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G6第一戦:ルーズドッグRd

第五話:ナイトメア

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 それは、本当に掴みどころのない、夢みたいな世界だった。
 足下も見えない濃霧の中。
 その子は、一心不乱に駆けていた。
 必死になって母親を呼び続ける。
 もう、どれぐらいそうしていたのかはわからない。
 泣き声はとっくに枯れ、顔中は、涙と鼻水でべたべたの状態になっていた。
 だいたいだが、幼稚園児かそこらぐらいの年齢なんじゃないかと思う。
 短い手足をばたばたと動かしているんだけど、まだ上手く走れないみたいだ。
 何度も何度も転んだせいか、身体中に生々しい擦り傷が数限りなく付いていた。
 正直、ひどい身形だな、と思った。
 伸び放題に伸びた、ぼさぼさの髪の毛。
 いつ洗ったのか想像も付かない、ぼろぼろの衣服。
 親指が中から飛び出してしまっている、穴だらけの靴下。
 たぶん、いまどきの浮浪者だって、もう少しまともな格好をしているんじゃないだろうか。
 あの有様じゃあ、残飯を漁る野良犬のほうがまだマシだとさえ思える。
 だけどそれを見た瞬間、俺の頭に湧いたのは、同情や義憤のような生の感情じゃなかった。
 そいつは、妙に冷め切った現実認識って奴だった。
 あれは「俺」だ。
 「俺」に違いない。
 理由なく、そう確信した。
 あの幼児の姿は、間違いなく「俺」そのものの姿なんだって。
 じゃあ、こうやってそいつを見ている俺って奴は、一体全体何者なんだ?
 あたりまえの疑問が浮かぶ。
 だけど不思議なことに、それが頭の要所を占めることは、一向になかった。
 喜怒哀楽らしいものが、それこそ完全に欠落していた。
 周囲は、見渡す限りのゴミの山だった。
 コンビニ弁当やカップ麺の容器、まだ中身が残っているペットボトルや紙パック、食べ残しの菓子パンなんかが、酸っぱい腐臭を放ちながら、辺り一面を埋め尽くしている。
 まるで、賽の河原にでもいるみたいな感じだ。
 少なくとも、まともと言えるような状況じゃあなかった。
 そんななか、ただ呆然と幼い「俺」の姿を眺めている俺。
 だらりと力なく両腕を垂らし、冷たい目で「俺」を見ているだけの俺。
 精気のない蝋人形になっちまった俺。
 やがて、「俺」の目の前にうっすらと白い人影が現れた。
 「女」だった。
 裸の。
 そいつがどんな顔をしているのかは、ここからじゃ全然わからなかった。
 もっとも、近くにいてもわからなかったかもしれない。
 何せ、その顔に当たる部分に見えるのは、真っ赤なルージュを引っ張った分厚い唇だけだったんだから。
 仰向けに寝そべったその「女」は、柔らかい下腹の上にひとりの「男」を乗せていた。「女」と同じく、どんな顔なのかは判別できない。
 ただ、「男」のほうも素っ裸だったってのだけは、すぐにわかった。
 外形が曖昧な雲みたいなベッドの上に、豊満な「女」の肉体を組み伏せている。
 ふたりが何をしているのかは明白だった。
 セックスだった。
 「男」の唇が「女」の唇を貪る。
 口の奥から這い出た舌が、軟体動物みたいに互いを求めて絡み合う。
 「女」の両手が、それを助長するみたいに「男」の身体を抱き寄せた。
 次の瞬間、「男」が、自分自身で「女」の中心を貫いた。
 官能に極まった「女」が、弾けるようにおとがいを反らす。
 もっと深い結合を求めて、「女」の両脚が「男」の腰を挟み込んだ。
 俺にはそいつが、獲物を捕食する女郎蜘蛛に見えた。
 そして、同時に理解した。
 あれが、あれこそが、この俺の「母親」なんだって。
 狂ったような男女の嬌声が響き渡る。
 まるで盛りの付いた獣だった。
 でも、まだ物事を知らない「俺」には、そいつが「女」の放つ苦悶の声に聞こえたのかもしれない。
 「おかーさん!」とひと声叫んで、「俺」は「女」を助けようと、自分よりもはるかに大きな「男」に向かって飛びかかった。
 飛びかかろうとした。
 だけど、そんな「俺」の勇気は、無惨にも、第三者の手で押し潰された。
 虚空から伸びてきた鎖付きの手枷足枷が、「俺」の手脚をがっちり拘束したからだった。
 いきなり自由を奪われて、「俺」は激しく転倒した。
 足下にうずたかく積もったゴミの中に頭から突っ込む。
 滝のごとく鼻血が溢れた。
 おかーさん!
