片翼の竜

もやしいため

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第二幕:始まりの一夜

028竜のお色直し5

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 それから更に半時間と少し。
 下着選びにも十数分ほどの時間が掛かっている。
 女性の支度は長いというが、下着を含めた一式を決めるだけで一時間に届きそうな大仕事になりそうだ。
 神殿の重鎮たちが喧々諤々しているはずの会議には短くくも、待ち時間としてはそれなりに長い時間が経っていた。

(旅先で毎度これじゃ時間が勿体無い……って逆か。アルカナだけじゃ服装に気遣うはずが無い。最悪どころか普通に裸で歩き回りかねないな)

 神殿関係者を黙らせる方策や、今後の転戦ルートについて考えていたはずが、一周回って日常の話に戻ってきていた。
 環境に合わせた装備の調達に意識を向けたのが失敗だったかもしれない、とヴァルは頭を振った。

(しかし……戦場でそんなことをしたら、男共の理性が持ちこたえられるはずが無い。
 十分注意……ってか、それはそれで神秘性やら芸術性やらで変に士気が上がりそうで怖いな)

 何とも馬鹿げた想像だが、アルカナは間違いなく竜神なので、注目やら信仰心やらを考えればあながち外れた感想でもない。
 長い待ち時間にあくびをかみ殺すヴァルは、頼んだとはいえ服装ごときにどれだけ掛かっているのだ、と半眼になってくる。
 ヴァルは傭兵たちと同様に常在戦場で実用主義であり、ものの数分で支度を済ませてしまうから余計に長く感じてしまう。

(先行きに不安しかねぇな……)

 軽く頭痛がし始めた時、ガチャリとドアノブが回る音がした。
 反射的に少し身構えてしまうのはさっきのことがあったからだろう。
 いろんな意味で覚悟をして竜神の登場を待つ。

 空気が変わるのが分かる。
 ドアが開かれ、ドヤ顔で出てきたアルカナを視界に入れた途端、ヴァルは引き込むように息が止まった。
 声も出せず、頭も回らず、ただ無防備な棒立ちでヴァルは目の前の空間を眺めていた。

 何と言えばいいか……そう、言葉が見付からないというのが彼の本音だ。
 周囲が明るく感じ、しかもその真ん中に彼女が居る。
 まさに『あぁ、こいつは神なんだな』と体感させるほどに神々しかった。

「ヴァル、おい。おーい、ヴァル?」

「あ、ダメですね。これは声が届いていません」

「余りの衝撃に心ここにあらず、という感じでしょうか」

 声が耳を滑り、視界の中をヒラヒラと手が往復するのも気にならない。
 余りの衝撃に思考が空転しているヴァルに向け、アルカナは「起きろヴァル」と告げ、雑に握った拳が振るわれる。

 ――ズガン

 人が壁に叩きつけられたとは思えない音がこだまする。
 若干神殿全体が揺れたかもしれない。
 そんな攻撃を受けたヴァルは「っぐぅ……」と唸る程度で済んでおり、勇者たる頑丈さを見せ付けていた。
 実に情けない姿ではあったが。

 ヴァルでなければ吹き飛ぶことなく腹に風穴が開いているはずだ。
 背中と……特に腹部に痛みを抱えるヴァルは、いくら何でもやりすぎだろう、と苦言を呈する。

「頼むからもっと穏便にしてくれ。毎度毎度これじゃ俺の身がもたねぇ……」

「すぐに反応しないからだ」

 人知れず治癒に力を回して立ち上がるヴァルの前で仁王立ちするアルカナは、余りにも厳しい言葉を得意げに投げて「ふんす」と荒く鼻息を吐く。
 その見た目とはアンバランスな動作に微笑ましく感じながら待ちわびているであろう評価を告げる。
 といっても……

「良く似合ってる。赤い法衣ってのもあったんだな。
 確かにアルカナには白よりも今みたいな少し暗めの赤とか、浅めの青の方が似合いそうだ」

 使えれば良い、効果的ならなお良しのヴァルは、本当にただの感想しか口にはできない。
 もう少しマシな言葉選びが出来ないかね、などと自重してしまう。
 ともあれ、そんな言葉でも見立てた侍女たちにとっては嬉しい賛美だ。

「勇者様に褒められました」

「アルカナ様もご満足いただけますね!」

「完璧に仕事をこなしたと認められましたね!」

 両手をつないで口々にそんな反応をする侍女二人を見てヴァルはホッと一安心する。
 何とか第二のアルカナナックルが繰り出されることはなくなり、命拾いしたようだった。

 改めて見るアルカナが身にまとうのは、無駄にキラキラする本人の見た目を落ち着かせるような少し暗めの赤い法衣。
 ワンピース型で胸元も大きめに開いており、その上から水蜥蜴の衣ケープを羽織っている。
 仮のつもりで渡していたが、意外にも気に入られているのかもしれない。

 また、法衣ががゆらゆら動くのが鬱陶しいのか、腰を周るようにごてごてとした荷物が入るベルトを締めている。
 コルセットのようにも防具のようにも見える不思議なシルエットになっていた。
 腰から下はフレアスカートの様に少し広がり、前面が膝上までで腿の半分が見え、側面と後ろは脹脛までと前後で丈が違う。
 ニーソに脛までのブーツを履くという明らかに装飾華美な格好にも関わらず、落ち着いている印象を与える意味不明さ。

 ちなみに侍女がおずおずと差し出したハイヒールは、未だ徒歩すら怪しいアルカナが明確な拒否をして実現せず落胆するシーンもあった。
 同じように腰に巻いたベルトは、元々は装飾付きのバックパックだったようで、こちらも「邪魔」と一刀両断したため、部屋の中央に寂しげに転がっている。
 アルカナらしい実用的な意見であるものの、余り肌を隠す気はなく、いっそチラ見せの精神に富んだ格好に仕上がっている。

 間違いなく似合うが旅や戦装束には程遠く、そもそもあんな法衣を着ていた信者などヴァルは見たことが無い。
 もしかして即席で作ったのか、と思い至ったヴァルは『敬虔な馬鹿信者共め』と密かに怒りに震えていた。
 後日改めて服装を用意してもらうことになりそうだ。

「赤が我に合う?
 ふむ……確かに山頂の景色は全て赤黒い光ばかりだったが」

「うん、そういう意味じゃないけどな」

 褒めたところで余り伝わっていない様子にがっくりと肩を落とす。
 少なくとも服を着てくれたので一応人の世に適応する気はあるらしい。
 そのことだけは評価しなくては、とヴァルは気を取り直して話を戻す。

「ならさっきのところへ戻ろうか。まぁ、何も進展して無いだろうけどな」

 相変わらず不毛な議論をしているだろう、議場へとアルカナを誘った。
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