片翼の竜

もやしいため

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第二幕:始まりの一夜

018最初の関門

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急激に戦闘モードへと切り替わったヴァルの頭は高速で回り出す。
そうして導き出された結論は―――

「ってぅぉい!?」

バッと即座に開いた手を引き戻してとにかく離れること。
反射的に距離を置いたヴァルは、臨戦態勢を維持したまま引き攣った顔でアルカナと相対する。

「急に前足を離して何なのだ。我が転んだらどうしてくれる?」

対して竜神は、ふらふらと身を揺らしつつも実に落ち着いた様子で首をかしげて手をひらひらと軽く振って事情を問う。
実際に転んでも怪我はしないが、色々と見えてはいけない部分が…そこまで考えたヴァルが頭を抱えて叫んだ。

「勇者が半裸の少女を連れてるのは絵的に非常に問題だ!」

「今更じゃないのか?」

端的に現実を告げるアルカナに、つい先程まで考えていた『まずいこと』が一挙に押し寄せたヴァルの内心では、まとまりきらない情報が吹き荒れる。
勇者としての立場や男としてのメンツといった、一般的に『世間体』という名の常識に苛まれていた。
敵を倒せば終わり、以外のことには疎いヴァルの思考はぐるぐると堂々巡りを続ける中、アルカナは淡々と状況説明を始めた。

「既に最初のヒトに見られてから三十分と少し。
 すれ違ったのは…アレ・・で既に六組でヒトが三十七だ」

「おまっ…気付いてたなら教えてくれよ?!」

「だから今説明しているではないか。
 我よりもヒトのことに明るいヴァルが黙ってることに気を留めろ、というのは不可能だろう」

真っ当な正論に、ヴァルは「はぁぁぁぁぁあ………」とただ深い溜息を零すのみ。
気にせず「オスが二十五でメスが十二」と追い討ちを掛ける、アルカナの言葉を聞けば聞くほど何もかもが今更だった。

「まったく、なんなのだ。さっさと進むぞ、ヴァル」

二足歩行に慣れないアルカナは、頭を抱えるヴァルに手を差し伸べる。
本来なら助け出すような印象を受ける光景だが、当のアルカナがふらふらしながらでは意味が真逆。
改めて溜息を一つ零し、ヴァルは不自由なアルカナが差し出した手を取って歩き出した。

(このままだと神殿行く前に不審者扱いされるよな…。
 結局服から手に入れるべきか…?
 いや、そもそもこの恰好で店に入れるわけにもいかないし…どうすっかなぁ)

ふらふらするアルカナを引きながら、もう少しだけ羞恥の心があればな、とヴァルの思考は堂々巡りを続ける。
アルカナ自身が必要としていないのに着るものが無くて困ってるんだから、アルカナに泣き付いたところで意味が無い。

「話を戻すが、我が移動するのに何故ヒト側の許可が要るのだ?」

本当に不思議そうに首を傾げるアルカナは、やはり服のことに触れない。
飼い犬にすら手を噛まれることがあることも思えば、言い方は悪いが『野生動物に人の許可を取れ』って意味不明だ。
ヴァルは「「そうだなぁ…と相槌を一つうち、考えをまとめる。

「アルカナが勝手に巣を出るなら別に良いんじゃないか?
 だが『俺と一緒に行く』ってのに許可が要りそうなんだよなぁ…しかも俺に」

許可を取らないと、神殿側は『ヴァルが竜神を連れ出した』と解釈するだろう。
たとえ竜神アルカナが違うと主張しても、何かしらの…それこそ『洗脳した』とでも因縁をつけ、神殿側の主張を覆さない。
何故なら竜神に、組織カルオットより個人ヴァルを選んだと思われては存在価値を問われてしまうからだ。

さして政治に明るくないヴァルでさえ思い至る道筋に、対策しないのは馬鹿のすること…。
とはいえ、思い付く方法では『宗教カルオット』を納得させられるとも思えない。
宗教を忌避するわけではなく、信仰心を持つからこそ現実を見ないこともあるのだ。

「ふむ…? なら我ではなくヒトヴァルの問題だろう?」

「いや、まぁ…そうなんだけどな」

「ならヴァルが何とかするはずだ」

「俺さ、たまにお前の重い信頼に潰されそうになるんだよね…」

「まだ半日経っていないのに脆弱なことを言い出すな」

真剣に零したヴァルの泣き言は、呆れた様子で叱るアルカナによって封殺された。
まさか半日と経たずに倫理的・道義的・社会的という全方位から問題が押し寄せてくるとは思っていなかったから仕方ない。