 僕だよ!
 僕だよ!
 痛みをこらえて、「俺」は叫んだ。
 でも、肉欲の虜へと成り果てていた「女」の耳に、その声が届くわけもなかった。
 やがて、「俺」の手足が見る見る間に伸び始めた。
 身体付きが変わり、幼児の顔が少年のそれに変貌する。
 着衣が消滅して、一糸まとわぬ全裸となった。
 「男」は、結合したまま「女」を抱え、「俺」との距離をじわりと詰めた。
 無様に這いつくばる「俺」の目の前に、「女」の肢体をどさりと放る。
 「俺」と「女」は、うつぶせになりながら目と鼻の先で向かい合った。
 「男」が後ろから「女」を攻める。
 ゴミの中に半分顔をうずめたまま、「女」はゆらゆらと全身を揺らした。
 甘い喘ぎ声が、ふたたびその口から漏れ始めた。
 男の攻めを味わいながら、おもむろに、その「女」が顔を上げる。
 そいつは、俺の知る「母親」の顔じゃなかった。
 その顔は、「俺」が、そして俺が、終生忘れることのできないもうひとりのオンナの顔だった。
 「山崎あかね」
 周囲からは聖少女と呼ばれていたオンナ。
 高校時代のクラスメート。
 「俺」にとって、そして俺にとって、光り輝くマドンナひと──…
 背後から求めてくる「男」を喜色いっぱいに受け止めながら、「あかね」は、ぺろりと舌を出した。
 まるで、すぐそこにいる「俺」を頭から莫迦にするみたいに。
 吐き気をもよおす嘲りが、その端正な顔面に浮かんだ。
 俺にはそれが、同じ人間の顔だとはどうしても思えなかった。
 それを見た「俺」の表情が一変した。
 激高して、勢い良く拳を振り上げる。
 でも、手枷と鎖が邪魔をして殴りかかることができなかった。
 それが無力だとわかりつつ、「俺」はただ吠えることしかできなかった。
 屈辱に押し出された涙が、止めどなく頬を流れた。
 肉欲のままに「あかね」を貪っていた「男」の腰が、短い呻きとともにびくんと爆ぜた。
 二度三度とその背中が反れる。
 そいつが何を意味しているのか、俺にはすぐわかった。
 奴は、「あかね」と繋がったまま達したんだ。
 勝ち誇った口元が、直接「俺」に向けられた。
 見せつけているみたいだった。
 そして、「男」の欲望を生のまま注がれた「あかね」の顔付きも、それとまったく同じものだった。
 俺は、「俺」っていう存在が崩壊していく一部始終を、目を背けることなく黙って見ていた。
 心が死ぬっていうのはこんな感じなのか、と、改めて思い知った。
 気が付くと、それらの光景すべてが、俺の視界から消え去っていた。
 何もない世界の只中に、俺ひとりだけがぽつんと立っている、まさにそんな雰囲気だった。
 だが、孤独は感じなかった。
 むしろ、その環境に居心地の良さを覚えるほどだった。
 そんな俺の前にひとりの女が現れたのは、それから少し経ってのことだった。
 「薫子」だった。
 初めて会った時と同じ、白いブラウスに黒いタイトスカートという服装だ。
 「薫子」は、音もなく滑るように歩み寄ってくると、有無を言わせず俺の唇を奪った。
 ついばむようなバードキス。
 シルクみたいに滑らかな掌が、左右から俺の頬を包み込む。
 突然のことに目を丸くするしかない俺。
 どきどきと心臓が高鳴る。
 唇を離した「薫子」が、一歩退き距離を置いた。
 妖艶ににやりと微笑み、スカートのサイドファスナーを降ろす。
 ぱさっと乾いた音がして、黒いタイトスカートが足下に落ちた。
 ガーターベルトとストッキングに装われた美脚が、至近距離で露わになる。
 魅惑の三角地帯が、否応なしに俺の両目を釘付けにした。
 これが勝負下着って奴なのか。
 色は濃い目のパープルだ。
 ムンと鼻を突くオンナの香りに戸惑いを隠せない俺。
 でもそんなのは完全に無視して、なおも「薫子」は服を脱ぐ。
 ブラに包まれた美巨乳がブラウスの下から顔を出した。
 純粋に、綺麗だな、と思った。
 薫子の手が、俺の右手をいざなった。
