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一章:ロードレーサー
第三話:走り屋の定義
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それからさらに十分ばかり走ったのち、翔一郎の駆る「レガシィ」は、眞琴の通う学び舎へと到着した。
私立尽生学園高等部。
県内でも有数のレベルを誇る進学校だ。
ただし、あくまでも中高一貫教育を基本としており、中等部の入学試験に合格さえしてしまえば、よほどのことがない限り高等部にはエスカレーター式に進学できた。
校風もリベラルであり、学生間の人気も高い。
かつて翔一郎がここの受験に見事失敗したという事実は、いまでも眞琴には内緒だった。
ゆっくりと減速しながら、翔一郎は学校の敷地内に「レガシィ」を乗り入れさせた。
尽生学園高等部は地方鉄道が運営するバス路線の始点及び終点となっており、校門を潜った敷地の中に、ちゃんとしたバス停が存在していた。
当然ながら、登下校にこの路線を利用する生徒は多い。
そのせいか、利用客など関係者以外の自動車が学校敷地内に乗り入れることに対し、学校側では比較的大目に見ている節があった。
それでも一応、なるべく目立たないよう細心の注意を払いながら、翔一郎はバス停の近くに「レガシィ」を停めた。
学生たちの注目が一時彼らに集中するが、さすがにそれは不可抗力だ。
「サンキュ、翔兄ぃ」
シートベルトを外しながら感謝の言葉を述べる眞琴。
だが彼女は、そのままクルマから降りる素振りを見せない。
それを訝った翔一郎が、妹分に短く尋ねた。
「どうした? さっきのアレで足でもすくんだのか?」
悪口に聞こえる気遣いが、三十路男の口から洩れる。
「そうじゃないけど」と前置いて、眞琴は彼に質問を飛ばした。
「さっき翔兄ぃはさ、『走り屋と暴走族は同じだ』ってボクに言ったよね。あれって本音?」
「この上もなく、な」
翔一郎は言い切った。
「むしろ、どのあたりが違うのかをご教授願いたいね」
「目指すところが違うんだよ」
すかさず眞琴が断言する。
「走り屋と暴走族とは、目指すところが違ってる。そう。走り屋は、クルマを操ること自体が、走りを楽しむこと自体が目的なのに、暴走族は、やんちゃな自分がどれだけ注目されるのかにしか興味がない。走り屋が交通ルールを破ってる。それがよくないことだってのは確かにそのとおりだと思う。でもそれを言い出したら、ここ来る時の翔兄ぃだって、制限速度を守ってなかった。ホンモノの走り屋にとって、ワインディングロードは格式のあるレース場やラリーのSSなんかと同じようなものなんだよ。自分を表現する場所が、ちゃんとした競技とは異なってるだけ。そんな真っ当な走り屋と暴走族とを一緒にするのは、真っ当な走り屋に対するあからさまな冒涜だよ」
「ものは言い様だな」
呆れたように翔一郎は言った。
「なあ眞琴。この際だから、はっきりと言っておく。いわゆる走り屋とか暴走族っていう連中がクルマ文化の担い手だったっていう事実には、俺も反論する気はない。だがモータリーゼーションの黎明期ならともかく、いまはもうそういった時代じゃないんだ。日本みたいな成熟した国で、ルール無用の愚連隊気取ってどうする? そりゃあサーキットやジムカーナ、あとはおまえが好きなラリーとかのスポーツを楽しむ走り屋なら、俺だって理解できるさ。でもな、よりによって公の道を、それも自分勝手な決まり事で独占するってのは、法治国家の国民としては論外中の論外だ。その点に関しては、走り屋だろうが暴走族だろうが変わりない。
いいか眞琴。おまえの擁護する真っ当な走り屋ってのもだな、しょせんはアングラ世界の住人なんだ。そしてああいったデンジャラスなワールドは、いわゆるフィクションだからこそ面白いんだ。フィクションの世界なら、事故を起こしてもひとは死なない、クルマも壊れない。たとえ作中にそういった描写があったにしろ、現実世界じゃ誰も損失を被らない。だからこそ許される、そんな危ない世界線なんだよ」
「ちなみに聞くけど──」
眞琴が話を切り替えたのは、翔一郎の畳みかけがひと段落した、そのタイミングでの出来事だった。
