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欧州での出来事

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幼いころ、祐子の父が西洋絵画を家に持って帰って来てから、祐子の画家としての人生が始まった。
その絵は、祐子の家の壁一面ほどにもなる大きなキャンバスいっぱいに天使が描かれたもの。
一瞬で祐子は絵の虜になった。

何度も絵の前に座り、絵具を使って真似をして描いた。

10歳の誕生日にフミからプレゼントされた画集に夢中になり、それからは毎年、画集と画材がプレゼントされるようになった。

祐子が15歳になったある日。
フミに西洋画がそんなに好きなら欧州に行って勉強をしたらどうかと提案された。
祐子の父が買ってきた絵を描いた画家は、現在は希臘の田舎でのんびりと絵を描き、妻と暮らしている。そんな話を父から聞いた祐子は、手紙で弟子入りを志願した。

画家は喜んで祐子の弟子入りを受け入れた。

18歳で女学校を卒業した祐子は、その後単語ギリシャ希臘に渡った。

祐子の師匠である画家は夫婦で祐子を自分の子供のように祐子を向かい入れて可愛がってくれた。

画家の家は小高い丘の上にあり、どこか祐子の実家の神戸の家に似ていた。祐子は時々故郷を思い出し、感傷に浸りながら絵を描く毎日。

長い休みのたびに師匠の画家は、『故郷に帰らないのか?』とひっきりなしに聞いてきたが、祐子は『もっと、もっと勉強したい』と答えていた。

『焦りすぎじゃないのか?』と彼は心配して、アトリエに籠りっぱなしの祐子をたくさんのところに連れ出し、様々な体験をさせてくれた。

単語フランス仏蘭西、単語イタリア伊太利などの周辺諸国を旅するようになり、行く先々の社交場で祐子のことを紹介し、

絵画だけではなく、音楽、服飾などたくさんのものに触れ、感化されるたびに新しい絵を描くを繰り返す。

特に服飾は自分の母がやっていたこともあり、熱心に勉強し、勉強会にも足しげく通ったのだった。

師匠からは絵の上達も大事だが、人生を謳歌すること、感性を磨くこと、そして楽しむことが一番の絵の肝になる。と口酸っぱく言い聞かされた。

そして20歳になったある日。カラッとしていてよく晴れた夏の日のこと。
アトリエで絵を描いていた祐子が休憩がてらベランダに出て海を眺めていると師匠に呼ばれた。
家のリビングに来てくれと言われたのでそちらに行くと女の人が来ていた。

着ているものを見て察するに貴族階級の人だろう。

また自分の絵を買いたいとの商談か。そう思いながら椅子に腰かけた。

「……!あなたがあの絵を!?」

椅子に腰かけた瞬間に驚かれてしまった。

どの絵のことを言っているのかまるで分からず、呆然とした。

「ごめんなさいね。あのここからすぐ近くにある教会の絵、あなたが書いたのよね?」

「そうですが……」

「とても素敵だったわ。あのね、突然で申し訳ないんだけど……。うちで住み込みで絵をかかない?仕事も斡旋するし。お願いよ」

祐子にとって悪い話ではなかったが、今の下宿先の今の家は実家と自分を繋いでいるような
とても落ち着く場所であったため、ここを離れることに抵抗があった。
それに画家夫婦への恩もまだ返せていない為、ここを離れるわけにはいかなかった。

「では、こうしませんか?私はここを離れませんがあなたからの仕事は受けます」

「……わかったわ。あなたはここに住みたいのね」

「はい。ご期待に沿えずにすみません」

それからというもの、貴族の女性……。マリーとの取引が始まった。

マリーはとてもよく仕事を見つけてきてくれ、たくさんの人との縁を繋いでくれた。

教会の絵の修復や絵の依頼を中心とした仕事が主だったが、たまに子供たちへの美術教室など、少し祐子には苦手意識のある仕事も舞い込んだが持ち前の度胸の強さで乗り切った。

