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第二章 第一のささやかな、いくつかの事件
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しおりを挟むラジオ体操から朝食までの約二時間弱は、それぞれ自由な時間だ。
これが猪苗代の施設で合宿中の〝テニス部(正式名称・硬式庭球部)〟であれば、みっちりと基礎運動を中心のメニューをこなしている時間だろう。
美術部員はそれぞれスケッチなどをし出すものが多かったが、同好会の方は至ってのんびりとしており、素振りをする者さえなくだらだらと過ごしている。
「ねえケンちゃん、七時になったらひとっ風呂浴びてこようよ。朝風呂はきっと気持ちいいぜ」
いつものように剛志が呑気なことを言って来る。
「朝風呂か、いいかもしれないよケンちゃん」
隆介も賛成する。
「健一さん行きましょうよ」
ほかの二人も乗り気である。
「お前らがそう言うんなら行くか?」
話しはまとまり、彼らは公衆浴場に行くことにした。
昨日から団体行動をしているため、日頃は顔を合わせることもなかった美術部の生徒の中から、少しずつ健一たちのグループに影響を受け始める者たちが現れた。
「あ、あの岡部さん。ぼくたちも一緒に行っていいかな」
おずおずとした面持ちで、二人の生徒が声を掛けて来た。
「なんだてめえら、いっちょ前に朝風呂だ。十年早ぇんだよ」
しかめっ面の剛志を、大夢がとりなす。
「あにき、こいつら俺と同じA組のやつらなんです。なんだか健一さんに憧れちまったみたいで、一緒に連れてってくださいよ。いいでしょ、さあお前らもお願いしろ」
「一緒に連れてってください、それと俺たちだけじゃなくって、こいつらも──」
少し離れた所に、三人の女子が立っていた。
「な、なんだあの女たちは」
女子を見た途端に、剛志の顔つきが変わる。
「はい、同じクラスの子たちなんだけど、やっぱり岡部さんたちのグループと仲良くしたいらしいんです」
「俺たちと、女の娘が?」
はじめての出来事に剛志の顔がデレデレになって行く。
「ケンちゃん、一緒に連れてってやりましょうよ。こんなに慕って来るのもケンちゃんの人徳だ、いいでしょ」
急に剛志の態度が変わってしまう。
「好きにしろ、その代わりお前がちゃんと面倒見ろよ剛志。俺は厄介ごとは御免だからな」
「わかってるって、任せといてよ」
嬉しそうに剛志が胸を叩く。
「お前ら名前は」
「はい、一年A組の金子修武です」
「同じく出川敬太です。よろしくお願いします」
「俺は杉浦剛志だ、みんなはあにきと呼んでる。お前らもそう呼べ」
「はい、あにき」
二人はすんなり仲間に入れたのが嬉しいのだろう、級友の大夢に礼を言っている。
「おい、お前ら。あの娘たちなんて名前なんだ」
剛志が敬太の肩を抱いて、小声で尋ねる。
「ああ、右から大原沙織、山口亜花里、竹内笑美です」
「沙織に亜花里、笑美だな。わかった、仲間に入れてやるから呼んで来い」
「はい、ありがとうございます」
敬太と修武が三人の所へ行き、なにやら話している。
笑顔になった三人が、揃って近づいて来る。
それを満面の笑みを湛えた剛志が待っている。
「齋藤先輩、ずっとお話ししたかったんです。笑美といいます、仲良くしてくださいね」
「あたしは亜花里です、先輩のこと好きだったんです。お付き合いしてる女の子いるんですか」
「ずるいよ亜花里。抜け駆けしないで、齋藤先輩はあたしのものなんだから。沙織です、サオリンって呼んでください」
三人の娘たちは剛志を素通りし、隆介に群がって行く。
その光景を、剛志は大きな口を開けたまま呆然と眺めている。
「気を落とすな剛志、その内いいこともあるさ」
慰めるように健一が肩を抱く。
「そりゃないっすよケンちゃん、三人とも隆さん狙いだなんて──」
一瞬にして希望を打ち砕かれた剛志が、その場に崩れ落ちた。
それを見た四人の一年生たちが、くすくすと笑っている。
「てめえら、なにを笑ってるんだよ。ふざけんじゃねえぞ」
剛志が一年たちのケツに蹴りを入れる。
「やめてくださいよあにき、自分がもてないからって八つ当たりしないでいいでしょ」
四人はてんでに逃げ回る。
「うるせえなお前らは、静かにしろ」
周りを小蠅のように走り回る五人を、鬱陶しそうに健一が睨みつけた。
その後、一行は男子七人、女子三人で公衆浴場へ向かった。
そこに小さな事件が待っていた。
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