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第4章 欲望の悪魔と煌めきのカーニバル

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 俺のお気に入りの中華料理屋は、六区にも程近い場所にあったが、どちらかというと観光客より地元民やラーメン好きの利用が多い店だった。

「幸也……」

 店の前までやってくると、マオが興味深気に大窓の内側で働く店員を見つめる。手打ち麺が自慢の店なので、店先の大きな窓から麺を打つ様子が見られるようになっているのだ。



「ああ。ここは自分の店で麺を作ってるんだ。すげーよな。さ、混まない内に入ろうぜ?」

 マオは俺に促されると、まだ後ろ髪を引かれている様子だったが一緒に店に入った。

 昼前だったので席は空いていた。適当に座って、この店で人気の坦々麺を二つ注文し、水を飲みながら待っていると、知った顔が数人、店に入って来た。

「あれ、幸也!?」

 彼等は背中に楽器を背負っていた。

「久しぶりじゃん! ちょうど連絡しようと思ってたんだよ!」

 そう言うと、三人はずんずん店の奥までやって来て、勝手に隣の席に荷物を置いて座り込んだ。

「知り合いか?」

 マオが俺に尋ねる。

「ああ、フミとヒロとリョウ、高校時代の軽音部の友人だ」

「幸也、全然連絡よこさねーんだもん。元気だったか? この人友達?」

 フミが携帯を取り出しながら口先を尖らせる。

「ああ……バイト先の友達。今日もこれからバイトなんだ」

 俺が説明すると、ヒロがメニューを片手に尋ねた。

「坦々麺でいいよな?」

 フミとリョウが頷くと、ヒロは坦々麺を三つ注文する。

「そんでさ……」

 フミはいじっていた携帯の画面を、ずいと俺に向かって見せてきた。そこにはライブのフライヤーのような画像が映し出されている。

「俺達、今度そこのライブハウスで対バン決まったんだ。んでさ、ここへきていきなりギターが抜けちまって……幸也、まだギター弾いてるか?」

「え……いや、バイト忙しくて全然……」

 彼等は大学に進学して軽音サークルに入ったらしい。今でもちょこちょこライブをしているようだ。
 俺はと言えば、両親が亡くなってから全くギターを触っていなかった。弦はとっくに錆び付いているだろう。

「なあ、サポート頼めねぇか? 幸也上手かったし、すぐにまた弾けるようになるって!」

 リョウも前のめりに俺を見つめてくる。

「や、でも……練習してる時間ないし……」

「高校の頃に演った曲も混ぜるし、負担はかからないようにするから……頼む!」

 フミは両手を合わせて拝み倒してくる。

「でもなぁ……」

 俺が困っていると、先に注文した坦々麺が運ばれて来た。

「返事はすぐじゃなくていいから、考えておいてくれよ! な?」

 フライヤーの画像を見る限り、ライブの日程は八月末のようだった。開催までもう一ヶ月を切っている。とても時間に余裕のある状態では無かった。それでもフミ達は俺の返事を待ってくれるのだという。

「……分かった。考えておくけど、本当に無理かもしれないから、他の奴も当たっておいてくれよ?」

「サンキュー! 譜面と音源後で送るから! 急に邪魔して悪かったな」

 まだ参加するとは言っていないのだが、フミは俺の肩を叩くと二人と一緒に隣のテーブルに移って行った。

 マオがきょとんとした顔で俺を見つめている。

「何かの行事に参加するのか?」

「ん……まあ、まだやるか分かんねーけど……。さ、麺がのびる前に食っちまおうぜ」

 マオはまだ不思議そうな顔をしていたが、箸を手に取ると器の中を探った。

「これは……さっきそこで作っていた麺か?」

「ああ、やっぱ手打ち麺は食感が違うぜ……って、マオはこれが初めてのラーメンか」

 箸使いもだいぶ慣れてきたマオは、ずるずると麺をすすった。
 そして、少しもぐもぐした後、目を輝かせながらこちらを見てくる。

「美味いか?」

 マオは力強く頷いて、更に麺をすすりスープを飲んだ。
 普段表情に乏しいマオからすると、これはかなり美味しい顔だ。

 やっと一息ついたようで、彼は器から顔を上げると興奮した様子で報告してきた。

「麺がなんというか……もちもちしている……!」

 麺類はこれまで、確かパスタか素麺くらいしか食べさせていなかったはずだ。

「ああ……もちもちしてるよな」

 俺もマオの勢いに負けず、坦々麺を平らげた。
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