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18.聞きたかったあなたの声

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夕食の後に二人で城の地下に下りた。ドラゴンの卵が安置されているあの部屋だ。


王子にはハクが現れたことは話してあった。何を言われたのかも。


卵に触れる。確かに中は光る。前に比して反応が増しているのかどうか。判断もつかない。


灯が乏しく、薄暗い地下室は夜には特に気味が悪い。


と、いきなり抱きすくめられた。


石の壁にやんわりと押しつけられる。口づけが始まり、少し受けた後で、彼にささやいた。


「もう出ましょう」

「外は人がいてうるさい」


確かに。まだ夜更けには早く、帰還した彼に祝賀の辞を述べる人々が訪れている頃だ。その応対にずいぶん時間を取られてしまうはず。


彼が客人を面倒がるのはわかる。でも、消えた彼をダリルが探しているだろう。


「すごく急いだ。どんなに一日の距離を伸ばしても、十日ほどしか旅が縮まらない」

「どうして急いだの?」

「訳を聞くのか?」


むっとした声が返る。


理由はもちろんわかっている。早く帰るためだ。わたしに会うために。彼は急いで走り続けてくれた。

なかなか言葉で思いをくれない彼の精一杯の心の吐露だろう。うれしくて、胸の奥が溶けそうに思えた。

肌に手が回る。進む行為に少し焦った。


「ここで?」

「僕がどれだけ君を堪えたか知らないくせに」


「え」

「僕の首に腕を回して」


いきなり抱き抱えられた。そのまま脚を開かれる。


「きゃっ」

「大丈夫、離さないから」


求められて、昂った時間が過ぎる。


すべて終わって、しゃがみ込んでしまう。隣りで同じようにして、彼が頬に口づけた。


「無理させなかったか?」

「ううん」


強い欲望もわかるし、わたしを求めるその熱もうれしい。


彼を感じながら寄り添う。情事の後で、だからじゃなく感じる。この人とつながっているのだな、と強く思った。


視線の先に変わりなく卵の姿がある。そのとき、ふっとそれが動いた気がした。


「え」

「あ」


互いに声がもれた。わたしは彼に強く身を寄せる。


どれほどかの後で、かすかなぴしっという破裂音が室内に走った。


王子が立ち上がった。わたしもつられて腰を上げる。


彼の側で卵を見ると、驚くべきことが起きていた。卵にひびが出来て割れ、中でうごめく何かが見える。


「ふぁー」


小さなトカゲに似た生き物が中から出て来た。それは半透明で、開けた口から息を吐く。何度か繰り返すうち、吐く息がはっきりとした青い炎になった。


王子が手を差し伸べた。その手のひらにトカゲめいたものは乗り、またふぁーと息を吐いた。


「君も、手を出して。早く」


促されて、わたしも彼のようにする。二人の手のひらで包まれたそれが、ひとしきり熱のない青い炎を吹いた後で、翼をはためかせた。


トカゲめいたものには翼があった。


空を舞い、わたしたちの頭上を旋回したそれは、光の粒に溶け、わたしたちに降り注いだ。


卵に目を戻すと、変わらぬ姿のままそこにある。


では、夢を見ていたの?


「ドラゴンだ」


王子の声に、はっきりと彼も同じものを見ていたとわかる。幻覚ではない?


「でも、卵が割れていないの」

「手で触れて」


促されて普段するように卵に手を伸ばす。指が触れる感触は変わらないが、これまでと違い、中から光が返らない。


「ドラゴンを君が孵したんだ」

「え」


「ハクが言ったとおりだ。君が浄化して吸い出した」

「浄化?」


「卵の前で抱き合ったじゃないか」

「あれが?」


王子はちょっとふくれてわたしを見る。


「夫婦が愛し合うことは清らかなことだ」

「でも消えちゃったわ」

「君の中の魂と一つになった」


ハクは浄化して吸い出すことで、わたしも王子もより守られると言っていた。


自分の中の変化など何も感じないが、彼が強い加護を受けるのはありがたい。長く旅をする人だもの。


頭上で扉がきしんで開く音がした。階段を降りる音に混じり、


「殿下、いらっしゃいますか?」


と、ダリルの声だ。王子は気軽に応じた。わたしはひやりとした。少しずれていたら、抱き合う中にあの声がかかったことになる。


彼はわたしの手を引き、階上へ向かう。弾んだ調子でささやいた。


「ダーシーはドラゴンの母だ」


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