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序章

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 伝説の彼方に語り継がれる古の大帝国〝アトナハイム〟の煌都の地中深くに張り巡らされた〝地下迷宮・ジュロウズガルド(※)〟には遠く及ばぬまでも、かなりな規模の抜け穴式通路と言えた。
(※ジュロウズガルド、伝説によればそれは地下都市と言ってよいほどの規模を誇り、小国の王都に匹敵する広さがあったという。魔道の神咒が施され仕掛けや罠だらけの十以上の巨大迷路が互いに繋がり合い、そのすべてを正式な順番に沿って通り抜けなければ、目的地には辿り着けなかったらしい。この迷路の全容を知っているのは〝太神官ラー〟の名を持つ者、唯ひとりだと言われている。そのラーでさえ道を抜けるには二旬(四週間)は掛かったという。一千年以上の歳月を掛け建造されたその地下道は、もはや抜け道の機能を擁してはいなくなった。代々継承されてきた太神官ラーという存在が世界から途絶えて以降、誰もここを抜けることが出来ないのである。興味深い説によれば、その後の地下迷宮は太天位級の魔道士や、魔物・神獣などの人知で始末することの出来ないモノを、処分するために使用されていたらしい。神獣の王たる〝飛翔龍〟でさえ、ここからは脱出できなかったという)



「さあ、山を越えて一刻も早くトールンから離れるのじゃ」
 ダリウスの言葉に急かされるかのように、一行は歩き出した。

 山頂へ続いていると思われる、道ともいえない茂みの間を辿うように登ってゆく。
 深い藪に手を焼きながらも、なんとか一行は山の頂へと辿り着いた。

 それまで生い茂った木々に遮られていた視界が、一気に開けた。
 眼下に公都トールンが、一望の元に見渡せる。

 トールン市の中央南部に広がっている公城・星光宮は、その殆んどを炎に包まれていた。
 夜闇の中に赫々と炎を吹き上げ、近隣の国から宝石の如き美しさと讃えられた星光宮が、いまは見る影もなく燃えている。


「お城が燃えている・・・」
 少年は放心したような表情で呟いた。

 ダリウスは少年の手を、なにもいわず強く握りしめた。
 兵士達はみな涙を流しながらも、必死で嗚咽を堪えている。

 闇の中に焔を吹き上げ燃え落ちてゆく城のあり様は、まるで幻想の中の風景のようであった。

「きれい・・・」
 少年の唇から、無意識に言葉が漏れた。
 大きな瞳から一筋、透明な雫が頬を伝う。


ごう


 ひときわ火勢が膨れ上がり、星光宮が完全に炎の中に崩れ去った。

〝滅びこそが真に美しい〟

 それは確かにひとつの国の滅亡の瞬間であった。


 少年はこの時の光景を、死の瞬間が訪れるまで忘れることはなかった。

 やがて大陸中に覇を唱え、聖王と呼ばれることとなる男の、これが苦難と栄光に彩られた、最初の試練の夜となった。



 聖暦二千二百十八年閏二月・白の月。
 ルーク・フォン=サイレン、この時六歳。
 早春の夜明けまでには、まだ一カルダン半はあると思われた。
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