55 / 92
第4章 欲望の悪魔と煌めきのカーニバル
53
しおりを挟む
俺のお気に入りの中華料理屋は、六区にも程近い場所にあったが、どちらかというと観光客より地元民やラーメン好きの利用が多い店だった。
「幸也……」
店の前までやってくると、マオが興味深気に大窓の内側で働く店員を見つめる。手打ち麺が自慢の店なので、店先の大きな窓から麺を打つ様子が見られるようになっているのだ。
「ああ。ここは自分の店で麺を作ってるんだ。すげーよな。さ、混まない内に入ろうぜ?」
マオは俺に促されると、まだ後ろ髪を引かれている様子だったが一緒に店に入った。
昼前だったので席は空いていた。適当に座って、この店で人気の坦々麺を二つ注文し、水を飲みながら待っていると、知った顔が数人、店に入って来た。
「あれ、幸也!?」
彼等は背中に楽器を背負っていた。
「久しぶりじゃん! ちょうど連絡しようと思ってたんだよ!」
そう言うと、三人はずんずん店の奥までやって来て、勝手に隣の席に荷物を置いて座り込んだ。
「知り合いか?」
マオが俺に尋ねる。
「ああ、フミとヒロとリョウ、高校時代の軽音部の友人だ」
「幸也、全然連絡よこさねーんだもん。元気だったか? この人友達?」
フミが携帯を取り出しながら口先を尖らせる。
「ああ……バイト先の友達。今日もこれからバイトなんだ」
俺が説明すると、ヒロがメニューを片手に尋ねた。
「坦々麺でいいよな?」
フミとリョウが頷くと、ヒロは坦々麺を三つ注文する。
「そんでさ……」
フミはいじっていた携帯の画面を、ずいと俺に向かって見せてきた。そこにはライブのフライヤーのような画像が映し出されている。
「俺達、今度そこのライブハウスで対バン決まったんだ。んでさ、ここへきていきなりギターが抜けちまって……幸也、まだギター弾いてるか?」
「え……いや、バイト忙しくて全然……」
彼等は大学に進学して軽音サークルに入ったらしい。今でもちょこちょこライブをしているようだ。
俺はと言えば、両親が亡くなってから全くギターを触っていなかった。弦はとっくに錆び付いているだろう。
「なあ、サポート頼めねぇか? 幸也上手かったし、すぐにまた弾けるようになるって!」
リョウも前のめりに俺を見つめてくる。
「や、でも……練習してる時間ないし……」
「高校の頃に演った曲も混ぜるし、負担はかからないようにするから……頼む!」
フミは両手を合わせて拝み倒してくる。
「でもなぁ……」
俺が困っていると、先に注文した坦々麺が運ばれて来た。
「返事はすぐじゃなくていいから、考えておいてくれよ! な?」
フライヤーの画像を見る限り、ライブの日程は八月末のようだった。開催までもう一ヶ月を切っている。とても時間に余裕のある状態では無かった。それでもフミ達は俺の返事を待ってくれるのだという。
「……分かった。考えておくけど、本当に無理かもしれないから、他の奴も当たっておいてくれよ?」
「サンキュー! 譜面と音源後で送るから! 急に邪魔して悪かったな」
まだ参加するとは言っていないのだが、フミは俺の肩を叩くと二人と一緒に隣のテーブルに移って行った。
マオがきょとんとした顔で俺を見つめている。
「何かの行事に参加するのか?」
「ん……まあ、まだやるか分かんねーけど……。さ、麺がのびる前に食っちまおうぜ」
マオはまだ不思議そうな顔をしていたが、箸を手に取ると器の中を探った。
「これは……さっきそこで作っていた麺か?」
「ああ、やっぱ手打ち麺は食感が違うぜ……って、マオはこれが初めてのラーメンか」
箸使いもだいぶ慣れてきたマオは、ずるずると麺をすすった。
そして、少しもぐもぐした後、目を輝かせながらこちらを見てくる。
「美味いか?」
マオは力強く頷いて、更に麺をすすりスープを飲んだ。
普段表情に乏しいマオからすると、これはかなり美味しい顔だ。
やっと一息ついたようで、彼は器から顔を上げると興奮した様子で報告してきた。
「麺がなんというか……もちもちしている……!」
麺類はこれまで、確かパスタか素麺くらいしか食べさせていなかったはずだ。
「ああ……もちもちしてるよな」
俺もマオの勢いに負けず、坦々麺を平らげた。
「幸也……」
店の前までやってくると、マオが興味深気に大窓の内側で働く店員を見つめる。手打ち麺が自慢の店なので、店先の大きな窓から麺を打つ様子が見られるようになっているのだ。
「ああ。ここは自分の店で麺を作ってるんだ。すげーよな。さ、混まない内に入ろうぜ?」
マオは俺に促されると、まだ後ろ髪を引かれている様子だったが一緒に店に入った。
昼前だったので席は空いていた。適当に座って、この店で人気の坦々麺を二つ注文し、水を飲みながら待っていると、知った顔が数人、店に入って来た。
