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第一章 楼桑からの使者
2-⑬
しおりを挟む「僭越ながら申し上げてもよろしいでしょうか、大公殿下」
それまで蚊帳の外の存在として、沈黙を保っていたガンツ伯爵が、椅子から立ち上がって恭しくフリッツへ礼をしながら言葉を発した。
一同の目が、この他国の老伯爵へ注がれる。
「先程殿下は、自分に対する態度は我慢もしようが、このガンツに対する非礼は許されることではないとおっしゃられました。では私が気にはせぬと申し上げれば、この問題はすべて解決ということになる理屈でございまするな。――では申し上げます、私はなにも気にはしておりません。どうぞ諍いはお止めくださりませ」
ガンツは、なおもにこやかな顔で言葉を続けた。
「本日は誠に良きものを目に致しました。このような光景、残念ながらわが楼桑国の宮廷では見ること叶いませぬ」
「なんの御冗談でござるガンツ殿。このような見苦しい失態、お恥ずかしい限りでござりまする。お国へ戻られてもどうかこのことは―――」
ガリフォンが少し不機嫌そうな口調で応える。
「いやいや宰相殿、私は揶揄しておるのではなく本心からそう言っておるのです。主君と家臣がこのように言いたいことをぶつけ合える環境こそ、サイレンのサイレンたる所以だと改めて確信いたしました。武人はあくまで武人らしく、文官は文官としての職務を全うする。お互いに一歩も引かぬその姿に、真の国への忠心を見た思いです。それに比べてわが楼桑は、うわべばかりの言葉を並べるのみにて、真実の心がどこにあるのかさえ分かりません。なんともうらやましいご関係でござります。わが楼桑とさほど変わらぬ小国であるサイレンが、他国から一目置かれる意味が分かった気がいたします。やはり此度のわが主君の決断は、間違いではなかったと改めて得心いたしました」
「なんともお恥ずかしい所をお見せいたして、申し訳のう思っております。なにせまだわたしが若年故に、うまく家臣をまとめることが出来ておりませぬ。いまの出来事、一場の座興と思い忘れて頂きたい」
フリッツは幾分照れたような顔つきで、楼桑国からの客人に笑いかけた。
「このガリフォンからも、いまの見苦しき有様をお詫び申し上げる。なにとぞガンツ殿のお心ひとつにお納めしておいて頂きたい」
「いや、そのようなお気遣いは無用。もうお顔をお上げ下さい」
宰相のガリフォンが深々と頭を下げるのを、ガンツが大仰な身振りで制した。
ぎくしゃくとしたこの場の空気が、老伯爵の言葉でどうにか落ち着きを取り戻したように思われた。
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