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エピローグ
しおりを挟む王都の滞在を終え、ルヴェラへ帰る旅が始まった。当たり前のように、野営を行いつつの騎馬でのものだ。
行きと同じなら、十日の行軍になる。途中の小休止では足を伸ばして森を散歩したり、彼の側で休んだりした。
隊士と言葉を交わすことも増え、自分が彼らの色になじみつつあるのを感じた。砂に汚れた顔で焼いたパンにかぶりついたり、空模様を気にして風を感じ、雲の流れに目が行くようになる。
王子もわたしを、
「見習い隊士みたいだ」
と笑う。
「王宮の小姓ではないの?」
短くなった髪を見せたとき、彼はそんなことを言っていたから。
「うん。小姓は汚れていない」
「ひどい」
「ほめたんだ。近衛は入隊が難しい」
「ほめられた気がしないわ」
「君じゃなければ、隊に入れない」
近衛隊は長く王子と共にある、彼の手足のような存在だ。身内には入れてくれているのは伝わる。
かき上げた髪から砂粒が落ちてくる。常に可憐なたたずまいのグィネス様の姿が浮かび、ちょっと気持ちが萎える。
だが、視線にさらされる彼女とは立場が違う。わたしは王子の望むわたしでいい。
夜の野営地だ。草原に点々と焚かれた火が見えた。隊の静かなざわめきに遠くの狼の声が混じる。
彼と二人、火の前にいた。
目の前の火に手をかざす。
「寒いのか?」
「大丈夫…」
と返して、すぐにくしゃみが出た。何の言葉もなく腕が伸びる。引き寄せられて、背後から抱きしめられる。
旅が始まって、肌を合わせることもない。こんな触れ合いに胸がときめいた。
「ルヴェラに着いたら、五日後には立つ。キャナンの砦城に大筒が届く。それを見に行く」
「…知らせてくれるのね」
彼の出立を見送りたい。ウィルに告げたわたしの思いを伝えられたのかもしれない。
「うん」
しばらく黙って火を見つめる。彼が身を置く慣れた空気感にわたしもいて、共に同じ火を見ている。
別れの日取りを聞いたからか、なおのこと、このときを何ものにも代えがたいと感じた。
「婚儀の行き帰りくらい、馬車がよかったか?」
「どうして?」
「兄上が、君に無理をさせているのじゃないかと言われた」
「ううん、平気」
馬車での優雅な旅も素敵だろうが、わたしは今がいい。
「そうか、ならいい。僕は君と旅をするのが好きだ」
「わたしも好き」
ふと、彼がため息をもらした。快活な彼が、そんな風にするのを知らない。驚いて振り返った。具合が悪いのかと思った。
「アリヴェル?」
頬に触れるが、特に熱もないようだ。人を呼んだ方がいいのでは、と慌ててしまう。
「大丈夫。何ともない。気が滅入っているだけだ」
「どうかして?」
彼はむっつりと返す。
「君がいない旅はつまらない」
彼がこんな弱音を吐くのを初めて聞いた。あのウィルだって言っていた。「慣れた者にも旅は長い」と。王子も感じないわけがない。口にしないだけで。
甘い言葉が苦手な彼は、愚痴を言うのも嫌う。不平をもらすのを聞いたことがない。
ぎりぎりの告白だ。わたしを思って。
「アリヴェル...、あなたでも旅がつらいときはある?」
「…ある」
「わたしにならいいのに。何でも打ち明けてほしい」
「わかっている」
それ以上は続かなかった。
「グィネス様がおっしゃったの。王太子様とあなたのことをドラゴンの息子だって」
「え」
彼に彼女から聞いた、外征の際の王太子様の勇姿を話した。翻る緋のマントが、まるでドラゴンの炎に見えたと。
「うん」
「隊を率いて走るあなたが、わたしにだってドラゴンのように見えるわ。あなたのマントは青いから、その青い炎のように」
「うん」
「必ず帰って来て」
「帰る」
「急がないで、急いで」
彼が喉の奥で笑うのが伝わる。
「必ず帰るよ。君のもとへ」
王子が近衛隊と共に旅立って、日が過ぎた。
朝日の中、手を上げて出立を命じる彼の姿は、わたしの胸を切なさで刻んだ。これから幾度繰り返しても、きっと止まない痛みになる。泣くのは夜に一人のときにだけ、と自分を戒めた。
ダリルとも計り、街の一角に孤児のための家を建築中だ。棟を分けて、タタンからの使用人の住まいも用意している。ジュードを始め、ほぼみなが近くルヴェラに移って来てくれることとなった。
マリアは乳飲子を抱いての旅で、配慮が必要だ。迎えを出そうか。ベルは冷えると足が痛むから日当たりのいい場所に居室をあげないと…。そんな出迎えの支度に忙しい。
タタンを追われたはずなのに、豊かなルヴェラで、わたしはタタンにあったすべてを手にしている。
より幸せに、わたしらしく。
いつからか、幸福を感じるとき、胸の奥がふっと熱くなるのを感じる。アリヴェルに熱く抱かれるときもそう。計画が上手く滑り出しても、港で上がった大きな魚が献上されたときもそうだ。
わたしの中の何かが、幸せに反応して跳ねているような気配だ。
ひっそりと自分を魔女なのかしらと思う。ドラゴンを孵し、守護されるのだ。魔女であってもおかしくない。
最初にアリヴェル。そして自分と周囲のみんなの幸福を叶える魔女でありたい。
そう願うときも胸の奥が熱く弾む。
『魔女なものか。お前は魔女を従えるドラゴンだ』
王家の魔女ハクの声が、頭の中から響く。
終
最後までお読みいただきありがとうございました。
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こんにちは。
こちらの作品にもおつき合いを下さり、誠にありがとうございました。
ちょっと短めの作品になります。とぼけたところのある王子様と現実的なヒロイン。
楽しかった、と言っていただけて、何よりです。
お読みの方の声を聞かせていただけるのが、やっぱりとても励みになります。
ありがとうございました。