「翔兄ぃには、そっち方面に知り合いはいないの?」
「は?」と疑問符を掲げる三十路男に、少女はなおも言葉を紡ぐ。
「いや、だからさ、翔兄ぃがまだ学生だった時分とかに、走り屋やってた友達とか知り合いとかはいなかったのかなって聞いたの。確か九十年代の終わりごろって、まだ峠の走り屋が全然頑張ってた時代だよね? 峠の走り屋だけじゃなく、湾岸の最高速ランナーとか埠頭のゼロヨン族とかも、普通に生息してた時代だよね? そのころだったら、翔兄ぃの周りにも、そういったひとがひとりやふたりはいて当然だったよね?」
「ああ、まあ、そうだな」
「だから聞いたの。どうなの? 答えてよ」
「そりゃあ……いたさ。おまえの言うとおり、そういう荒れた時代だったからな」
目線を反らし、言いにくそうに彼は答えた。
そして眞琴は、それを兄貴分の弱みと捉えた。
綺麗事を押し付けてくる大人にだって、若気の至りというものは高確率で存在する。
彼女はそれを、一種の突破口として選択したのだった。
間を置かず、彼女はさらに質問を続ける。
「そのひとたちとは、いまでも付き合いあったりするの?」
「おまえに教える義理はないな」
翔一郎が怒気を放った。
雰囲気的には逆切れに近い。
でも眞琴は退かなかった。
一歩も退かなかった。
「じゃあ、もうひとつ質問」と押し付け気味に問いかけを重ねる。
「翔兄ぃさ、『ミッドナイトウルブス』って聞いたことない?」
「『ミッドナイトウルブス』?」
「そ。『ミッドナイトウルブス』」
翔一郎の顔付きが微かに歪んだ。
その些細な変化に気付けなかったのか、自慢げな表情で少女は語る。
「これ知り合いから聞いた話なんだけどさ。いまから十年以上も前、とある八神の走り屋チームが、たった一年ちょっとの間で、この周辺の走り屋スポットを全部制圧しちゃったんだって。東は神奈川矛根から西は岐阜の瑞春まで。行くとこ行くとこ、まさに向かうところ敵なしだったんだって。凄くない?」
「凄いも何も、制圧ってなんだよ。ヤンキーどもの勢力争いじゃあるまいし」
「そういう拗ねた偏見やめてよね。制圧っていうのは、エリアのタイムを塗り替えたってことだよ。わかってよ」
先の諍いを蒸し返されかけ、眞琴がくちばしを尖らせた。
「で、そのチームの名前が、八神の伝説『ミッドナイトウルブス』 とにかくもう、強くて速くて上手くって、最強最速の称号を欲しいままにしてたそうだよ。噂じゃ、いまプロレーサーになってる神奈川最速の走り屋も、そこのエースにあっさり撃墜されたんだって」
熱のこもった眞琴の言葉。
だが翔一郎の口から出たのは「へー」という間延びした短い応答のみだった。
肩透かしを食らわされ、少女のとさかに血が上った。
詰め寄るように彼女は言った。
「へー、って……なにその莫迦にした言い方。ムカつくなー」
「莫迦にするもへったくれもないぞ。そういう話に興味ないんだから、そういう返事しかできないだろうが」
とぼけた口調で翔一郎が返す。
これには少女も毒気を抜かれた。
「あのさー」と前置きしたのち、目をむきながら相方に尋ねる。
「翔兄ぃも一応はオトコなんだからさ、こういう話聞いて血が滾るとか魂が燃えるとか、そういう反応示す気ないの?」
「おかげさまでな。平和主義者なんだよ」
ひらひらと片手を振り、三十路男は会話の終結を促した。
「そんなことより、さっさと降りたらどうなんだ。始業のチャイムが鳴っちまうぞ」
「わかってるよ」
面白くなさそうに眞琴は応えた。
つんと尖った口先が、その感情を表している。
間を置かず、彼女は助手席から飛び降りた。
ドアを閉め、振り向きざまに軽く一礼。
スカートの縁と後ろ頭の長い尻尾が、軽く空中に弧を描いた。
だがその直後、少女はふたたび扉を開ける。
ポンと打たれた柏手に、何かの意味があったのだろうか。
それを認めた翔一郎が疑問符を掲げるのより一瞬早く、眞琴は運転席側に身を乗り出す。
クルマの主の都合を無視し、単刀直入、彼女は尋ねた。
「ところでさ、翔兄ぃ。今晩ヒマ?」
「なんだよ、藪から棒に」
「なんでもいいから、答えてよ。今晩ヒマ?」
前後になんの脈絡もない質問に、翔一郎は少なからず困惑した。
が、ここで嘘を言っても仕方がない。