「人と話したことが無い引き篭もり竜とは思えないくらい的確に抉ってきやがる…」

「ふふん。我は火山に戻っても良いし、それこそこのまま我だけでどこかへ向かっても良いんだぞ?」

「神が人をいじめるのはどうかと思うんだ」

「我は神ではなく、ただの竜だ。それも片翼のとべない、な」

「おう、飛べないかたよく同士、仲良く行こうぜ?」

「ヴァルが我を神などと呼ぶから悪いのだ」

「ははっ、そうだったな」

つい最近まで殺し合いという名の訓練を延々としていた間柄なのに、馬が合うとはこのことだろうか。
歩行に悪戦苦闘するアルカナと、それを支えるヴァルの会話は、内容とは裏腹に和やかなやりとりが続く。
さてどう言い訳するか、とヴァルが考えている間にもカルオットが支配する街、イーオンが近付いてくる。

動物や魔物に比べて遥かに脆弱な人は、外敵を排除し身を守るための道具を作り出す。
それは武器や防具といった即物的なものから、継続的な効果を発揮する建築物まで様々だ。
人の手で生み出されるそれら生産物は、その他の生物のものとは一線を画する。

巨大で歴史のある街であればあるほど高く厚い城壁が設けられ、建造によって生存の領域を区切る。
高さと強靭さこそが権力の象徴で、このイーオンも類に漏れない。
いや、辺境にあることを思えば、余りに強固で巨大な城壁だと言えるだろう。
つまり一宗教のカルオットは、この僻地においてそれだけ大きな力を保有することに他ならない。

だからこそ問題でもあった。

突破するのならばともかく、こっそり中に入るのはヴァルの力を持っても難しく、嫌々ながらも水蜥蜴の衣ケープ姿のアルカナを連れて関所を通るしかないということだ。
人の目を気にするヴァルからすると、呼び止められる関所もさることながら、通過すべく列を成す人々も大きな障害に違いない。
そんな最初の難関まであと少し…人だかりが見え始めてくる。
ちらちらと集まる視線の先は言うまでもなく竜神アルカナ。

「ヴァル、ヴァル、方向が違うのではないか?」

「………良いんだよ。少し黙って来てくれ」

「ふむ? まぁ、構わんが」

トコトコ後を追ってくるアルカナの手を引いて、大きな交易路から横に逸れていく。
むやみに勇者の特権を使うのは忍びないが、今回は例外的な事情もあるし…とヴァルは関所の裏口を目指す。

「管理官、少し失礼するぞ」

ヴァルはそんな声を掛けて裏口の扉を開けた。
突然の訪問にぎょっとする室内。

「誰だ勝手に入ってくるな……ヴィクトル・ヘンライン卿!?」

「とりあえず声落としてくれるか?」

「はっ! これは失礼しました!!」

「聞けよお前…」

「こんなむさくるしいところに何用でしょうか?!」

「声がでけぇ!」

達人めいた踏み込みでするりと室内に入ったヴァルは、小さく怒鳴りながら静止も含めて乱暴に口を手で押さえる。
流麗な動きなのだが、残念なことにアルカナと手を繋いだままなので滑稽なワンシーンを演じてしまっていた。
自覚はあるのか、ヴァルは「まぁ、落ち着いてくれ」と言葉を繋いで状況を押し流す。

規約ルール違反は承知だが、今は何も聞かずに通してくれ」

「もぐ、もごご」

「…おっと、すまない。口をふさいだままだったな」

「委細承知いたしました!」

ヴァルが手放した途端、きびきびと最上位の相手へ向けての敬礼を行う管理官。
一体どんな『委細』を承知したのか疑問だが、いつもと同じ仕事をしていたら世界に認められた英雄の称号である『勇者』を持つヴァルが現れた。
浮かれるのも分かるが、それでも思わず「だからうるせえよ…」とヴァルがぼやいてしまうのは仕方なかろう。

隣を歩くアルカナは、屋内を実に楽しそうに見ながら関所内を通り、ようやくイーオンへと入る。
ただこれだけで精神力をごっそり持っていかれたヴァルは溜息を零した。
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