもそも使えない人間の方が多いが、お姉様は五歳にして二つの魔法を発現させていた。これは極めて珍しいことで、少なくとも今残っている文献にはアルカシアの王族で二つ以上の魔法を持つ者はいなかったのだ。その上幼い頃から剣の才能までずば抜けていて、お姉様は誰しもが認める天才だった。
しかしそんなお姉様とは違って、全く才能がなかったのが私だった。
普通九歳から十歳の誕生日が来るまでには魔法の才が目覚める。私はそれを過ぎても魔法が発現することがなかった。普通の子供ならそれでも問題なかっただろう。しかし私はアルカシアの第二王女なのだ。昔からアルカシアの王族は、とある六つの魔法から必ず一つが発現すると言われている。それがない私は、王族の落ちこぼれというレッテルを周りから貼られていたのだ。
当時私はそれが耐えられなくて、魔法が使えない自分を憎んでいた。そしてさらに追い打ちをかけるようにお姉様がいつも傍にいたのだ。お姉様としてはいつも通り仲の良い妹と過ごしているつもりだったのだろう。しかし魔法のことを気に病んでいる私は、自分のコンプレックスの原因となる人物が常に隣にいることが酷く辛かった。
私が魔法を使えないことをお姉様は知っていただろうに、ポジティブ思考なせいか彼女は特に周りを気にすることもせず私の隣にいた。内気な私はそれを我慢していたが、お姉様といればいるほど周囲から比較され、私の心はずたずたになっていった。そしていつしかそれはお姉様への憎しみへと変わり、彼女が私を好きだと言えば言うほど、私の中の憎悪は膨らんでいった。
それでも、魔法も使えない私がお姉様に敵うはずもない。そう思っていたのだ。あの力が入るまでは――。
……さて、ここで少し昔の話をしよう。お姉様が私に殺される原因となった話だ。
お姉様が十五歳となり、第三騎士隊の隊長となった頃、諸外国で戦争が起こった。アルカシアは平和な国で争いごとは好まなかったが、周辺諸国で軍事同盟を組んでいる国の一つが攻撃されたため、その戦争に身を置くこととなった。当初は生活物資や軍需品の支援など微々たるものだったが、状況が苦しくなるにつれ援軍要請が入り、アルカシアは出兵を決定した。
それに名乗りを挙げたのが第一王女、エステル・ノヴァ・ロワイヤルだ。彼女は「戦争など私が一刻も早く終わらせてやる」と、猛烈な怒気をはらんだ声で言い放った。第三騎士隊隊長という立場を得た第一王女は、自らが鍛え上げた隊を引き連れ、戦地へと赴いた。王女なのに前線へ出るなんて、という貴族たちの声は怒りを露にした彼女の前では無意味だった。
実際、その活躍は目覚ましかったらしい。他国の兵士は、最悪だった形成が一気に逆転したと語っていた。後から来た他の同盟国からの援軍の成果もあり、その戦争は無事勝利を掴んだ。
しかし第一王女は長期の戦からやっと帰ってくるなり、急に倒れこんでしまった。戦争が終わりそうになった時、その国で疫病が広まっていて、彼女はその病に侵されていたのだ。よりによってこんな時に、と嘆き悲しむ者は数えきれなかった。
流行り始めて間もない病気に明確な治療法はなく、疫病が広まった地域では死者も多数報告されていた。城は絶望の色で染まるかと思われたが「今この国にある技術で治療を施せば決して治せない病ではない」という医者の言葉で、希望の色に染まり始めた。
「これ以上発病者を増やさないよう注意を払いつつ、全力で治療しろ。絶対に我が国の宝を失うな」
国王の言葉に皆が頷いた。王宮の誰もが彼女の身を案じ、無事を祈っていた。
――たった一人を除いて。
ミティア・ノヴァ・ロワイヤル。私は無事を祈るどころか、彼女が戦死することさえ祈っていた。しかし第一王女がそう簡単に戦いの中で倒れることがないとはわかっていた。だから戻ってきた彼女が倒れたと聞いた瞬間、部屋の中で心の底からはしゃいだものだ。
そして第一王女が療養している部屋に入ると、皆にばれないよう暗殺した。
いったいどうやって?と思うだろう。飲食物に毒を混ぜた?違う。国も馬鹿じゃない。突然体調が悪化した原因を調べて毒の痕跡を見つけ、犯人捜しをしたらもう私は終わりだろう。それならば直接殺した?それも違う。病気の身でも騎士隊隊長だ。手を出そうとした私が逆に捕らえられるか、大声を出されて終わりだろう。
私が彼女を殺した方法は「闇魔法」だ。
