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10.再度の追放
しおりを挟むタタンまでわたしを送り届けると、王子たち一行は去って行った。折り返して、迎えに来ると約束してくれた。
王都へ立ってから二十日ほどしか過ぎていないのに、随分時間が経ったように思う。
そんなことを言えば、留守を預かっていたマリアが、
「アリヴェル王子様との旅では、お嬢様にはさぞ夢心地でいらしたでしょうから」
と、にやにやと冷やかすのだ。
夢心地だなんて。
毎日長く駆けてばかり。野営の続くきつい旅で疲れたし、マットの体調の心配もあった。
けれども、充実感は残る。楽しかったのは事実だ。
「助けてくれたし、守ってもらったわ。優しくて真面目ないい方よ」
素直にそんな感想が出る。
「うれしゅうございますよ。いつかお嬢様にもいい方がって、願っておりましたけれども、まさか王子様を射止められるとは。お似合いでございますよ」
頬が熱くなる。
「婚儀のお仕度もしませんと」
女たちは言ってくれるが、そんな余裕はない。王子の妃となるのに惨めな気もしたが、彼は着飾ったわたしを求めていないだろうと思う。
「ううん。前に贈っていただいたドレスがあるし、十分よ」
それでその話はお終いだ。
王子はタタンへ鉱山の開発費に多額の費用を融通してくれている。その使い道をマットと相談した。
「一時採掘の結果は良好なのですが、大がかりな次の採掘の前に、もう一度別な者に探査させる手もあると聞きました」
「え」
「二度大きく掘って、何も出ないと厳しい。鉱山開発には不発のケースもあるようです」
マットはそこで、少し照れたように、ウィルからの助言だと打ち明けた。
「ウィルの父上が詳しいので、相談した方がいいと言われました」
「そう」
採掘の出鼻をくじかれて気がそがれたが、確かに再度の調査の必要性は理解できた。「僕が出す」と言われているが、甘えてなあなあにはしたくない。無駄に使いたくないし、成果が出ればきちんと返すつもりだ。
マットからウィルの父上に調査の件を頼むことにした。
日常は忙しくものどかに過ぎていく。
その間に、驚くべきことが伝えられた。義姉セアラの結婚だ。王都へ行って帰った使用人から伝えられた。
「奥さまの甥御様に当たられる方とうかがいました。もうご一緒に住まわれているとかで。ご当主様(ダーシーの父)は隠居なされて、その甥御様が子爵家を継がれるそうにございますよ」
奥さまとは父の後妻で、継母のことだ。その甥なら、わたしに夜這いをかけたあの男性だろう。継母はわたしがはねつけたので、実娘にあてがったのか。
「そう」
それでセアラが幸せなのだったらいいと思った。シェリルの婚儀と違い、あれこれ送れと命じて来ないのがちょっと拍子抜けだった。
ときに地図を広げ、王子一行が今はどのあたりだろうか、と思いをはせることもある。部外者の抜けた今、彼らは出せる速度の最高速で移動しているのだろう。
近衛兵団の青いマントをなびかせて疾走する、颯爽とした様子が目に浮かぶ。
王都の邸からの知らせが届いた。
てっきり物資の催促と、文面を想像しながら封を解いた。広げた手紙を見て、自分の目が信じられなかった。
二度読み返す。三度目の途中で目の前が暗くなった。
書斎代わりにもしている食堂の床に座り込んでしまう。
わたしあての父の手紙にはこうあった。
『次の子爵スペンスに当地の全権を任せることにあたり、既に領主代理には及ばぬ。急ぎ王都へ帰るべし。今後は両親に尽くすこと。また、領地内のすべてにおいて、勝手な持ち出し処分は固く禁ずる』
わたしの様子を見た使用人のジュードが、慌てて駆け寄った。
「どうなさいました?!」
わたしは声を出すのも辛く、落ちた手紙を読むよう促した。
ごく短いそれを読んだジュードが絶句する。別な使用人もそれを読み、誰かを呼び、いつしか人の輪ができていた。
「実の娘御にこれっぽっちのお言葉ですか? なんて父御だろう」
吐き捨てるように言ったのはエリーだ。
「ねぎらいもない。お小さい頃から今まで、どれだけお嬢様がご苦労なさったか、何にもおわかりじゃない。やっと成果が見えて来たのは、みんなお嬢様の我慢と努力なのに」
ジュードの言葉に、マリアも和した。
「用が済んだらお払い箱なんて。こんなことって、あんまりだわ」
「無視したらいいじゃないですか。王都のお邸はご存じなくても、お嬢様はじき、王子様のお妃になられるのだし」
「この文面だと、スペンス様ご自身か、その代理人が赴任するように取れる。お嬢様がアリヴェル王子様のお妃になられても、相続関係は変わらないよ。嫁がれて、より完全な部外者になる」
マットの冷静な言葉は納得できるものだった。父と継母のわたしへのこれまでの対応なら、それが一番近い。
父が領地を切り売りするのを止めるため、鉱山開発の魅力と旨味を少々盛って話しておいたのが、あだになった。領地経営でそれほど儲けが見込めるのなら、わたしではなくスペンスにさせた方が早い。
着の身着のままでやって来た。荒地も多く、領主館も廃墟に近かった。何もわからない頃から、懸命に費やした九年間。その時間にはいろんなものが詰まっている。
令嬢の花のすべての時期に、わたしは土にまみれていた。夢も希望も最初から胸にあったのではない。手を荒らし、顔を汚しながら、少しずつ少しずつ育んでいったものだ。買ったものでも、親から譲られたものでもない。
タタンの九年はわたしの青春そのもの。ううん、人生そのもの。
それが、父の決定に全部否定されたように思えた。
知らせを受けてから、気分がふさいでしょうがなかった。自分の価値がゼロに近くなったようで、心が沈む。
マリアやジュードは王都へ行き、ちちに直談判するのを勧めたが、その気にもなれない。そうすることで、わたしのタタンへの執着が、彼らにはそのままタタンの旨味に見えるだろうから。なおさらわたしに許すはずがない。
王子と結婚することで、わたしは今の暮らしが続くように考えていた。心を許した仲間たちとの暮らしに、王子との日々が加わるだけに思っていた。
彼は任務もあるしドラゴンも追っかけるから、留守がちになるだろう。疲れて帰る彼を、わたしはここで温かく出迎える。単純にそんなことを想像していたのだ。
将来が描けなくなった。
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