上 下
6 / 92
第1章 東京浅草、魔王降臨す

4

しおりを挟む
「すごい音がしたから何かと思ったわい」

 ご主人が辺りを見回しながら物置に入ってくる。

「すいません、扉が勝手に閉まっちゃって何も見えなくて……本の山を崩してしまいました」

「扉が? 風はそんなに強くも無かったが……そりゃすまんかったのう。じゃあ何か重い本でもつっかえさせとくか……よし、これで大丈夫じゃ」

 ご主人は分厚い図鑑のような物を、扉の隙間にねじ込んだ。
 不用品とはいえ、あまりに雑な扱いを受ける本が少し哀れだ。

「あの、この本なんですけど……」

 光ってましたなんて言って、信じて貰えるか分からないが、俺はとりあえずその不気味な本をご主人に突き出した。

 ご主人は、瓶底眼鏡をくいと持ち上げて本を手に取ると、しげしげとそれを眺める。

「んん、なんじゃこりゃ? 何語かさっぱり分からん……それに、これだけ痛んでおると美術的価値も全く無いなあ。はて、こんな本うちにあったかのう? んで、こいつがどうかしたか?」

「いやその……光ってたんです、それ」

 俺がそう言うと、ご主人は一瞬ぽかんとしていたが、その本をこちらに返しながら笑った。

「この本がお前さんにとって輝いて見えたと言うなら、持って行って良いぞ。どうせ、ここにある本は全部処分するんじゃ。他にも気に入ったもんがあれば持って行くと良い。じゃあ頼んだぞ」

 そう言うと、ご主人はさっさと店に戻ってしまった。別に気に入ったという意味ではなかったのだが。

(読めない古本貰ってもなぁ……)

 俺はその後、午前中いっぱいかけて物置の三分の一くらいを片付けた。
 古いがまだ読めそうな絵本が何冊か見つかったので、そらとうみ用に貰って帰ろうと思う。

「すいません、今日はここまでになります……」

 俺が店に戻ると、カウンターの前に座って新聞を広げていたご主人が顔を上げた。予想通り、店内に客の姿は一人も無い。

「おお、ご苦労さん。んじゃほれ今日の分。また続きも宜しくな」

 ご主人は机の脇に置いてあったクシャクシャの茶封筒を掴むと、俺にほいと手渡した。今日の分という事は、別日の分も支給されるようだ。

 ぬか漬けみたいとか思ってごめんなさいと心の中で謝罪しながら、俺はそれを受け取る。

「ありがとうございます。あ、絵本を何冊か貰って帰っても良いですか?」

 俺はさっき見つけた絵本を、ご主人に広げて見せた。

「おお、ええぞ、好きにせい」

「小さい弟妹がいるので助かります」

 俺は報酬と絵本を一緒にバックに仕舞うと、ご主人に挨拶して店を出た。

 ちなみに例の光る本は、気にはなったが読めない物を貰っても重いだけだし、物置に置いたままにしておいた。

 俺は急いでママチャリに跨り、次のバイト先へ向かう。

 と、まあここまでが今日の午前中に起きた出来事だ。俺が説明している間、魔王はただ静かに頷いたり瞬きをしながら話を聞いていた。

「とりあえずこれで半分ですね」

「……お前には弟妹がいるのだな」

 魔王は相変わらず表情の無い顔で呟いた。

「ええ、まだ小さいので今日も早く帰らないと心配なんですけどね?」

「そうか、では続きを頼む」

 魔王は気付いているのかいないのか、俺の帰りたいアピールを完全に無視すると、話の続きを促した。

(ダメか……こうなったら最後までさっさと話してしまおう)

 俺は観念して、そのまま午後の出来事について話し始める。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

後宮の記録女官は真実を記す

悠井すみれ
キャラ文芸
【第7回キャラ文大賞参加作品です。お楽しみいただけましたら投票お願いいたします。】 中華後宮を舞台にしたライトな謎解きものです。全16話。 「──嫌、でございます」  男装の女官・碧燿《へきよう》は、皇帝・藍熾《らんし》の命令を即座に断った。  彼女は後宮の記録を司る彤史《とうし》。何ものにも屈さず真実を記すのが務めだというのに、藍熾はこともあろうに彼女に妃の夜伽の記録を偽れと命じたのだ。職務に忠実に真実を求め、かつ権力者を嫌う碧燿。どこまでも傲慢に強引に我が意を通そうとする藍熾。相性最悪のふたりは反発し合うが──

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...