彼は正直に、今晩の予定はいまのところ何もない、と妹分に返事した。
それを受けた眞琴が、笑顔のままで意向を告げる。
「じゃあさ、今晩十時、ボクの外出に付き合ってよ」
「夜の十時だぁ。随分な時間じゃないか」
翔一郎の口元がはっきりと歪んだ。
夜の十時とは、いわば深夜帯の入り口とも言える時間だ。
彼の世代の常識として、それは女子高生が気安く出歩いていい時刻などではない。
その唇が、すぐさま追及の言葉を紡ぎだした。
「いったいどこ行くつもりだ、不良娘?」
「どこだっていいでしょ。それに保護者同伴なんだから、ルール的には問題ナッシングだよ」
右手の人差し指で翔一郎の頬を突きながら、眞琴はさらりと言い切った。
保護者という単語に反応した翔一郎が思わず自分自身を指さし確認するのに対して、そのとおりとばかりに眞琴はビシと親指を立てる。
「別に変なところに行こうってわけじゃないから、安心して」
翔一郎が拒絶しないのを受諾の意味だと受け取って、眞琴は今度こそ学舎のほうへと元気良く駆けていった。
途中で体ごと振り返り、大きく頭上で右手を振る。
フロントガラス越しにそれを認めた翔一郎も、小さく右手を上げ返す。
そして眩しそうに両目を細め、最後まで彼女の背中を見送った。
彼の脳裏に以下の台詞が蘇ってきたのは、それから間もなくのことだ。
『走り屋と暴走族は違うよ』
先ほど聞いた妹分の短い発言。
だがそのひと言は、不思議と翔一郎の心を捕らえた。
「走り屋、ねえ」
台詞の一部を反芻した彼は、気になった単語をスマホを使って検索した。
たちまちのうちに結果は出た。
それは、おおむね次のような内容だった。
◆◆◆
「走り屋」とは、自動車やバイクで暴走行為を行う者たちの総称である。
モータースポーツでのみ活動している一部の例外を除けば、そのほとんどが公の場で危険行為を行っていることになる。
そのため警察は「違法競走型暴走族」としてこれらを定義し、積極的な取り締まり対象としている。
なお、自動車レースのアンダーグラウンド的存在として認識している者も多く、元走り屋の有名レーサーも複数存在する──…
◆◆◆
「走り屋……ねえ」
翔一郎はふたたびその言葉を呟くと、疲れたようにステアリングへ顎をかけた。
私立尽生学園高等部。
県内でも有数のレベルを誇る進学校だ。
ただし、あくまでも中高一貫教育を基本としており、中等部の入学試験に合格さえしてしまえば、よほどのことがない限り高等部にはエスカレーター式に進学できた。
校風もリベラルであり、学生間の人気も高い。
かつて翔一郎がここの受験に見事失敗したという事実は、いまでも眞琴には内緒だった。
ゆっくりと減速しながら、翔一郎は学校の敷地内に「レガシィ」を乗り入れさせた。
尽生学園高等部は地方鉄道が運営するバス路線の始点及び終点となっており、校門を潜った敷地の中に、ちゃんとしたバス停が存在していた。
当然ながら、登下校にこの路線を利用する生徒は多い。
そのせいか、利用客など関係者以外の自動車が学校敷地内に乗り入れることに対し、学校側では比較的大目に見ている節があった。
それでも一応、なるべく目立たないよう細心の注意を払いながら、翔一郎はバス停の近くに「レガシィ」を停めた。
学生たちの注目が一時彼らに集中するが、さすがにそれは不可抗力だ。
「サンキュ、翔兄ぃ」
シートベルトを外しながら感謝の言葉を述べる眞琴。
だが彼女は、そのままクルマから降りる素振りを見せない。
それを訝った翔一郎が、妹分に短く尋ねた。
「どうした? さっきのアレで足でもすくんだのか?」
悪口に聞こえる気遣いが、三十路男の口から洩れる。
「そうじゃないけど」と前置いて、眞琴は彼に質問を飛ばした。
「さっき翔兄ぃはさ、『走り屋と暴走族は同じだ』ってボクに言ったよね。あれって本音?」
「この上もなく、な」
翔一郎は言い切った。
「むしろ、どのあたりが違うのかをご教授願いたいね」
「目指すところが違うんだよ」
すかさず眞琴が断言する。
