モブの俺には構わないでくれ。

逃走

一体なんだと思い、身をギュッと固くすると俺の背中に大きな腕を回し抱きしめた。


「蒼にはこんなことできないでしょ」


俺の身体を爽やかな香りが纏う中、頭上からはいつもよりトーン低めの樹の声が響く。
胸に手を置いて離れようとするも、後頭部に手を回されて胸にギュッと押しつけられ視界が暗くなる。

押しつけられた胸の筋肉の厚さを感じる。
俺が殴っても全く動じなさそうくらい厚い。

2人がどんな表情で話しているかはわからない。


「別にそんなことしたくないです…
なんでそんなブスを抱きしめたくなるのか不思議です…」


早乙女の言動はなんだか拗ねたように聞こえて、樹に抱きしめられている俺に嫉妬していることがひしひし伝わってくる。
早乙女のところに行ってやればいいのにと思っていると樹のデカい手に前髪をかきあげられる。


「なんだよ」

「んー、なんでもない」


樹は額同士を合わせると今にでも鼻がくっつきそうな距離で顔を近づけられた。


「ちょ、いつきっ…」

いくら男に興味がないからといってもこんなイケメンに至近距離で見つめられるのは緊張するものがある。


「健太」


いつもはけんちゃんと大型犬ように見えない尻尾を振って呼んでくるのに、今は色っぽい雰囲気を漂わせて俺の名前を呼んでくる。先生に向かって呼び捨てとは何事だと叱る余裕も今の俺にはない。


樹がさらに顔を近づけ、今にも唇がくっつきそうな距離になった時、背中に衝撃が走る。


「いった！！！！」


背中に走った衝撃の原因探るため、後ろを振り向くと俺のすぐ後ろにはおそらく俺の背中に衝突してきたであろうバレーボールが転がっている。早乙女が鬼のような形相で俺を睨んで、片手には借り物競走で持ってこられていたサッカーボールを持っていた。


「やめろ！！早乙女」


俺は恐ろしさから樹の腕から逃げて、救護テントの方へと走る。一方残された樹は早乙女を追いかけ俺の仇を取ってくれようとしているようだった。
樹に追われた早乙女はグラウンドに逃げ回る。


「樹先輩の趣味悪すぎですから」

「お前にそれ言われる筋合いないよ
あんなお題でけんちゃん連れて行っておいて」


そんな掛け合いを俺は遠目に眺めながら、この後2人の間でどんなことが行われるのだろうかとニヤケそうになるのを抑えた。