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序章(二)

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 トールン宮廷ではこの状況を受けて少なからず動揺が走ったが、基本的には冷静に物事が進められた。
 ある意味この反撃は想定内ではあったのだ。

 たった一つ困ったのは、新大公であるアーディンが自由に動けないということであった。
 自由どころか、完全にウェッディン家とその支配下にある一派によって軟禁されている状態だ。

 宰相であるクリウス・リュード=ネルバ、サイレン軍総帥のカーベリオス・サウス=マクシミリオン、聖龍騎士団総司令イアン・ヴァン=デュマの三人は、進軍してくる軍勢をどう迎え撃つかの対応に困っていた。

 当初は、トールン内部は聖龍騎士団と近衛騎士団で固く守り、寄せて来た鉄血騎士団を一歩も近づけずに外からバロウズ騎士団、殉国騎士団で挟み撃ちにするという目算でいたのだ。

 それがアーディンの不介入宣言により近衛騎士団は動かず、命知らずの殉国騎士団は国境線に釘付け、勇猛なるバロウズ騎士団はイシュー将軍率いる軍勢と膠着状態。
 八方塞がりとはまさにこの事である。

 それでもまだ数の上では、国軍である聖龍騎士団並びにサイレン元帥府所属の各軍、宮廷と歩調を合わせる地方騎士団連合軍の人数のほうが多い。
 しかしトールンへと押し寄せているのは無敵を誇るザンガリオス鉄血騎士団であり、指揮を執っているのは英雄バッフェロゥ伯。
 いままでは同じサイレンの騎士団同士であったため直接干戈を交えたことはなく、聖龍騎士団とザンガリオス鉄血騎士団が正面からぶつかった場合、どちらが強いのか予想できない。


「なにビビってんだよカーベリオス将軍、俺の聖龍騎士団を信じねえのかよ。鉄血騎士団か英雄バッフェロゥかなんか知らねえがな、サイレンを最後の最後に守るのは昔から正規軍たる聖龍騎士団だって決まってるんだ。自分の軍を信じられなくてよく指揮官が務まるな。気合が足んねえんじゃねえのか」
 聖龍騎士団総司令のイアンが吠えた。

 茶色がかった金髪を縫芒と伸ばしたまま、出で立ちもどこか崩れた着こなしで無頼な雰囲気を纏った三十代前半の武人である。
 その言葉遣い通りに単純で気の荒い性格のように思われがちだが、実の所戦略にも秀でた中々な策士の面も持っている。

 元々デュマ家は軍師の家系である、彼も子供の頃から徹底してハンニヴァルの兵法書を暗記させられていた。
 口が悪いのは生来の癖らしいが、どこか憎めない人懐っこさもある。
 しかし今日は上官である相手に対して、まったく遠慮する素振りがない。

「クリウスのとっつあん、あんたもいまさら気落ちしてる場合じゃないだろ。あんたにしっかりしてもらわなきゃ死んで行った、クローネの親父さんにどう申し開きするんだよ。親父さんは俺たちに後のことを託して死んで行っちまったんだぜ、ここに来て弱気になるんじゃねえよみっともねえ」
「しかしなイアン、こうまで当初の作戦が裏目に出ては、根本から対応を練り直さなくてはどうにもならんではないか」
 カーベリオスは、苦虫を嚙み潰したような顔で年下の武人を睨み付ける。

「なにをどう練り直すんだよ、もう援軍はどこにもいないんだぜ。だったら堂々と正面から、あの馬鹿なヒューガンにまんまと踊らされている糞野郎どもを、ぶっ潰すしか手はねえんじゃねえかよ。そうすりゃいっぺんに片が付く」
 イアンは数に勝る利点を生かして、全面衝突で一気に相手を叩くことを考えているようである。

「万が一緒戦で後れを取ったらどうする、われらには逃げ場はないのだぞ」
 慎重論を口にする上官に対して、まるで意に介した風もなくイアンは反論する。

「なあに、俺は絶対に負けねえから安心しな。例えこの身が粉々になろうと絶対に勝ってやる、俺も俺の可愛い騎士たちも、あのバラン家を滅ぼした時からとうに命なんざ捨てちまってるんだ、俺の騎士団に命を惜しむ臆病者は一人もいやしねえ。それに俺たちにはクローネの親父がついてる、親父は言ったじゃねえか〝たとえ此の身は滅びようとも、わが心は永遠にサイレンの地にとどまり護国の鬼とならん〟ってね」
「クローネがサイレンを守ってくれるか──」
 カーベリオスは柔和な表情でいつも笑っていた、いまは亡き親友の顔を思い出していた。

〝こんな時にこそお前にいて欲しかった・・・〟
 彼は心の底からそう思わずにはいられなかった。
 あの口髭をたくわえた穏やかな顔で、
〝なにを慌てている、後ろには儂がついておるのだ安心して闘ってこい、お前は敗けはせん〟
 低い声でそう言われるだけで、本当に力が湧いて来たものだった。

 いなくなって尚更、クローネという男の存在が大きかったことがわかる。
 彼こそがサイレンの主柱であったのだ。

「絶対に勝つ、死んでも勝つ。じゃねえと俺がこの手で殺したルバートのやつに、あの世で合わす顔がねえんだよ。カーベリオス将軍あんただってそうだろ、ガキの頃からの盟友だったクローネの親父に笑って会いてえだろ。だったらここで踏ん張り切るしかねえんだよ、ごちゃごちゃ言ってる場合じゃねえ後は気合いだ、やり切るんだ」
「よし、カーベリオスこうなればイアンの献策通りに正面から雌雄を決しよう。数で勝っている内が勝つ機会だ、あとは運を天に任せ聖龍騎士団と心中だな」
 クリウスが決断を下した。

「いいのかクリウス、その一戦で敗れればわれらは二度と巻き返すことは出来んかもしれぬのだぞ。あるのは死だけだ」
「いいじゃないか、その時は潔くあの世のクローネにすまなかったと頭を下げるさ。あいつのことだきっと笑って許してくれる」
 そういってクリウスは、カーベリオスの肩に手を置いた。

「馬鹿いってんじゃねえよ、あんたらは死なせねえぜ。俺と騎士団がどうなろうとあいつらに政は返さねえ、たった一人になろうと闘い抜いてみせる。聖龍騎士団はトールンに散ろうと、俺たちの心はいつまでもここに残る。死ぬのは俺の仕事だ、万が一の時にはあんたらは逃げてくれ。まだバロウズにもノインシュタインにも味方はいるんだ、他の地方領主だってきっと俺たちに味方する奴らが出て来る。あんたらが生きてりゃなん度だってやれるんだ、最後に勝ちゃいいんだよ。トールン決戦で意地を見せるのは俺だけでいい、あんたらは勝つまで諦めるな。いいか、どんなに惨めだろうと生き残ると約束しろよ」
 漢イアンが歯をむき出して嗤った。



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