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21.ヴァンパイアと狼

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「俺の番に何してんだ!!」

 そんな怒鳴り声と共に準備室入ってきたのは焦がれていたルーだった。

「ルー!!!」
「狼男が。ならば心配あるまい」
「その、手を、離せ」

「止まれ」

 耳を逆立て牙を生やしたルーが、今にも襲いかかる寸前の体勢で突然体を止めてしまう。

「る、ルー……?」
「そこで見ていろ狼男。お前の番が組み敷かれるのをな」

 グルル、グルルルと唸る声が聞こえるだけで、ルーは1歩も動こうとしない。

「なに、ルーに何したんだよ……!」
「黙れ人間。お前は黙って喘いでいればいいのだ」
「えっやっ……!」

 ヴァンパイアの指が最後の布に触れた時、

「そこまでよ兄さん!!!」

 息を切らしたミラが駆け込んで来た。



「待ち合わせ場所にいないから、まさかと思って!狼男に知らせたらすっ飛んで行くものだから遅れたわ!」

「お前は我が妹……なるほどなるほど。これは失敗したな。約束の相手とは妹のことだったのか」

 こ、こいつがミラの兄……!?
 ようやく離されたズキズキと痛む手を撫で、急いでズボンを引き上げる。

「ルー、ルー大丈夫……?」

 支度を整えながらルーの側に駆け寄ると、ルーはまだ体勢を変えずにひたすらミラの兄を睨みつけていた。

「もうよい。妹に不祥事だと騒がれても困る」

 その言葉と共にパチンと指を鳴らすと、ルーの体は一気に崩れ落ちた。

「ルー!!!」

 崩れ落ちたルーの体をどうにか支えようとしていると、

「お前、俺の事より自分の心配をしろよ……」
 脂汗が滴るルーが、ひどく疲れたようにそう告げた。



「優希はもう言って。私は兄さんと話し合うから」
「全く可愛い妹だよ。あまり兄を虐めないでくれ」

 大きくため息を吐き出しながら、不遜気にそう言い放つヴァンパイアは、確かにミラとよく似た綺麗な顔立ちだった。だいぶ男性的ではあるけれど。
 なぜあんなに初対面からずっと赤い目ばかりが目に入ったのが今となっては分からない。

「俺は絶対にお前の顔を忘れないからな。覚えておけよ」

 ルーの捨て台詞をまるで聞こえないかのように、割れた備品の片付けをし始めたミラの兄。

 その姿を背に、俺たちは寮に戻ることにした。



「ルー、本当に大丈夫か……?」
「大丈夫だ。クソッお前にはこんな姿見せたくなかった……」

 強気で返してはいるが未だにルーの消耗は酷く、俺が肩を貸してどうにか進めている。

「ヴァンパイアが人狼族より強いってのはこういうことだ。……中位が上位に逆らっても別にこうはならない。俺たちだけがこうなる。あいつらにとっては取るに足らない存在だろうし、俺たちはヴァンパイア一族を嫌っている。ごく1部の眷属……じゃない、仲間になった人狼族以外はな」

 そんな大変な思いまでして、俺のために逆らってくれたのか……。
 俺も凄く怖かったけど。ちょっと嬉しいような、申し訳ないような、そんな複雑な気持ちだ。

「うっ……」
「ルー?ちょっとそこの木陰で休むか?もう寮の目の前だけど」

 支えきれなくなってきたのもあり、木の根にルーを降ろす。

「水でも汲んでこようかな」

 立ち上がった俺の手を弱々しく引っ張り、

「お前が……」
「どうした?」

 と屈むと、

「優希が、ここでキスしてくれたら治る」

 と言って笑った。

「なっ!バカ!心配してんのに……!」
「してくれないのか」
「うっ、」

 いつも不敵に笑うルーの、こんな弱々しい姿なんて初めてで動揺してしまう。

「キス、すればいいのか?」

 と返すと、素直に目を瞑って待っている。
 実はルーにはまだ先程から耳が生えたままで、ワクワクしているのが耳の動きで丸分かりだったりする。
 自分から人にキスをするのは初めてのことなので、また違った緊張がある。

「……ん」

 思い切ってその薄い唇に触れてみると、

「もっとだ」

 と言われる。け、けっこう頑張ったのに……!
 ええいっ男なら気合いだ!
 思い切って唇を舐めてみると、そのままお互いの舌が絡みだす。

「ん、んむ、ふっ」

 息が苦しくなってきた頃、そのまま頭を掴まれて押し倒された。

「んう!?る、む、んんっ」

 酸欠寸前までの長いキスが終わると、ルーは息の荒い俺の胸にぽすっと頭を乗せた。

「……もうダメかと思った」
「ルー?」
「ヴァンパイアは、獲物を見つけると魅了を使って精神支配をする。相手はまともな感情もないままあいつらの子を産むことになる。目が覚めるのは産んだ後だ」

……それはえげつない話だな。ある意味それまで目覚めないのは幸せなことなのかもしれない。

「優希が俺から奪われると思った。相手候補のメンバーならまだいい。だがあんな奴に……!」
「ルー」

 垂れた耳の間をそっと撫でる。今度は撫でても怒らないでくれよ。

「もう大丈夫だ。ミラがきっとなんとかしてくれる」
「……礼、言わないといけなくなったな」
「これからは仲良くしてくれよ」
「はっ、それはどうかな」

 いつもの勝気なルーに戻ったな。
 ルーは起き上がり、何事もなかったように伸びをする。

「学校の昼食、食い逃したな。部屋に戻るか」
「俺が何か作るよ」
「……またあの微妙なパスタか」
「じゃあ作り方教えてくれよ!ルーの部屋酒しかなくて調味料揃ってないくせに」
「生意気言うようになっちまったな」

 お互い軽口を叩き、まだふらつくルーを横で支えながら俺たちの部屋に戻った。
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