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第2章 魔王様バイトをはじめる
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「おっけー」
マスターがこちらの様子に気付いてやって来た。
「注文は決まった?」
「エビピラフとナポリタンをお願いします! 飲み物は……」
「アイスコーヒーで良ければサービスするわよ?」
「ありがとうございます! いつもすいません」
「素敵な人材の紹介料ね」
森田さんはそう言って微笑むとカウンターへ戻った。それを見届けてから、俺は小声でマオに囁く。
「……多分、採用して貰えると思うけど、さっき言った通り、お前は俺の家で居候している浪人生って設定だから、そこ忘れないようにな」
「ロウニンセイとはなんだ?」
「あーっと……」
それから俺は、エビピラフを食べながら今後想定される質問の答えや、その言葉の意味をマオに教え込んだ。
「ううむ……人間界も奥が深いな……」
マオはやっと上手く巻けるようになったフォークで、ナポリタンを一口食べると溜息を吐いた。
「すぐに慣れるさ。一気に覚えらんなかったら、変な事言う前に俺に話振ってくれればいいから」
そう言って俺は、バターが香るピラフとぷりぷりのエビを口に運んだ。良く染みたブイヨンと程良い塩加減がクセになる。まどろみのピラフはこうでなければ。
「ナポリタンも美味いだろ?」
「ああ、ちと食いづらいが甘さと旨味のバランスが良いな。だが何故わざわざ細長く加工したんだ?」
「え……な、なんでだろうな? しらねーわ」
パスタがなんで細長いかなんて考えた事も無かった。細長くないやつだってあるし、単にソースとの相性だったりするのだろうか。
でも確かに一番最初に細長くしようと思い付いたのは、何がきっかけだったのだろう。そう考えると、そばやうどんだって同じだ。
俺が突如として現れた難問に頭を悩ませていると、マオはアイスコーヒーに口をつけて言った。
「コーヒーという飲み物も、安らぎをもたらす良い香りと色だ。夜の闇のようで落ち着くな」
今度はやけに詩的な感想だが、当人はいたって真面目な様子だ。
「ああ、そりゃ良かった。今度からお前も淹れる側になるからな」
マオの不可思議な言動には面食らってばかりだが、悪魔の王の癖に一緒に居て嫌な感じはしない。
俺達はその後、マスターにお代を払って挨拶すると、コンビニへと向かった。
「人間が随分減ったな」
しばらく歩くと、マオは辺りを見回しながら呟いた。
「この辺は会社とか住宅しかないから観光客が少ないんだ。コンビニのお客さんも、近くの住民か会社員くらいだよ」
自動ドアから店内に入ると、夏の日差しに炙られた身体がスーッと冷えていく。
「お、幸也早いじゃん、どーしたの?」
バックヤードへ向かおうとすると、品出しをしていた五十代くらいの親父さんが、気さくに声を掛けてきた。
彼は高橋さん。店長より年上だが気持ちが若く、バイトの若い世代とも同じようなテンションで明るく話す、親しみやすい人だった。
「お疲れ様です! 今日は友達の面接の付き合いで、ちょっと早めに来ました」
「面接?」
「バイト募集してたので、友達を紹介しようかなって……こいつ、喜多川マオって言います」
俺が促すと、マオが背後から顔を覗かせた。
「へぇ! 随分男前だねぇ、芸能人じゃないんだろ?」
「良く言われるんすよね~。中身はちょっと天然気味なんですけど……。じゃ、一旦バックヤード行ってきますね!」
「おう! 喜多川君、気に入られるといいね」
高橋さんに笑い掛けられて、マオは少し驚いたような顔で頷いた。
そして俺達は、店の奥の扉からバックヤードへ入ると、ロッカーと冷凍ストッカーの隙間を抜けて、ほぼ通路レベルの激狭空間に並んで立った。