 それをそのまま、左の乳房に押し付ける。
 右手の指が、持ち主の意志を離れて勝手気ままに動いてしまう。
 不本意ながら、柔らかいその感触を堪能した。
 興奮して、いまにも鼻血が出そうだった。
 いつもは冷静な俺の愚息マイ・サンが、ここぞとばかりにハッスルする。
 そこで初めて、俺は自分が全裸なんだってことを知った。
 慌てて股間を左手で覆う。
 薫子の右手がそれを阻止した。
 一寸早く、俺のを握り締める。
 冷たい掌の感触が、裏の部分をストロークした。
 ピンク色の電撃が、腰の後ろを鋭く貫く。
 「うあッ!」と、情けない声が喉の奥から迸り出た。
 それを聞いた「薫子」のが、色香を帯びて俺を指す。
「したい?」
 耳元に唇を寄せ、囁くように「薫子」は言った。
「本気であたしが欲しいのなら、いま正直に白状なさい。もっとも、ここをこんなにしているんじゃ、答えがどっちなのかは明白だけどね」
「したい……です」
 被虐性を刺激されてしまったんだろうか。
 サディスティックな問いかけに、弱々しくも俺は言った。
 「何を? はっきり言わないとさせてあげないわよ」という叱責にも、素直に「セックス」と答えてしまった。
「よろしい」
 満足げに頷いて、「薫子」は、ぺたっと頬を俺に寄せた。
「きちんと意思表示をする子、あたしは好きよ」
 目の前で、「薫子」はブラのホックに手をかけた。
 ハイレグのショーツからも脚を抜く。
 生まれたまんまの格好に、黒いストッキングとガーターベルト。
 そんな挑発的な出で立ちとなった「薫子」は、すっとその場で腰を下ろし、粘つくように俺を見上げた。
「いらっしゃいな。童貞少年チェリーボーイ
 にやりと笑って、「薫子」は俺を誘った。
 右手の指がくいくいと動き、閉ざされていた両膝がゆっくりと開いていく。
 無修正動画でしか見たことのない女性自身が、すぐさま眼の中に飛び込んできた。
 言葉は悪いけど、ウツボカズラみたいだなって思った。
 だとしたら、さながら俺はそいつに捕食されるムシケラって立場か。
 恐る恐る、その直前で両膝をつく。
 薄っぺらい知識だけが頼りだった。
 だけど正直、頭の中は真っ白だ。
 順序がどうとかなんて、気にする余裕すらなかった。
 擦り寄る俺を導くように、薫子は仰向けに寝転んだ。
 自然と身体が重なり合う。
 腰の後ろに手を回し、「薫子」は優しく俺を抱き寄せてくれた。
 その掌が、なぜだかとても温かかった。
「来て」
 「薫子」は告げて、俺の愚息に手を添えた。
 先っぽが何かに当たる。
 でも、そいつに目をやる自信が湧かない。
 すぐ目の前にあるこいつの顔が「かあさん」みたいに微笑んだ。
 生まれ故郷に戻ってきた息子に、「おかえりなさい」って言ってるみたいだった。
 俺は、意を決して腰を進めた。
 ぬるっとした感触がアソコを包む。
 「あっ」と薫子の口から喘ぎ声が漏れた。
 もう我慢できなかった。
 その唇を無理矢理に奪い、がむしゃらに腰を動かす。
 ペース配分なんて、端から頭の中になかった。
 限界は、あっというまに訪れた。
 電撃が全身を貫き、意識が一気にホワイトアウトする。
 そして次の瞬間、俺は、俺は──…

 ◆◆◆

 「うわぁっ!」と、ひと声叫んで飛び起きた。
 そこは自宅の寝室だった。
 窓の外はまだ暗い。
 明け方にすらなってない感じだ。
 呆然とした頭で枕元の時計を掴み取る。
 針は午前三時を指していた。
 乱れた息が口から溢れ、両肩が荒々しく上下していた。
「またあの夢かよ」
 額の脂汗を手の甲で拭い、俺は深々と息を吐いた。
「最近、やっと見なくなってきたってのに。畜生。しかも、パワーアップまでしてやがるじゃねえか」
 薫子だ。
 あいつのせいだ。
 俺は確信した。
 あの挑発的なにやにや笑いが、まぶたの下に蘇る。
 あいつがあれほどの超絶美女じゃなかったら、今夜はきっとこんな夢に悩まされることもなかったはずだ、と、言葉に出さず抗議する。
