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第1章 誘いの電話は突然に

4.噂

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 その店は、ある海辺の町の近くに現れる屋台式のラーメン屋なのだそうだ。冬から春になろうかというこの季節になると、日が沈んでから夜が明けるまでの間に、何処からともなく、突然現れるらしい。

 屋台が目撃されるのは、いつも町外れの人通りの少ない場所だが、決まった場所に定期的にやって来るという訳ではないそうで、何処に現れるのかは全く予測がつかないらしい。

 目撃者によると、木製の屋台はかなり古いものらしく、店の外観は相当みすぼらしいという。暖簾の文字もくすんでほとんど判読出来ないので、店名も分からないそうだ。

(うちの家といい勝負かもしれないな……)

 その屋台に行ってみたいと思って調べても、出てくるのは似たような噂話ばかりで、店に関する明確な情報は無いらしい。当然店のホームページやSNSアカウントも存在しない。こうした目撃談以外には何の手掛かりも無いのだ。

(殆ど都市伝説みたいな話だな……。それにしても、そんな不気味なラーメン屋に突然出会って、何も気にせず暖簾を潜る客なんてそう居ない気がするが……)

 しかし湊川君の調べによると、酔っ払いが帰宅途中に立ち寄った例がこれまでに何件か在ったのだという。
 それも、特にオカルト好きな人物という訳ではなく、普通の社会人男性ばかりだ。彼等は住んでいる所も勤務先もバラバラで、お互いに面識は無いらしい。しかし、それぞれの証言はかなり合致していたのだそうだ。

 酔っていたのでうろ覚えではあったらしいが、店には主人らしい男性が一人だけおり、ラーメンも彼が一人で作っていたという。
 商い中ずっと外におり冷えるからか、主人は厚手の黒いコートを頭から被っており、顔は良く見えなかったそうだ。

 そして、体験者が口を揃えて言うのは、確かに店も主人も不気味ではあるが、そんな事はどうでも良いと思える程、出されたラーメンが美味かったという事だった。
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