「走り屋と暴走族とは、目指すところが違ってる。そう。走り屋は、クルマを操ること自体が、走りを楽しむこと自体が目的なのに、暴走族は、やんちゃな自分がどれだけ注目されるのかにしか興味がない。走り屋が交通ルールを破ってる。それがよくないことだってのは確かにそのとおりだと思う。でもそれを言い出したら、ここ来る時の翔兄ぃだって、制限速度を守ってなかった。ホンモノの走り屋にとって、ワインディングロードは格式のあるレース場やラリーのSSなんかと同じようなものなんだよ。自分を表現する場所が、ちゃんとした競技とは異なってるだけ。そんな真っ当な走り屋と暴走族とを一緒にするのは、真っ当な走り屋に対するあからさまな冒涜だよ」
「ものは言い様だな」
呆れたように翔一郎は言った。
「なあ眞琴。この際だから、はっきりと言っておく。いわゆる走り屋とか暴走族っていう連中がクルマ文化の担い手だったっていう事実には、俺も反論する気はない。だがモータリーゼーションの黎明期ならともかく、いまはもうそういった時代じゃないんだ。日本みたいな成熟した国で、ルール無用の愚連隊気取ってどうする? そりゃあサーキットやジムカーナ、あとはおまえが好きなラリーとかのスポーツを楽しむ走り屋なら、俺だって理解できるさ。でもな、よりによって公の道を、それも自分勝手な決まり事で独占するってのは、法治国家の国民としては論外中の論外だ。その点に関しては、走り屋だろうが暴走族だろうが変わりない。
いいか眞琴。おまえの擁護する真っ当な走り屋ってのもだな、しょせんはアングラ世界の住人なんだ。そしてああいったデンジャラスなワールドは、いわゆるフィクションだからこそ面白いんだ。フィクションの世界なら、事故を起こしてもひとは死なない、クルマも壊れない。たとえ作中にそういった描写があったにしろ、現実世界じゃ誰も損失を被らない。だからこそ許される、そんな危ない世界線なんだよ」
「ちなみに聞くけど──」
眞琴が話を切り替えたのは、翔一郎の畳みかけがひと段落した、そのタイミングでの出来事だった。
「翔兄ぃには、そっち方面に知り合いはいないの?」
「は?」と疑問符を掲げる三十路男に、少女はなおも言葉を紡ぐ。
「いや、だからさ、翔兄ぃがまだ学生だった時分とかに、走り屋やってた友達とか知り合いとかはいなかったのかなって聞いたの。確か九十年代の終わりごろって、まだ峠の走り屋が全然頑張ってた時代だよね? 峠の走り屋だけじゃなく、湾岸の最高速ランナーとか埠頭のゼロヨン族とかも、普通に生息してた時代だよね? そのころだったら、翔兄ぃの周りにも、そういったひとがひとりやふたりはいて当然だったよね?」
「ああ、まあ、そうだな」
「だから聞いたの。どうなの? 答えてよ」
「そりゃあ……いたさ。おまえの言うとおり、そういう荒れた時代だったからな」
目線を反らし、言いにくそうに彼は答えた。
そして眞琴は、それを兄貴分の弱みと捉えた。
綺麗事を押し付けてくる大人にだって、若気の至りというものは高確率で存在する。
彼女はそれを、一種の突破口として選択したのだった。
間を置かず、彼女はさらに質問を続ける。
「そのひとたちとは、いまでも付き合いあったりするの?」
「おまえに教える義理はないな」
翔一郎が怒気を放った。
雰囲気的には逆切れに近い。
でも眞琴は退かなかった。
一歩も退かなかった。
「じゃあ、もうひとつ質問」と押し付け気味に問いかけを重ねる。
「翔兄ぃさ、『ミッドナイトウルブス』って聞いたことない?」
「『ミッドナイトウルブス』?」
「そ。『ミッドナイトウルブス』」
翔一郎の顔付きが微かに歪んだ。
その些細な変化に気付けなかったのか、自慢げな表情で少女は語る。
「これ知り合いから聞いた話なんだけどさ。いまから十年以上も前、とある八神の走り屋チームが、たった一年ちょっとの間で、この周辺の走り屋スポットを全部制圧しちゃったんだって。東は神奈川矛根から西は岐阜の瑞春まで。行くとこ行くとこ、まさに向かうところ敵なしだったんだって。凄くない?」
「凄いも何も、制圧ってなんだよ。ヤンキーどもの勢力争いじゃあるまいし」
「そういう拗ねた偏見やめてよね。制圧っていうのは、エリアのタイムを塗り替えたってことだよ。わかってよ」
先の諍いを蒸し返されかけ、眞琴がくちばしを尖らせた。