そして5年が経ったある日のこと。

マリーが初めてうちに来た時の
ような夏の日。

突然大きな仕事をマリーが持ってきた。

英国の宮殿に飾る絵、しかも宗教画を描いてほしいと依頼があったと祐子に伝えられた。
画家夫婦は大いに喜んだが、祐子にとっては疑問点しかない話。

なぜ自分なんかが宮殿に飾る絵を?とマリーを問い詰めたが喜びなさい!の一点張り。

もやもやした気持ちを抱えながら半年かけて大きなキャンバスに聖母マリアの絵を描いた。

そして完成したことをマリーに手紙で伝えると、そこからばったり、返信が来なくなってしまった。

当然、絵に対する報酬も支払われぬまま。
マリーが窓口の仕事もなくなってしまった。

それからというものの、今まで画家夫婦を通してきていた仕事も手につかぬままになってしまうほど
祐子は深い人間不信に陥ってしまった。

画家夫婦は大いに悲しみ、憤ってくれた。
そして一度故郷の日本に帰ったらどうだ?と祐子を諭し、今回の帰国に至ったのだった。

すべてを聞き終えたアキラはめまいがする思いだった。

「そんで……。今依頼くれた人は大丈夫な人やったん?」

すっかり冷めたコーヒーをすすりながら話を聞く。

「依頼くれた人はねえ、私が向こうにわたって右も左もわからん時に出おうてずっとうちのこと支えててくれてんよ。住んでるところは遠かったけどよく文通しててん」

「せやったんや」

「そん人がおらんかったらうち早々日本に帰って来とったと思う。なんべんも日本語で励ましてくれて嬉しかってん」

異国での言葉も通じない生活は想像を絶するほど大変なことは容易に想像がついた。

「こっち帰って来てからうちのこと知ってる人のことも、うちはよう信用できんくなってもうてさ……」

またぽつぽつと話し始める祐子に新しく紅茶を入れる。

「この店うちが小さいころからお母ちゃんとマスターが馴染みでたまに遊びに来とったんよ。あんときは昼営業もしとって」

暖かい紅茶を一口飲んだ祐子の目から、ゆっくり涙がこぼれ落ちた。

「みんなよう話かけてくれて気にかけてくれてあの時は嬉しかってん。だから優しくしたかってん。でもな、帰ってきて『お帰り祐子ちゃん』って言われたときにこの人たちも私のこと裏切るんちゃうかなって思ってしもてん。せやから冷たくしてしまって……。ほんまに申し訳ないと思ってる」

「マスターとか俺とかは大丈夫なんか?」

「うん、大丈夫。なんやろな。あんたたちはなんとなくやけどうちのこと裏切らないんやろな。って思うねん。……お母ちゃんが気にかけてる人達やからかな、絶対大丈夫って思える。何回かあっただけの人は……無理」

一通り話し終えて泣いて落ち着くと、祐子は少し肩の荷が下りたような、憑き物が落ちたようなすっきりとした顔をしていた。

「ごめんなあ、暗い話してもうて」

「そんなことあらへんがな。むしろ話してくれて俺は嬉しかった」

「ほんまに?」

「うん。祐子がどういう人なのかもわかった気がしてちいと嬉しかったよ。俺は」

なんて恥ずかしいセリフを吐いてしまったかな……と祐子のほうを見ると祐子が赤面していた。

「えっ、あっ、ちいと恥ずかしいこと言うてしもたんやけどそんなつもりじゃ」

「うちも……。うちもアキラに話せてよかったなって。お母ちゃんにも話せんかったのに」

今度はアキラが赤面してしまう番だった。

俺は、この人の役に立てているんだろうか。
少しだけでも役に立てているのなら……。

「ま、勘づいてるやろどうせあの人のことやし」

一生懸命目を逸らす。

「せやろなあ……」

しばしの沈黙。

先に破ったのはアキラだった。

「また話したかったら俺のところ来たらええやん」

「せやなそうするわ。ほんまにおおきにな」

そう言って祐子は何事もなかったかのようにまたキャンバスに向かい合うのだった。
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