 自分で言うのもなんだけど、そいつはとんだ言いがかりだった。
 もっとも、こちら側に一分の理がないわけでもない。
 あいつがを言い出さなければ、いまこの状況が俺のもとに訪れていたとは、到底思えなかったからだった。
「もし、君が見事あたしと再戦する権利を掴み取ることができたなら、あたし、ひと晩君のものになってあげてもいいわ。もちろん、オトコとオンナの関係でって意味よ」
 あの時、薫子は、勝負の景品に自分のカラダを賭けることを申し出た。
 そいつは、まるでどこかの成年漫画みたいな展開だった。
 正直、まるで現実味がない。
 当然、俺は我が耳を疑った。
 たぶんだけど、薫子の発言、その背景にあったものは、この俺が「絶対に」目標を達成できないっていう確信だったんだと思う。
 でも、「トレジャー」の店内であいつにそう告げられた時、そんなことにまで頭が回る余裕が、この俺にはなかった。
「マジかよ?」
 またからかわれているんだと感じた俺は、当然のごとく訝った。
「そんなこと約束して、あとになって後悔しても知らないからな!」
「どうぞどうぞ、後悔させてみなさいな。できるものならね」
 軽口でも叩いてるみたいなテンポで、薫子はそれに応じる。
「その時は、君のが勃たなくなるまでトコトン付き合ってあげるわよ」
「よ~し、その条件、受けて立ってやろうじゃないか!」
 がたっと勢い良く席を立ち、俺は薫子の挑戦を真っ正面から受諾した。
 びしっと人差し指を突き付けて、一気呵成に言い放つ。
「そこまで言われて引き下がったら、『楠木圭介』のオトコが廃るぜ!」
 そいつは、誰がどう見たって典型的な「売り言葉に買い言葉」だった。
 性欲ヤりたい気持ちがその発言を後押ししたとは思いたくなかったけど、それを否定できるだけの材料もまた、俺の手元には存在しなかった。
 とにかく俺は、薫子の用意した勝負のテーブルに自分の意志で着いたのだ。
 「退却」という二文字は、ポケットの中に用意なんてしてなかった。
 そんな俺が生身の女性としてのあいつを意識しだしたのは、それこそ帰宅してすぐのことだった。
 もっとも、反応を示したのはココロじゃない。
 カラダだ。
 あいつの持つ豊かな胸、細い腰、引き締まったふくらはぎ。
 ディスプレイの向こう側じゃなく、手を伸ばせば確実に届く距離にあったそれらを思い浮かべると、どうしても肉体の一部に血液が流入してしまう。
 そいつは、俺と同年代のオトコどもなら、むしろあたりまえの生理現象だったのかもしれない。
 でも、二次オタをこじらせた俺にとっては、逆に違和感をともなう反応だった。
 どちらかというと嫌悪感に近い。
 もちろん俺だってオトコだから、性的なことに興味がないわけじゃない。
 たまらなくなって欲求を処理することも、布団の中で黙って妄想にふけることも普通にある。
 それでも俺は、オンナって奴に興奮する、そんな自分自身が嫌だった。
 性的な繋がりだけで相手を求めることが、どうしても好きになれなかった。
 にもかかわらず、あんな恥ずかしい淫夢を、またしても俺は見てしまった。
 情けないにもほどがある。
 しかもだ。
 夢の中で妖しく微笑む「薫子」の女性自身に反応したものか、俺のは、いまだギンギンに臨戦状態デフコン1を維持したままだ。
 正直、鬱陶しく思う。
 それは、「どうせあっても使わないんだから、いっそなくなってしまえばいいのに」と、常々感じていた機能だった。
 それがどうだい。
 十九年経って、自分の出番がようやくやってくるかもしれないと、察した途端のこの張り切りよう。
 余りに余りの現金さに、自分の息子のことながら、思わず涙が出そうになった。
 直立不動のまま屹立する股間にふと違和感を覚えたのは、その直後のことだ。
 なんだか下着の感触が気持ち悪い。
 窮屈だとかそういったことじゃない。
 妙に冷たくてぬるぬるする。
 何だよ、これ?
 濡れてる?
 よもや寝ている間に粗相でもしちまったか、と、慌てて中身を確認した。
 そこに展開していた現実は、別の意味で俺の想像をはるかに超えたものだった。
 なんと、それは「夢精」だった。
 俺自身が放ったオトコの証が、トランクスの股間部分をべったりと汚していた。
 これまで見たこともない量だった。
 しかも、箸でつまめそうなほどに濃い。
 十九にもなってコレかよ。
 俺は呆然と頭を抱えた。
 まさか夢で見た映像だけをネタに「至る」ことができるなんて、持ち主ですらびっくり仰天の性能だ。
 天井知らずの情けなさに、かえってせがれを誉めてしまう。
 よくやったよ、おまえ。
 ははは……
 膝の間に顔を埋めつつ、どっと大きく嘆息した。
 栗の花の臭い?って奴が、否応なしに鼻を突いた。
 全部薫子のせいだ。
 改めて俺は思った。
 風呂場で寝汗を流すついでに、自分の手でパンツを洗う。
 とてもじゃないけど、他人には見せられないレベルの醜態だ。
 畜生、畜生、と、俺は何度も口ずさんだ。
 泣けるものなら大声で泣き叫んでみたいとすら思った。
 風呂場から帰還した俺は、そのままベッドの上にごろりと寝転ぶ。
 天井に貼ってある「俺の嫁」の笑顔が、落ち着きを取り戻した心身に眩しく映った。
 汚れに片足を突っ込んだこの俺と比べると、彼女の眼差しはあくまでも清らかでまっすぐだ。
 どういうわけだか、いまの俺は「フレデリカ」じゃ勃たなかった。
 ちょっと前まではエロい想像で彼女を汚すことも度々だったのだけど、最近では、そんなことすらできなくなっていた。
 もちろん、いまでも「かわいい」「綺麗」「愛してる」とは思う。
 だけど、どうしても性的パートナーとして「ヤりたい」とは思えなかった。
 冷めた、というのとは、ちょっと違う。
 なんだか妙な距離感を覚える、そんな感じだった。
 異性に対する愛情って奴は、行き過ぎればそんなものなのかな、と、俺は自分を納得させた。
 独占欲や支配欲、征服欲。
 あるいは性欲、色欲。
 本当に惚れた相手には、そんな欲望は抱かないものなのだ、と、自分自身に言い聞かせた。
 「フレデリカ」に寄せるこの想いこそが、その何よりの証拠なんだと。
 もちろん、そんなのが嘘っぱちだなんてことぐらい、言われなくたって百も承知だ。
 わかっていながら、あえて俺はそんなことを言っている。
 あえてそんなことを思っている。
 言わなきゃならない理由、思わなきゃならない理由はちゃんとあった。
 でも、いざそれを表立って認めてしまったら、俺は自分を本当の意味で許せなくなりそうだった。
 だからいまは、そんな戯言を無条件に受け入れるしかなかった。
 それ以外に為す術を、俺は知らなかった。
 畜生、畜生、畜生。
 俺はふたたび呟いた。
 そして、いつものようにだらだらと溢れる涙を拭うことなく、ただ独り、深い眠りに落ちていった。
 今度こそ、良い夢を見させてくれ。
 頼むよ、神さま。
 本心からそう思った。
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