エステルお姉様が戦地で勇敢に戦っている間、部屋の中で発現したそれに私は驚き歓喜した。魔法もつかえないつまらない自分が一番嫌いだったのだ。だがそれを誰かに言うのもばれることも避けた。とある神話や前例のせいで、とにかく悪名高いのだ。闇魔法は悪人のみが使える魔法。それはこの国どころか世界の常識だった。そんな魔法がこの手に入ったのだ。
しかし私にとってそんなことはそうでも良かった。とにかく魔法が手に入ったことが嬉しかったし、自身の性格の悪さなんてとうの昔に知っていたから自分にお似合いの魔法だと感じていた。それに悪名高いのも納得してしまうほどに、この魔法は何でもありだったのだ。お姉様が帰ってくるまでにも散々この魔法で遊び、腕を磨いていた。お姉様が死ぬほど憎たらしかった私は、お前の成長が嬉しいと笑っていた彼女に、すぐにでも見せびらかしたかったから。
あの日病気のお姉様がいる部屋に行くと、お姉様の部屋を守る兵士たちを洗脳し、扉を開かせた。魔法が使える人間には少し耐性があるようだが、普通の人間になら完全に洗脳させることは苦でなかった。そうしてお姉様との会話を少し楽しみ、魔法をかけて目覚めない眠りについてもらったのだ。
それは簡単に言えば体調を悪化させるような魔法だった。免疫力を落とす、と言った方がわかりやすいかもしれない。洗脳させられれば楽に自害させることもできたが、何故かお姉様には闇魔法が全く効かなかった。後から知ったのだが、アルカシアの王族が発現すると言われている六つの魔法には闇魔法への耐性がついているようだった。だが、病気で弱っているお姉様に対してなら多少の魔法は効くようだった。
以前ちょっとした悪戯で、軽い風邪をひいたらしい侍女に同じようにかけてみたら、酷い熱を出して二週間近く休んでいた。未知の病に苦しむ第一王女にとっては、まさに死に値する魔法だっただろう。
部屋を出ようとする頃には、彼女はもう目を開く気力もないようだった。私はそれに満足して、今日私はここに来なかったとまた兵士を洗脳し部屋に帰って行った。
結局お姉様はそのまま苦しみながら死んでいった。医者は突然体調が悪化し、死んでいった姉に困惑を隠せない様子だった。情報が少ない病気で死んでいった第一王女に対して、王国中が悲しみに暮れた。悲しむのに忙しかった国は、闇魔法の可能性など全く考えていないようだった。
私は彼女のための盛大な葬式では女々しく泣き、自分の部屋に戻った後は声を抑えながら笑っていた。
闇魔法は、人を洗脳するだけじゃない。お姉様の体調を悪化させたように、人を害する気持ちがあればどんな効果でも発揮する。自分の望みが叶う魔法。なんて素敵なんだろう。これはもはや相手にとっては魔法ではなく、呪いだ。
私はこの残虐な魔法を何よりも気に入っていた。そしてこれでもっと面白いことをしようと決めたのだ。
おかしくてたまらない。素晴らしいわ。この魔法さえあれば、今すぐ王位につくことだって難しくはないでしょう。でも今はこの魔法を研究しなくちゃ。愚かな姉に負けないくらい、この魔法を―。
「ミティア…泣いているのか?」
「……え?」
人差し指でまぶたをこすると、確かに少し濡れていた。
「い、いやだわ。目に砂でも入ったのかしら」
「大丈夫か?城に戻って、医者に診てもら―」
「い、いえ、もうとれたから!お姉様ったら心配しすぎよ」
「む、そうか…。だが、この後お前は算術の授業があるだろう?そろそろ中に戻ろうか」
立ち上がったお姉様につられて私も立ち上がる。ふわりと揺れたドレスからは土とお日さまの匂いがした。そしてお姉様が差し出した手を、そっと握る。中に戻って手を放すまでの間、彼女の手がとても暖かくて、なんだか泣きそうな気持ちになっていた。
私はミティアだけど、あの時車で轢かれた人間でもある。私が今彼女に対して憎しみを感じていないのは、その人生の記憶が原因なのだろうか。それでもお姉様に対する劣等感のようなものを感じてしまうのは、そしてまた同時にミティアだからなのだろうか。
いや、私がどちらの人間でも関係ない。今世では誰も殺さないし傷付けない。
暖かい手のぬくもりとちくちくとした罪悪感を感じながら、私はそう決意した。
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