防犯モニターとパソコンに向かって座っていた店長が、我々に気付いてこちらを振り向く。
マスターがこちらの様子に気付いてやって来た。
「注文は決まった?」
「エビピラフとナポリタンをお願いします! 飲み物は……」
「アイスコーヒーで良ければサービスするわよ?」
「ありがとうございます! いつもすいません」
「素敵な人材の紹介料ね」
森田さんはそう言って微笑むとカウンターへ戻った。それを見届けてから、俺は小声でマオに囁く。
「……多分、採用して貰えると思うけど、さっき言った通り、お前は俺の家で居候している浪人生って設定だから、そこ忘れないようにな」
「ロウニンセイとはなんだ?」
「あーっと……」
それから俺は、エビピラフを食べながら今後想定される質問の答えや、その言葉の意味をマオに教え込んだ。
「ううむ……人間界も奥が深いな……」
マオはやっと上手く巻けるようになったフォークで、ナポリタンを一口食べると溜息を吐いた。
「すぐに慣れるさ。一気に覚えらんなかったら、変な事言う前に俺に話振ってくれればいいから」
そう言って俺は、バターが香るピラフとぷりぷりのエビを口に運んだ。良く染みたブイヨンと程良い塩加減がクセになる。まどろみのピラフはこうでなければ。
「ナポリタンも美味いだろ?」
「ああ、ちと食いづらいが甘さと旨味のバランスが良いな。だが何故わざわざ細長く加工したんだ?」
「え……な、なんでだろうな? しらねーわ」
パスタがなんで細長いかなんて考えた事も無かった。細長くないやつだってあるし、単にソースとの相性だったりするのだろうか。
でも確かに一番最初に細長くしようと思い付いたのは、何がきっかけだったのだろう。そう考えると、そばやうどんだって同じだ。
俺が突如として現れた難問に頭を悩ませていると、マオはアイスコーヒーに口をつけて言った。
「コーヒーという飲み物も、安らぎをもたらす良い香りと色だ。夜の闇のようで落ち着くな」
今度はやけに詩的な感想だが、当人はいたって真面目な様子だ。
「ああ、そりゃ良かった。今度からお前も淹れる側になるからな」
マオの不可思議な言動には面食らってばかりだが、悪魔の王の癖に一緒に居て嫌な感じはしない。
俺達はその後、マスターにお代を払って挨拶すると、コンビニへと向かった。
「人間が随分減ったな」
しばらく歩くと、マオは辺りを見回しながら呟いた。
「この辺は会社とか住宅しかないから観光客が少ないんだ。コンビニのお客さんも、近くの住民か会社員くらいだよ」
自動ドアから店内に入ると、夏の日差しに炙られた身体がスーッと冷えていく。
「お、幸也早いじゃん、どーしたの?」
バックヤードへ向かおうとすると、品出しをしていた五十代くらいの親父さんが、気さくに声を掛けてきた。
彼は高橋さん。店長より年上だが気持ちが若く、バイトの若い世代とも同じようなテンションで明るく話す、親しみやすい人だった。
「お疲れ様です! 今日は友達の面接の付き合いで、ちょっと早めに来ました」
「面接?」
「バイト募集してたので、友達を紹介しようかなって……こいつ、喜多川マオって言います」
俺が促すと、マオが背後から顔を覗かせた。
「へぇ! 随分男前だねぇ、芸能人じゃないんだろ?」
「良く言われるんすよね~。中身はちょっと天然気味なんですけど……。じゃ、一旦バックヤード行ってきますね!」
「おう! 喜多川君、気に入られるといいね」
高橋さんに笑い掛けられて、マオは少し驚いたような顔で頷いた。
そして俺達は、店の奥の扉からバックヤードへ入ると、ロッカーと冷凍ストッカーの隙間を抜けて、ほぼ通路レベルの激狭空間に並んで立った。
防犯モニターとパソコンに向かって座っていた店長が、我々に気付いてこちらを振り向く。
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