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40、スタイルズ家での晩餐

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 レオはその後、エマの母にすぐにウォルシャー家の事情を打ち明けた。

 エマがそうであったように、母はまずぽかんとした表情で固まった。小首を傾げ、彼女を見る。彼女は母に頷いた。

「叔父様のご事情が噂になることもあり得るそうなの。その影響をお母様に了解しておいて欲しいの」

 彼女の註釈で要を得た母がレオを見る。

「そちら様は大丈夫なの? 大変な名家でいらっしゃるのに。尾鰭の付いた噂が回っては、皆様ご不快でしょう。お気の毒だわ」

「祖母も僕も納得しています。ただ、僕との結婚でスタイルズ家にも噂が及びはしないかと懸念されます。エマから聞きましたが、お姉さんが結婚されるそうですね。そちらの方にも何か障りがあるのでは、と考えました」

「ダイアナはエマに関わることで気に病むような子ではないけれど……。ハミルトンさんはどうかしら? あちら様のことまではわたしでは判断がつかないわ」

「母上はどうですか? エマとの結婚のお許しはいただきましたが、これでご判断が変わることはありますか?」

「ウォルシャー家の方と縁付くのはありがたいばかりよ。こちらから何か申し上げるなど、おこがましいわ。エマが満足ならそれでいいと思うの」

 心配性で地域の目を気にする母だが、少女時代を近くで過ごしウォルシャー家の威勢をよく知るため、レオに同情的だ。

 母が結婚に難色を示すことは彼への批判につながる。世知に疎い母には反対の恐れは少ないと思ったが、それでもほっとする。

「ごめんなさいね。ただ、ダイアナのことでは……」

 自分一人では判断がつかないと繰り返し、母は言葉を濁した。

 彼が気を悪くしていないか、エマはその横顔をうかがった。

「わたし、ダイアナに会うのを控えるわ。今までみたいに手紙をやり取りすればいいから……。平気よ、お母様」

 母は弱った時の癖で口元に手をやる。軽く首を振り嘆いた。

「そんな、姉妹で会えないなんて……」

「エマは気丈なことを言ってくれますが、僕もそれはあまりに気の毒だと思う。二人が非常に仲のいいのは知っていますし。それで…」

 と彼は意外なことを切り出した。この地から早馬で一日の街のシャロックに邸を用意したという。

 そういえば、今回彼は近くのボウマン邸ではなく、敢えて距離のあるシャロックに滞在していた。その用意のためなのかもしれない。

「そこでなら、知人も少なく、母上もダイアナさんもエマに会い易いのではと考えました」

 母娘はレオの話に顔を見合わせた。驚くエマがおかしいのか、彼はちょっと笑った。

「大邸宅ではないが十分広いし、美しい邸だよ。庭も手入れがいい」

 確かに、この地とハミルトン氏の州を離れれば、人目も気にならず、会うことも障害はかなり少ない。周到な用意にエマはやはり驚くし、唖然ともする。

 のち、こっそり囁いた。

「どうしてそんなに用意がいいの?」

 言葉にはしないが、別れた間に彼を待ち切れないことだって十分あり得た。何の約束もないあの別れは、決別を意味したに近い。

「言ったじゃないか。奪う覚悟はある、と。攫った後で、君に不便な思いはさせたくない」

「嘘」

「嘘はつかない」

 彼のはっきりした性格を彼女はよく知っている。誤魔化しやその場しのぎは口にしない人だ。だからこそ、彼女に軽はずみな約束をしなかった。


 その夜は母が魚を用意し、レオに晩餐を振舞った。席に着くと、余分に空いた席がある。

 母は澄ました様子で、彼に説明した。

「親しく行き来しているご近所の方をご招待したの」

 エマにはそれで席に座る人物がわかった。ウェリントン領地のバート氏だ。果たして、ほどなくバート氏が現れた。

 アシェルの快復の話が主で、和やかに食事は進んだ。

「日光がいけないとは、それは盲点でしたな。簡単にはわかりません。救い主が現れてアシュレ君は非常に幸運だ」

「本当に。レオには感謝しきりですわ」

 バート氏は探るでもなく会話を進め、レオから自然に身の上を引き出していく。彼も恬淡とそれに応じた。側で聞きながら、エマは母が仕組んだことだと感じ、落ち着かない気分になった。

 母は提督まで勤めた世間知のあるバート氏の判断をとても買っている。そのお眼鏡にレオが適うか知りたいのだと思った。

(これではまるでレオが検査を受けているみたい)

 食事の後で居間でお茶を飲んだ。シャロックに戻るには今夜は遅く、レオはボウマン邸に泊まることが決まっている。

 穏やかに時間は過ぎた。彼の表情をうかがうが、不快さが浮かぶようではなかった。

 レオが先に辞去を告げた。翌日、また挨拶に訪れた後、シャロックに戻るという。

 見送った彼女が居間に戻ると、母とバート氏が話していた。場に加わりすぐだ。

「驕った様子のないいい青年に見えますな。素っ気ないほどで、妙な気取りもない。好感が持てます」

 バート氏がエマに目を向け微笑んだ。レオを褒めた言葉は嬉しいが、彼女は羞恥で頬を染めた。

「ウォルシャー家の皆さんを存じ上げないけれど、レオのようなおつき合いのし易い方々だと助かるわね。わたしが知る範囲でも、彼のお祖母様は威厳ある名流夫人で有名だったの」

 レオはエマに、祖母のことを「孫に甘い」くらいしか告げていない。母の言葉通りなら、可愛い孫には甘くとも、その孫が選んだ嫁を甘やかしてはくれなさそうだ。

 理不尽な態度には耐え難いだろうが、意味ある辛辣さなら、エマには受け入れるつもりはある。

「どんな方?」

「そうね、何でもお出来になる才女のような方らしいわ。広大な領地も、ご夫君とご子息を亡くされて後、お一人で切り盛りされていたそうよ」

「それはなかなかの賢夫人ですな」

「今は立派な後継が育って、ご安心でしょうね。名家ゆえのご苦労も知る厳しい方と聞くわ。エマ、あなたよくよく覚悟なさいな」

 諭す母の言葉は、レオの前では聞かれなかったものだ。恋に夢中の娘の結婚を認めつつも、一抹の不安はあるのだろう。

「エマさんにはきっとし甲斐のある試練かな」

 バート氏もレオには好意的だ。母にとってもその意見はありがたいはず。彼女には不本意な晩餐だったが、その試験にも彼はうまく合格したようだ。

 張った肩の力が抜けた。
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