「あれ、幸也!?」
彼等は背中に楽器を背負っていた。
「久しぶりじゃん! ちょうど連絡しようと思ってたんだよ!」
そう言うと、三人はずんずん店の奥までやって来て、勝手に隣の席に荷物を置いて座り込んだ。
「知り合いか?」
マオが俺に尋ねる。
「ああ、フミとヒロとリョウ、高校時代の軽音部の友人だ」
「幸也、全然連絡よこさねーんだもん。元気だったか? この人友達?」
フミが携帯を取り出しながら口先を尖らせる。
「ああ……バイト先の友達。今日もこれからバイトなんだ」
俺が説明すると、ヒロがメニューを片手に尋ねた。
「坦々麺でいいよな?」
フミとリョウが頷くと、ヒロは坦々麺を三つ注文する。
「そんでさ……」
フミはいじっていた携帯の画面を、ずいと俺に向かって見せてきた。そこにはライブのフライヤーのような画像が映し出されている。
「俺達、今度そこのライブハウスで対バン決まったんだ。んでさ、ここへきていきなりギターが抜けちまって……幸也、まだギター弾いてるか?」
「え……いや、バイト忙しくて全然……」
彼等は大学に進学して軽音サークルに入ったらしい。今でもちょこちょこライブをしているようだ。
俺はと言えば、両親が亡くなってから全くギターを触っていなかった。弦はとっくに錆び付いているだろう。
「なあ、サポート頼めねぇか? 幸也上手かったし、すぐにまた弾けるようになるって!」
リョウも前のめりに俺を見つめてくる。
「や、でも……練習してる時間ないし……」
「高校の頃に演った曲も混ぜるし、負担はかからないようにするから……頼む!」
フミは両手を合わせて拝み倒してくる。
「でもなぁ……」
俺が困っていると、先に注文した坦々麺が運ばれて来た。
「返事はすぐじゃなくていいから、考えておいてくれよ! な?」
フライヤーの画像を見る限り、ライブの日程は八月末のようだった。開催までもう一ヶ月を切っている。とても時間に余裕のある状態では無かった。それでもフミ達は俺の返事を待ってくれるのだという。
「……分かった。考えておくけど、本当に無理かもしれないから、他の奴も当たっておいてくれよ?」
「サンキュー! 譜面と音源後で送るから! 急に邪魔して悪かったな」
まだ参加するとは言っていないのだが、フミは俺の肩を叩くと二人と一緒に隣のテーブルに移って行った。
マオがきょとんとした顔で俺を見つめている。
「何かの行事に参加するのか?」
「ん……まあ、まだやるか分かんねーけど……。さ、麺がのびる前に食っちまおうぜ」
マオはまだ不思議そうな顔をしていたが、箸を手に取ると器の中を探った。
「これは……さっきそこで作っていた麺か?」
「ああ、やっぱ手打ち麺は食感が違うぜ……って、マオはこれが初めてのラーメンか」
箸使いもだいぶ慣れてきたマオは、ずるずると麺をすすった。
そして、少しもぐもぐした後、目を輝かせながらこちらを見てくる。
「美味いか?」
マオは力強く頷いて、更に麺をすすりスープを飲んだ。
普段表情に乏しいマオからすると、これはかなり美味しい顔だ。
やっと一息ついたようで、彼は器から顔を上げると興奮した様子で報告してきた。
「麺がなんというか……もちもちしている……!」
麺類はこれまで、確かパスタか素麺くらいしか食べさせていなかったはずだ。
「ああ……もちもちしてるよな」
俺もマオの勢いに負けず、坦々麺を平らげた。
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!
芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️
ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。
嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる!
転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。
新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか??
更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
嫌われ者の悪役令息に転生したのに、なぜか周りが放っておいてくれない
AteRa
ファンタジー
エロゲの太ったかませ役に転生した。
かませ役――クラウスには処刑される未来が待っている。
俺は死にたくないので、痩せて死亡フラグを回避する。
*書籍化に際してタイトルを変更いたしました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる