上 下
11 / 26

10.再度の追放

しおりを挟む

タタンまでわたしを送り届けると、王子たち一行は去って行った。折り返して、迎えに来ると約束してくれた。


王都へ立ってから二十日ほどしか過ぎていないのに、随分時間が経ったように思う。


そんなことを言えば、留守を預かっていたマリアが、


「アリヴェル王子様との旅では、お嬢様にはさぞ夢心地でいらしたでしょうから」


と、にやにやと冷やかすのだ。


夢心地だなんて。


毎日長く駆けてばかり。野営の続くきつい旅で疲れたし、マットの体調の心配もあった。


けれども、充実感は残る。楽しかったのは事実だ。


「助けてくれたし、守ってもらったわ。優しくて真面目ないい方よ」


素直にそんな感想が出る。


「うれしゅうございますよ。いつかお嬢様にもいい方がって、願っておりましたけれども、まさか王子様を射止められるとは。お似合いでございますよ」


頬が熱くなる。


「婚儀のお仕度もしませんと」


女たちは言ってくれるが、そんな余裕はない。王子の妃となるのに惨めな気もしたが、彼は着飾ったわたしを求めていないだろうと思う。


「ううん。前に贈っていただいたドレスがあるし、十分よ」


それでその話はお終いだ。


王子はタタンへ鉱山の開発費に多額の費用を融通してくれている。その使い道をマットと相談した。


「一時採掘の結果は良好なのですが、大がかりな次の採掘の前に、もう一度別な者に探査させる手もあると聞きました」


「え」

「二度大きく掘って、何も出ないと厳しい。鉱山開発には不発のケースもあるようです」


マットはそこで、少し照れたように、ウィルからの助言だと打ち明けた。


「ウィルの父上が詳しいので、相談した方がいいと言われました」

「そう」


採掘の出鼻をくじかれて気がそがれたが、確かに再度の調査の必要性は理解できた。「僕が出す」と言われているが、甘えてなあなあにはしたくない。無駄に使いたくないし、成果が出ればきちんと返すつもりだ。


マットからウィルの父上に調査の件を頼むことにした。


日常は忙しくものどかに過ぎていく。


その間に、驚くべきことが伝えられた。義姉セアラの結婚だ。王都へ行って帰った使用人から伝えられた。


「奥さまの甥御様に当たられる方とうかがいました。もうご一緒に住まわれているとかで。ご当主様(ダーシーの父)は隠居なされて、その甥御様が子爵家を継がれるそうにございますよ」


奥さまとは父の後妻で、継母のことだ。その甥なら、わたしに夜這いをかけたあの男性だろう。継母はわたしがはねつけたので、実娘にあてがったのか。


「そう」


それでセアラが幸せなのだったらいいと思った。シェリルの婚儀と違い、あれこれ送れと命じて来ないのがちょっと拍子抜けだった。


ときに地図を広げ、王子一行が今はどのあたりだろうか、と思いをはせることもある。部外者の抜けた今、彼らは出せる速度の最高速で移動しているのだろう。


近衛兵団の青いマントをなびかせて疾走する、颯爽とした様子が目に浮かぶ。



王都の邸からの知らせが届いた。


てっきり物資の催促と、文面を想像しながら封を解いた。広げた手紙を見て、自分の目が信じられなかった。


二度読み返す。三度目の途中で目の前が暗くなった。


書斎代わりにもしている食堂の床に座り込んでしまう。


わたしあての父の手紙にはこうあった。


『次の子爵スペンスに当地の全権を任せることにあたり、既に領主代理には及ばぬ。急ぎ王都へ帰るべし。今後は両親に尽くすこと。また、領地内のすべてにおいて、勝手な持ち出し処分は固く禁ずる』


わたしの様子を見た使用人のジュードが、慌てて駆け寄った。


「どうなさいました?!」


わたしは声を出すのも辛く、落ちた手紙を読むよう促した。


ごく短いそれを読んだジュードが絶句する。別な使用人もそれを読み、誰かを呼び、いつしか人の輪ができていた。


「実の娘御にこれっぽっちのお言葉ですか? なんて父御だろう」


吐き捨てるように言ったのはエリーだ。


「ねぎらいもない。お小さい頃から今まで、どれだけお嬢様がご苦労なさったか、何にもおわかりじゃない。やっと成果が見えて来たのは、みんなお嬢様の我慢と努力なのに」


ジュードの言葉に、マリアも和した。


「用が済んだらお払い箱なんて。こんなことって、あんまりだわ」

「無視したらいいじゃないですか。王都のお邸はご存じなくても、お嬢様はじき、王子様のお妃になられるのだし」


「この文面だと、スペンス様ご自身か、その代理人が赴任するように取れる。お嬢様がアリヴェル王子様のお妃になられても、相続関係は変わらないよ。嫁がれて、より完全な部外者になる」


マットの冷静な言葉は納得できるものだった。父と継母のわたしへのこれまでの対応なら、それが一番近い。


父が領地を切り売りするのを止めるため、鉱山開発の魅力と旨味を少々盛って話しておいたのが、あだになった。領地経営でそれほど儲けが見込めるのなら、わたしではなくスペンスにさせた方が早い。


着の身着のままでやって来た。荒地も多く、領主館も廃墟に近かった。何もわからない頃から、懸命に費やした九年間。その時間にはいろんなものが詰まっている。


令嬢の花のすべての時期に、わたしは土にまみれていた。夢も希望も最初から胸にあったのではない。手を荒らし、顔を汚しながら、少しずつ少しずつ育んでいったものだ。買ったものでも、親から譲られたものでもない。


タタンの九年はわたしの青春そのもの。ううん、人生そのもの。


それが、父の決定に全部否定されたように思えた。


知らせを受けてから、気分がふさいでしょうがなかった。自分の価値がゼロに近くなったようで、心が沈む。


マリアやジュードは王都へ行き、ちちに直談判するのを勧めたが、その気にもなれない。そうすることで、わたしのタタンへの執着が、彼らにはそのままタタンの旨味に見えるだろうから。なおさらわたしに許すはずがない。


王子と結婚することで、わたしは今の暮らしが続くように考えていた。心を許した仲間たちとの暮らしに、王子との日々が加わるだけに思っていた。


彼は任務もあるしドラゴンも追っかけるから、留守がちになるだろう。疲れて帰る彼を、わたしはここで温かく出迎える。単純にそんなことを想像していたのだ。


将来が描けなくなった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

辺境伯令嬢の私に、君のためなら死ねると言った魔法騎士様は婚約破棄をしたいそうです

茜カナコ
恋愛
辺境伯令嬢の私に、君のためなら死ねると言った魔法騎士様は婚約破棄をしたいそうです シェリーは新しい恋をみつけたが……

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

「お前は魔女にでもなるつもりか」と蔑まれ国を追放された王女だけど、精霊たちに愛されて幸せです

四馬㋟
ファンタジー
妹に婚約者を奪われた挙句、第二王女暗殺未遂の濡れ衣を着せられ、王国を追放されてしまった第一王女メアリ。しかし精霊に愛された彼女は、人を寄せ付けない<魔の森>で悠々自適なスローライフを送る。はずだったのだが、帝国の皇子の命を救ったことで、正体がバレてしまい……

愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす

リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」  夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。  後に夫から聞かされた衝撃の事実。  アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。 ※シリアスです。 ※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

処理中です...