19 / 26
18.聞きたかったあなたの声
しおりを挟む夕食の後に二人で城の地下に下りた。ドラゴンの卵が安置されているあの部屋だ。
王子にはハクが現れたことは話してあった。何を言われたのかも。
卵に触れる。確かに中は光る。前に比して反応が増しているのかどうか。判断もつかない。
灯が乏しく、薄暗い地下室は夜には特に気味が悪い。
と、いきなり抱きすくめられた。
石の壁にやんわりと押しつけられる。口づけが始まり、少し受けた後で、彼にささやいた。
「もう出ましょう」
「外は人がいてうるさい」
確かに。まだ夜更けには早く、帰還した彼に祝賀の辞を述べる人々が訪れている頃だ。その応対にずいぶん時間を取られてしまうはず。
彼が客人を面倒がるのはわかる。でも、消えた彼をダリルが探しているだろう。
「すごく急いだ。どんなに一日の距離を伸ばしても、十日ほどしか旅が縮まらない」
「どうして急いだの?」
「訳を聞くのか?」
むっとした声が返る。
理由はもちろんわかっている。早く帰るためだ。わたしに会うために。彼は急いで走り続けてくれた。
なかなか言葉で思いをくれない彼の精一杯の心の吐露だろう。うれしくて、胸の奥が溶けそうに思えた。
肌に手が回る。進む行為に少し焦った。
「ここで?」
「僕がどれだけ君を堪えたか知らないくせに」
「え」
「僕の首に腕を回して」
いきなり抱き抱えられた。そのまま脚を開かれる。
「きゃっ」
「大丈夫、離さないから」
求められて、昂った時間が過ぎる。
すべて終わって、しゃがみ込んでしまう。隣りで同じようにして、彼が頬に口づけた。
「無理させなかったか?」
「ううん」
強い欲望もわかるし、わたしを求めるその熱もうれしい。
彼を感じながら寄り添う。情事の後で、だからじゃなく感じる。この人とつながっているのだな、と強く思った。
視線の先に変わりなく卵の姿がある。そのとき、ふっとそれが動いた気がした。
「え」
「あ」
互いに声がもれた。わたしは彼に強く身を寄せる。
どれほどかの後で、かすかなぴしっという破裂音が室内に走った。
王子が立ち上がった。わたしもつられて腰を上げる。
彼の側で卵を見ると、驚くべきことが起きていた。卵にひびが出来て割れ、中でうごめく何かが見える。
「ふぁー」
小さなトカゲに似た生き物が中から出て来た。それは半透明で、開けた口から息を吐く。何度か繰り返すうち、吐く息がはっきりとした青い炎になった。
王子が手を差し伸べた。その手のひらにトカゲめいたものは乗り、またふぁーと息を吐いた。
「君も、手を出して。早く」
促されて、わたしも彼のようにする。二人の手のひらで包まれたそれが、ひとしきり熱のない青い炎を吹いた後で、翼をはためかせた。
トカゲめいたものには翼があった。
空を舞い、わたしたちの頭上を旋回したそれは、光の粒に溶け、わたしたちに降り注いだ。
卵に目を戻すと、変わらぬ姿のままそこにある。
では、夢を見ていたの?
「ドラゴンだ」
王子の声に、はっきりと彼も同じものを見ていたとわかる。幻覚ではない?
「でも、卵が割れていないの」
「手で触れて」
促されて普段するように卵に手を伸ばす。指が触れる感触は変わらないが、これまでと違い、中から光が返らない。
「ドラゴンを君が孵したんだ」
「え」
「ハクが言ったとおりだ。君が浄化して吸い出した」
「浄化?」
「卵の前で抱き合ったじゃないか」
「あれが?」
王子はちょっとふくれてわたしを見る。
「夫婦が愛し合うことは清らかなことだ」
「でも消えちゃったわ」
「君の中の魂と一つになった」
ハクは浄化して吸い出すことで、わたしも王子もより守られると言っていた。
自分の中の変化など何も感じないが、彼が強い加護を受けるのはありがたい。長く旅をする人だもの。
頭上で扉がきしんで開く音がした。階段を降りる音に混じり、
「殿下、いらっしゃいますか?」
と、ダリルの声だ。王子は気軽に応じた。わたしはひやりとした。少しずれていたら、抱き合う中にあの声がかかったことになる。
彼はわたしの手を引き、階上へ向かう。弾んだ調子でささやいた。
「ダーシーはドラゴンの母だ」
12
お気に入りに追加
344
あなたにおすすめの小説
辺境伯令嬢の私に、君のためなら死ねると言った魔法騎士様は婚約破棄をしたいそうです
茜カナコ
恋愛
辺境伯令嬢の私に、君のためなら死ねると言った魔法騎士様は婚約破棄をしたいそうです
シェリーは新しい恋をみつけたが……
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
「お前は魔女にでもなるつもりか」と蔑まれ国を追放された王女だけど、精霊たちに愛されて幸せです
四馬㋟
ファンタジー
妹に婚約者を奪われた挙句、第二王女暗殺未遂の濡れ衣を着せられ、王国を追放されてしまった第一王女メアリ。しかし精霊に愛された彼女は、人を寄せ付けない<魔の森>で悠々自適なスローライフを送る。はずだったのだが、帝国の皇子の命を救ったことで、正体がバレてしまい……
愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす
リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」
夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。
後に夫から聞かされた衝撃の事実。
アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。
※シリアスです。
※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。
記憶喪失になったら、義兄に溺愛されました。
せいめ
恋愛
婚約者の不貞現場を見た私は、ショックを受けて前世の記憶を思い出す。
そうだ!私は日本のアラサー社畜だった。
前世の記憶が戻って思うのは、こんな婚約者要らないよね!浮気症は治らないだろうし、家族ともそこまで仲良くないから、こんな家にいる必要もないよね。
そうだ!家を出よう。
しかし、二階から逃げようとした私は失敗し、バルコニーから落ちてしまう。
目覚めた私は、今世の記憶がない!あれ?何を悩んでいたんだっけ?何かしようとしていた?
豪華な部屋に沢山のメイド達。そして、カッコいいお兄様。
金持ちの家に生まれて、美少女だなんてラッキー!ふふっ!今世では楽しい人生を送るぞー!
しかし。…婚約者がいたの?しかも、全く愛されてなくて、相手にもされてなかったの?
えっ?私が記憶喪失になった理由?お兄様教えてー!
ご都合主義です。内容も緩いです。
誤字脱字お許しください。
義兄の話が多いです。
閑話も多いです。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる