上 下
38 / 82
第一章 楼桑からの使者

2-⑬

しおりを挟む



「僭越ながら申し上げてもよろしいでしょうか、大公殿下」
 それまで蚊帳の外の存在として、沈黙を保っていたガンツ伯爵が、椅子から立ち上がって恭しくフリッツへ礼をしながら言葉を発した。
 一同の目が、この他国の老伯爵へ注がれる。

「先程殿下は、自分に対する態度は我慢もしようが、このガンツに対する非礼は許されることではないとおっしゃられました。では私が気にはせぬと申し上げれば、この問題はすべて解決ということになる理屈でございまするな。――では申し上げます、私はなにも気にはしておりません。どうぞ諍いはお止めくださりませ」

 ガンツは、なおもにこやかな顔で言葉を続けた。

「本日は誠に良きものを目に致しました。このような光景、残念ながらわが楼桑国の宮廷では見ること叶いませぬ」
「なんの御冗談でござるガンツ殿。このような見苦しい失態、お恥ずかしい限りでござりまする。お国へ戻られてもどうかこのことは―――」
 ガリフォンが少し不機嫌そうな口調で応える。

「いやいや宰相殿、私は揶揄しておるのではなく本心からそう言っておるのです。主君と家臣がこのように言いたいことをぶつけ合える環境こそ、サイレンのサイレンたる所以だと改めて確信いたしました。武人はあくまで武人らしく、文官は文官としての職務を全うする。お互いに一歩も引かぬその姿に、真の国への忠心を見た思いです。それに比べてわが楼桑は、うわべばかりの言葉を並べるのみにて、真実の心がどこにあるのかさえ分かりません。なんともうらやましいご関係でござります。わが楼桑とさほど変わらぬ小国であるサイレンが、他国から一目置かれる意味が分かった気がいたします。やはり此度のわが主君の決断は、間違いではなかったと改めて得心いたしました」

「なんともお恥ずかしい所をお見せいたして、申し訳のう思っております。なにせまだわたしが若年故に、うまく家臣をまとめることが出来ておりませぬ。いまの出来事、一場の座興と思い忘れて頂きたい」
 フリッツは幾分照れたような顔つきで、楼桑国からの客人に笑いかけた。

「このガリフォンからも、いまの見苦しき有様をお詫び申し上げる。なにとぞガンツ殿のお心ひとつにお納めしておいて頂きたい」
「いや、そのようなお気遣いは無用。もうお顔をお上げ下さい」
 宰相のガリフォンが深々と頭を下げるのを、ガンツが大仰な身振りで制した。

 ぎくしゃくとしたこの場の空気が、老伯爵の言葉でどうにか落ち着きを取り戻したように思われた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

彼女の母は蜜の味

緋山悠希
恋愛
ある日、彼女の深雪からお母さんを買い物に連れて行ってあげて欲しいと頼まれる。密かに綺麗なお母さんとの2人の時間に期待を抱きながら「別にいいよ」と優しい彼氏を演じる健二。そんな健二に待っていたのは大人の女性の洗礼だった…

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

処理中です...