「で、そのチームの名前が、八神の伝説『ミッドナイトウルブス』 とにかくもう、強くて速くて上手くって、最強最速の称号を欲しいままにしてたそうだよ。噂じゃ、いまプロレーサーになってる神奈川最速の走り屋も、そこのエースにあっさり撃墜されたんだって」
熱のこもった眞琴の言葉。
だが翔一郎の口から出たのは「へー」という間延びした短い応答のみだった。
肩透かしを食らわされ、少女のとさかに血が上った。
詰め寄るように彼女は言った。
「へー、って……なにその莫迦にした言い方。ムカつくなー」
「莫迦にするもへったくれもないぞ。そういう話に興味ないんだから、そういう返事しかできないだろうが」
とぼけた口調で翔一郎が返す。
これには少女も毒気を抜かれた。
「あのさー」と前置きしたのち、目をむきながら相方に尋ねる。
「翔兄ぃも一応はオトコなんだからさ、こういう話聞いて血が滾るとか魂が燃えるとか、そういう反応示す気ないの?」
「おかげさまでな。平和主義者なんだよ」
ひらひらと片手を振り、三十路男は会話の終結を促した。
「そんなことより、さっさと降りたらどうなんだ。始業のチャイムが鳴っちまうぞ」
「わかってるよ」
面白くなさそうに眞琴は応えた。
つんと尖った口先が、その感情を表している。
間を置かず、彼女は助手席から飛び降りた。
ドアを閉め、振り向きざまに軽く一礼。
スカートの縁と後ろ頭の長い尻尾が、軽く空中に弧を描いた。
だがその直後、少女はふたたび扉を開ける。
ポンと打たれた柏手に、何かの意味があったのだろうか。
それを認めた翔一郎が疑問符を掲げるのより一瞬早く、眞琴は運転席側に身を乗り出す。
クルマの主の都合を無視し、単刀直入、彼女は尋ねた。
「ところでさ、翔兄ぃ。今晩ヒマ?」
「なんだよ、藪から棒に」
「なんでもいいから、答えてよ。今晩ヒマ?」
前後になんの脈絡もない質問に、翔一郎は少なからず困惑した。
が、ここで嘘を言っても仕方がない。
彼は正直に、今晩の予定はいまのところ何もない、と妹分に返事した。
それを受けた眞琴が、笑顔のままで意向を告げる。
「じゃあさ、今晩十時、ボクの外出に付き合ってよ」
「夜の十時だぁ。随分な時間じゃないか」
翔一郎の口元がはっきりと歪んだ。
夜の十時とは、いわば深夜帯の入り口とも言える時間だ。
彼の世代の常識として、それは女子高生が気安く出歩いていい時刻などではない。
その唇が、すぐさま追及の言葉を紡ぎだした。
「いったいどこ行くつもりだ、不良娘?」
「どこだっていいでしょ。それに保護者同伴なんだから、ルール的には問題ナッシングだよ」
右手の人差し指で翔一郎の頬を突きながら、眞琴はさらりと言い切った。
保護者という単語に反応した翔一郎が思わず自分自身を指さし確認するのに対して、そのとおりとばかりに眞琴はビシと親指を立てる。
「別に変なところに行こうってわけじゃないから、安心して」
翔一郎が拒絶しないのを受諾の意味だと受け取って、眞琴は今度こそ学舎のほうへと元気良く駆けていった。
途中で体ごと振り返り、大きく頭上で右手を振る。
フロントガラス越しにそれを認めた翔一郎も、小さく右手を上げ返す。
そして眩しそうに両目を細め、最後まで彼女の背中を見送った。
彼の脳裏に以下の台詞が蘇ってきたのは、それから間もなくのことだ。
『走り屋と暴走族は違うよ』
先ほど聞いた妹分の短い発言。
だがそのひと言は、不思議と翔一郎の心を捕らえた。
「走り屋、ねえ」
台詞の一部を反芻した彼は、気になった単語をスマホを使って検索した。
たちまちのうちに結果は出た。
それは、おおむね次のような内容だった。
◆◆◆
「走り屋」とは、自動車やバイクで暴走行為を行う者たちの総称である。
モータースポーツでのみ活動している一部の例外を除けば、そのほとんどが公の場で危険行為を行っていることになる。
そのため警察は「違法競走型暴走族」としてこれらを定義し、積極的な取り締まり対象としている。
なお、自動車レースのアンダーグラウンド的存在として認識している者も多く、元走り屋の有名レーサーも複数存在する──…
◆◆◆
「走り屋……ねえ」
翔一郎はふたたびその言葉を呟くと、疲れたようにステアリングへ顎をかけた。
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