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褪せない花(12)

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その問いは、ざらっとわたしの心をなぶる

以前に彼の学生から贈られた、小さなプレゼントを踏まえてのからかいに感じたからだ。

うつむいて、答えずにいた。
いすのクッションの房いじり、問いから逃げた。

「僕のことですよ」
「え」

顔を上げる。

わたしを見る彼の目と合う。
色味の違う、そのきれいな瞳と会うとき、ちょっと自分が魅入られているのを知る。

わたしは、この人が好きだ。
胸に刻まれるように深く思う。

「僕だって、あなたが新しいドレスを着るのを見たい。それもお嬢さんには迷惑なの?」
「え」

頬が熱くなる。
両の指でじゅんと燃えるそこを押さえた。

「僕をあなたの基準の特別枠にしてほしい。それではいけませんか?」
「迷惑だなんて…」
「それで決まりだ」

ガイは立ち上がり、指の煙草を暖炉の中に放り投げた。
頑ななわたしの考えを、彼は反論の効かないやり方でやんわりと封じた。

ガイはずるい。

彼はマントルピースに背を預け、軽く腕を組んだ。
「ねえお嬢さん」と、いつものように呼ぶ。

「僕らの無駄が、周囲の仕事を産む現実があるのですよ。あなたは好まないかもれないが」

あ。

ガイの言葉の意味に、この時初めて気づいた。
邸の大きさ。そこで働く多くの人々。必要以上のドレスの数...。

小さなところで、日々のお茶菓子でさえ、いつも食べ切れない量が供される。
やや恨めし思いで眺めてきたそれらの無駄に、別の大きな意味があるのだ。

こちらにはこちらの流儀がある。
わたしの趣味や判断を安易に持ち込んではいけないのだ。

「ごめんなさい。わたし...、よくわからないで勝手なことを…」
「ああ、そういう意味ではない。謝る必要などないのです。あなたは間違ってなどいないし、僕もあなたの考えはよく理解できる。むしろ好きだ」

ただ、側面も知っていてほしいのだと彼は言った。

「お嬢さんがこちらへ来て、あなた方の数え方で言えば、そろそろ年が終わるのでしょう。これは本来聞くべきではないが…」

ふつっと言葉を途切れさせた。

その先が怖くなる。

「あなたの気持ちは今、こちらがわに、どれほどありますか?」

思いがけない問いだった。

わたしはすでに、過去いた世界を思い返すことも稀になっている。
何かと比較する時、こちらで新たなことに出会った時ぐらいしか、あちらを振り返ることがない。

ガイは、わたしがこちらに来て、そろそろ一年近いようなことを言った。
経た日々を数えることを止め、もうそれすらも意識がない。
そうか、そんなに時間が過ぎたのか、とのみ感じるばかり。

「あの、わたし...」
「あちらの暮らしが恋しくなった? こちらの新鮮味もとうに消えたでしょうし」
「え」
「最近あなたが、寂しそうな、ちょっと倦んだような顔をしていることがあるから」

わたしは慌てて首を振った。

愕然とした。
ガイの目に、わたしはそんなくたびれた顔を見せていたのか、と。

「帰りたいなんて、思ってない」
「そう、それは良かった。お嬢さんには、僕のそばにいてほしいから」

その声に、胸の奥がきゅんと鳴る。
願う意味と違うのを知りながら、それでも心が同じほどときめくのだ。

そこでガイは小さく笑った、

「あなたにこんなことを告げては、祖母がいれば、きっときつく叱るでしょうね」
「ガイのお祖母さま...」
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