上 下
9 / 27
-はじまりの陰謀-編

気になる夢

しおりを挟む
ーー二ヶ月がたった。

 (......イト、エイト......いずれこの国は......おねが......)

「......トさん! エイトさんてば!」

 なにやら振動を感じて重い瞼を開ける。

「ん......チルミル?」

「なんですか、チルミルって! 私ですよ、寝ぼすけさんですねえ」

 腰に手を当てて、上から見下ろしていたのはイルンだった。

「あぁ、イルンちゃん。おはよう」

 上半身を起こして挨拶した俺の目の前にあったのは、二つのメロン。

 もうそろそろ収穫してもいいのではないだろうか、などという悪魔のささやきに耐えながら、目線を上にあげる。

「おはようございます! うなされていたみたいですが、嫌な夢でも見ました?」

 心配そうな 面持おももちで首を かしげる。

「まあそんなところだ。起こしてもらって悪いね」

 いろんな意味で。

「いえいえ! 今日も頑張りましょう!」

 待ちきれない子供みたいに、そそっかしく彼女は階段を降りていった。

 その光景を見て、この世界の生活にもだいぶ馴染んだものだな、と感傷かんしょうに浸ってしまう。

 同時に、

 (これじゃあ元の世界と大差ないのでは。本当にこのままでいいのか?)

 というらしくないことも頭の隅に浮かんだ。 

 それにしても夢に出てきたあの子、どこかで見たような......。

「なんか、ひっかかるなーー」

 心に残った黒い霧は晴れることなくとどまり続けた。


 キッチンで皿に付いた油汚れを落としていると、料理を運び終わったお盆を手にしたメリダが 暖簾のれんを潜ってくる。チラッとこちらを見て、斜め向かいで止まった。

「どうしたんだい、今日はなんだか顔がくらいねえ」

 元気なときのほうが少ない気もするが、二ヶ月も一緒に住んでいればそれくらいは分かるのだろう。

「いえ......実は変な夢を見まして」

 言い淀んだが、迷った末にこの気持ち悪い感情を誰かに聞いてほしいという思いが勝った。

「どんな夢なんだい?」

「誰かが俺を呼ぶんです。その人を俺は知っているような気がして」

 一歩一歩を踏みしめるように重い口から言葉をつむぐ。

 その雰囲気とは対照的に淡々と。けれど優しく、彼女は語る。

「そうかい。昔聞いた話だけどね、誰かの想いが夢になって出てくることもあるそうだよ」

「ーー想い、ですか」

「そうさ。『好き』とか『嫌い』とか、感情はいろいろあるけどね、強すぎる想いは相手にも伝わるもんさ。まあ、あまり気にしすぎるのも良くないけどね」

 続けざまに閃いた、とでも言わんばかりの表情をするメリダ。

「そうだ! お昼からイルンと一緒に出かけてきたらどうだい!? 気分転換になるだろう」

 両手を大きく叩いて善人のかたまりみたいな顔をしているが、イタズラをする悪ガキの笑みを含んでいる風にも見える。

「いや、でもお店がーー」

「どうせ夜まではほとんど暇なんだ、あたし達だけで平気さ。イルンも喜ぶだろうしね」

 なぜイルンも喜ぶのかはわからないが、それ以上は断れる気がしないエイトだった。



「お待たせしましたあ!」

 家から出てきたイルンがいつもと違うことにはすぐに気がついた。目一杯おしゃれしているのが伝わる。

 まず目についたのは髪型で、いつもの二つ結びはしておらず、毛先がカールしている。服装も見たことがないコーデだ。

 赤のブラウスにスリットの入ったスカート。白のコルセットを巻いているので胸がより強調されている。

 (いかんぞ、これでは誰かに狙われてしまう。俺が守らねば)

