ナミダルマン

ヒノモト テルヲ

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えぴそうど6

コユキ

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小さな町の小さな居酒屋。
気さくで明るいばあさんが、ひとりでやっていた。

「笑ってくらせりゃ最高さ」
それが口ぐせ。
店の名はコユキだが、ばあさんの名前かどうか、お客は知らない。
ただみんな、店の名から彼女をコユキさんと呼んでいた。
ママでもいいのだが、そう呼ぶと決まって彼女は笑って言うのだ。
「わたしゃ、あんたを産んだ覚えはないよ」



毎年冬になると、その店の入口には雪ダルマが置かれた。
雪をかき集めて、コユキさんが作る。
「店の名前に合っていて、いいじゃないか」
彼女は、なぜか雪ダルマを気にいっていて、でこぼこでも自分で作る。
いっそ張りぼての雪ダルマを置けばと客に言われると、笑って答える。
「春が近づいて、融けて消えるからいいんだよ」
そして、かならず空を見上げて言うのだ。
「だって、また冬が来るのが、楽しみになるから」

ところが今年は暖冬で、雪は積もらなかった。
「雪ダルマ、今年は作れないかねえ」
馴染みの客たちは、
雪が降ったらすぐに雪ダルマを作ってやるよと言って待ちかまえたが、
天気予報さえ雪が降るとは言わなかった。
「このまんま春じゃ、ものたりないねえ」

いつになく笑い顔の少ないコユキさんだった。
そろそろ、店を閉めようかと考えているようだ。
「わたしももう、おばあちゃんだからねえ」
客たちは、このままじゃ本当に店を閉めかねないと心配した。
雪の降らないまま、春は近づいて来る。


三月三日はコユキさんの言う誕生日。
「この日ならわすれないもの」
本当かどうかは、わからない。
が、その日、店の前に小さな雪ダルマがたくさんあった。
客たちが山へ行き、かき集めた保冷ボックスに、
入れられるだけの雪ダルマを作って運んだのだった。

コユキさんは、うれしくて子供のように笑っていた。


それから数日後の、また冬にもどったような寒い日の朝。
コユキさんはたおれた。
それでも夜には、いつものようにお店を開けた。
ひと通り準備をしてのれんをかけて、疲れたように椅子に腰かけた。
そしてそのまま、壁にもたれていた。

「ピンピンして、コロリと死ねたらいいね」
楽しそうにそう言う彼女が好きで、
いつも一番に来るゲンさんが声をかけたとき、
かすかに彼女は言った。
「先生を、呼んでちょうだい」

ゲンさんが、かかりつけ医の山田先生を呼んで間もなく、
コユキさんは静かに息をひきとった。
彼女が言っていたように、あっけなく。

山田先生は頼まれていた通りに、
家族の代理としてコユキさんの葬儀をおこなった。


小雪の降る朝、病院の前に捨てられていたから名前はコユキ。
その日がその人の誕生日。
陽気な八十歳のばあさん。
くちぐせは「笑ってくらせりゃ最高さ」


居酒屋コユキはゲンさんが引き継いだ。
今は陽気で若い小雪さんが店に立っている。
冬には雪が降っても降らなくても、店の前に雪ダルマを並べた。
春が近づいて、雪ダルマが融けて消えると客たちは
また来る冬が楽しみになるからと。
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