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第6章 言葉たちを沈めて

3.妻の思い

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 慣れた動作で裏口を通り抜け、キッチンに向かう。

(今日は何が入ってるかな~と?)

 俺が冷蔵庫に手を伸ばした時、後ろから誰かが近付いてくる気配がした。きっと妻だろう。
 冷蔵庫に麦茶でも取りに来たのかもしれない。俺はそっと冷蔵庫の前から脇に避け、振り返ると予想通り割烹着に身を包んだ妻が立っていた。

 しかし、彼女の様子はいつもと少し違うようだ。

『あなた……そこに居るんでしょう……?』

 いつもなら素通りしていた筈の彼女が突然話し掛けてきたのだ。無論、キッチンには俺と彼女しか居ない。

(まさか、見えて……?)

 しかし、彼女の視線は俺にぴったりと合ってはいなかった。

『もし、そこに居るならちょっとだけ聞いてくれる? 私ね、たまにあなたが家に帰ってきて、冷蔵庫の前や厨房に居るような気配を感じていたの。死んじゃっても、まだ料理がしたいのかしらって思ったら、ちょっと可笑しかったけど……』

 彼女はそう言いながら、いつものように笑った。

『伝えておきたかったの。だってあなた……あまりにも急だったから、ちゃんと言えなかったんだもの……』

 そう言って彼女は俯向いた。

『……あのね、ええと……』

 照れたように笑いながら、でもとても真剣に、心の底から絞りだすように震える声で彼女は言った。

『……今まで、私と一緒に生きてくれてありがとうございました。私……本当に幸せだったわ……』

 俺は元々楽天的な性質で、うっかり死んじまって幽霊になってからも、後悔なんてした事は無かった。

 だが、この時ばかりは彼女に声を掛けてやれない事がもどかしかった。
 愛する人の手を握って、抱きしめてやる事は、もう俺には出来ないのだ。

『……礼を言わなくっちゃなんねえのは俺の方だ。いつも好き勝手させて貰って……支えてくれて、ありがとうな……』

 聞こえてはいないだろうと思ったが、俺はついそう口にしていた。

『どう……いたしまして……』

『えっ?』

『お前……聞こえて……?』

 その時、俺はやっぱり思ったんだ。

 友和、記憶が無かったのだとしても、多分お前は彼女にもう一度会いたかったんだ。

 そしてもう一度、ちゃんと話がしたいんだと思う。
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