 そんな使命感に晒されていると自分に照らし合わせてハッ、となる。

「ごめん、俺この服しかなくて」

 おしゃれにあまり興味のない俺はバイト代もとくに使うことなく貯金している。なのでいつも通りの服装だ。

「いいんですよ! 私がしたいからしてるんです! ......それにエイトさんはそのままでもかっこいいですから」

 顔を赤らめて、もじもじするイルン。

 こういうとき後半はなにを言っているか聞き取れないパターンが多いが、俺の耳はネコ並みに良いんだ。しかと 鼓膜こまくに焼き付けたぜ。

「ありがとう、じゃあ行こうか」

 世の童貞どもは今ごろハンカチでも噛み締めてるんだろうな、ざまあみろ。

 ああ、 忠告ちゅうこくしておくがどれだけ叩いたところで俺にダメージはないぞ。なんせここは異世界だからな。まるでスターを取った無敵状態だ。


 大通りに来たのだが、今日はやけに人が多い。

 人混みは苦手なんだけど、おかげで自然に手を繋げているからプラスだな。

 女の子の前だと気が強くなる現象だろうか。だとしたら男という生物はカップ麺くらい簡単である。

 ーーふと立ち寄ったアクセサリーショップで、おもちゃを見つけた幼子のようにイルンが声を漏らした。

「わあ......!」

 視線の先にあったのは、ミカヅキ形の金属工芸に大きくキラキラした宝石がはまったネックレスだった。

「これがほしいの?」

「い、いえ! そういうわけでは」

 値札を見ると他のものに比べて少し高い。手を出すか迷っている様子だ。

「すいません、これください」

 ポケットからお金を取り出して中年の女性に手渡す。

「そ、そんな! 悪いです! せっかくエイトさんが稼いだお金なのに」

 イルンがあわあわしているが、ここはかっこつけさせてくれ。

「いいよ。俺がイルンに買ってあげたいと思ったんだ。それにあんまお金使わないしね」

「そ、そうですか? それならお言葉に甘えて」

 まだ完全に納得のいってない様子だが、受け入れてくれた。本当にいい子だな、イルンは。

「まいど~! 彼女さんにとても似合うと思いますよ」

「かっ、かか、彼女じゃないです!」

 真っ赤なりんごのようになった顔をブンブン、と横に振るイルン。

 俺は彼女の首にネックレスをかけてあげた。

 すると、さっきまでどこかバツの悪そうにしていた彼女も満開の桜のような笑みに変わる。

 とても気に入ってくれたようで俺も嬉しい。

 その後も食べ歩きしたり、大道芸を観たりとデートを楽しんだ。

 途中、大通りを歩いているとギルドの前を通りかかって足が止まる。

 俺の本能がここにいけと叫んでいる気がしてならない。急に心のモヤが広がってやまない。

「ごめん、イルンちゃん。ちょっとギルドに寄ってもいい?」

「構いませんよ、どうかしたんですか?」

「ちょっと気になることがあってさ」

「では、私はここで待ってますね」

 このパターンで彼女をここに置いていくとちょっと強い輩に絡まれたりナンパされて面倒が起きるテンプレがあるので、その提案は却下だ。それはチートを持ってるやつにしか適用されないイベントだから。

「いや、ついてきて」

 意識することなく彼女の手を引いてギルドに入る。

「ルビーさん、こんにちは」

「あら、こんにちは。お二人とも、デートですか?」

「どうしてそう思うんです?」

 イルンは下を向いて黙っている。
 
 微笑ましそうに眺めるルビーが名探偵のごとく推理を披露し始めた。

「だって、イルンちゃんがものすごくオシャレしてますし、あとーー手も繋いでいるので」

「あっ......」

 指摘されてやっと気づく。

 何事もなかったようにサッと手を離すが、二人の顔は沸騰したやかんよりも赤かった。プシューという効果音が聞こえそうだ。

 なるほど、外で女の子を待たせるイベントは回避したが、連れてくるとこうなるのか。おのれ異世界め。

 ルビーはよく居酒屋タラサに来ていて、イルンともよく話している。俺もたまに一緒をする程度には仲がいい。

「それで今日はどうされたんですか?」

 促されてようやく冷静になる。

「そうでした。ここ最近、なにか変なことは起きてないですか?」

 だいぶアバウトな質問だと自覚しているが、これしか聞きようがない。

「変なことですか?」

 ルビーは考えこむ。エイトが言う”変なこと”とはいったい何なのかを。ギルドに来てまで聞くことを。

「......そうですね、ダンジョンの魔物が増えていることくらいでしょうか。ファストダンジョンでのみ、です。市民の皆さんに危険が及ぶほどではないんですが」

「ダンジョンの魔物が? あ、もしかして大通りに人が多いのって」

「ええ、冒険者の方たちだと思います」

 この街、タラゴナの近くにもダンジョンがある。そこは初心者向けと言われる場所で、「ファストダンジョン」と呼ばれている。

 初心者向けと言われる理由は、多くが弱い魔物ばかりで腕試しにちょうど良いからだとか。それでもここまで人が多いのは気がかりだが。

 なぜそんなことを言ったのかわからない。ただ、何かにつき動かされるように。

「ダンジョンに行く案件って、受けられますか?」

 思えばこの日はずっと、冷静さを欠いていたような気がする。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。 異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。 そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。 異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。 龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。 現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...