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娘の胸中
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朝子とユウタを見守った後、家のリビングに戻り、片付けを始める。
「お母ちゃん、手伝うよ?」
「ほんまに?ありがとう」
今日は随分派手に泣いたな……。と祐子の目を見て察する。
テキパキと朝子とユウタが使っていたカップと台所に持ち込み、洗う祐子。
「随分派手に汚したね。今日も。それお気に入りのワンピースやろ?」
「水彩絵の具だからええかなって。お母ちゃん今日ご飯どないする?」
「肉じゃがでも作ろうか?」
「賛成!」
「じゃあ皮むき手伝って!」
「はーい!」
子どもたちがいた頃は毎日お手伝いの争奪戦だった。
皆、幼いながらも忙しい自分を察していてくれたのだろう。
それともよっぽど料理が楽しかったのだろうか?
「大きくなったなあ……」
ふとこぼれ出た言葉に戸惑う祐子。
「お母ちゃん、どないしたん?」
「いや、あんなにちいちゃかった祐子がこんなに大きくるとは思わんくてな。少し感慨深くなってん」
「そっかー」
祐子はフミの言葉にあまりピンと来ていないようだった。
ジャガイモの皮を剝きながら、祐子に聞く。
「あんたももう25だっけ?そりゃ私も歳とるはずだわ」
人参の皮を剥きながら祐子も答えた。
「そうだよ。お母ちゃんなんか様子がおかしいよ?」
「そうかね?ここのところ……昔のことを思い出す機会が多くてね」
ふふ、と笑ったフミはいつものフミだった。
「昔の話ねえ……。私も懐かしいって思うときが来るんかね?」
「絶対に来るで。どんな経験も財産やから」
「じゃあ、さ。お父ちゃんが帰ってきたらでいいから、聞いてくれる?欧州であったこと」
「ええよ。じゃ、肉じゃがさっさと作ろうか」
話すきっかけをくれた誰かがいたのだろうか。
あの意気地なしのバイオリニストかね。
……なかなかいい男じゃないか。
「うん!」
にっこりと笑う祐子はすっかりいつもの祐子に戻っていた。
良治が帰宅し、浴衣に着替えると一家団欒、家族の食事が始まった。
肉じゃがも味が染みていて結構おいしい。
「あのな、お父ちゃん、お母ちゃん。欧州であった話、聞いてくれる?」
「ああ、ずっと話してくるのを待っていたよ」
そういうと、食べ途中にも関わらず、箸を置く良治。
「せやなあ」
フミも箸を置き、お茶を良治と祐子に注ぐ。
「ありがとう、お母ちゃん。あんね……」
そういうと欧州での体験を語り始めた。
どうやら、帰国したときに良治が話していた詐欺をする女に捕まったようだった。
女は貴族だといい、仏蘭西なまりの英語を話していたという。
名はマリーというらしい。
大きな仕事が舞い込んできたが完成後、連絡が絶たれ、報酬も払われないことにショックを受けて塞ぎこんでしまい、
祐子に日本に帰るよう画家夫婦が勧めたのだという。
「大変だったな。祐子。そして俺というものがいながらすまなかった」
深々と頭を下げる良治に驚く祐子。
「お父ちゃん、そこまでせんでも」
「美術商の間でも問題になってたんだ。詐欺まがいのことをする奴らがいるって。警察に頼らず、俺らで何とかしようと動いてはいた。だけど自分の娘がまさか巻き込まれているとは思っていなかった。本当にすまん」
「お父ちゃん……」
「お父ちゃんと約束してくれるか?画家夫婦からの仕事しか……。いや、俺からの仕事しか受けないって。俺の直属の部下の名前も全員教えておく」
「わかった。お父ちゃん、ほんまに親馬鹿やね。でも、気づいとったよ。あの夫婦が持ってくる依頼、お父ちゃんのお得意様ばかりだもん」
「え、気づかれていたのか!?」
「私、子供の時の愛読書がシャーロックホームズよ?」
「大体、お得意様ってどこで分かったん!?」
「女学校の頃、お父ちゃんの仕事名簿まとめを手伝ったこと、あったやん」
「あー、お前が夏休みの時……」
「一度だけやけどな。それで覚えててん。何度も上がってくる名前だけやけど」
「それでかあ……」
項垂れる良治を面白がってにやにやと見つめるフミ。
「せやからさ、お父ちゃんの力も借りんで自分で仕事取りたいって、思ってんよ」
きっとそれは自分の力ではない。と一人思い悩んでいたのだろう。
「つまらない意地を張るな。お前は。知らない土地で一人で頑張ってるんだからそれくらいのことはさせてくれ。それに……」
「それに?」
「ただの親馬鹿じゃないぞ。お前の絵はきちんと評価されてる。でないとうちの会社は通さない。それに審査基準だって厳しい」
やっと、自分の実力だったことが分かり、ほっとしたのだろう。
祐子の目から大粒の涙が流れていた。
「お父ちゃん、それホンマに?」
「ほんまや。俺のこと信じろ」
「ありがとう。お父ちゃん」
一通り泣き終わるとほっとしたのか、気が付くと祐子のお茶碗が空になっている。
「お母ちゃん、お代わり」
「はいはい」
祐子からお茶碗を受け取り、米を盛る。
「お母ちゃんも私のために仕事休むとかとんだ親馬鹿やんな」
「なんのことかしらー?お父ちゃんといちゃいちゃしたかっただけやで?」
そういうと良治に目配せをする。
「10代みたいなやり取りせんといてー」
「あ、馬鹿にしたなー!」
その日の夜は久しぶりに心の底からの笑顔が溢れる食卓だった。
「お母ちゃん、手伝うよ?」
「ほんまに?ありがとう」
今日は随分派手に泣いたな……。と祐子の目を見て察する。
テキパキと朝子とユウタが使っていたカップと台所に持ち込み、洗う祐子。
「随分派手に汚したね。今日も。それお気に入りのワンピースやろ?」
「水彩絵の具だからええかなって。お母ちゃん今日ご飯どないする?」
「肉じゃがでも作ろうか?」
「賛成!」
「じゃあ皮むき手伝って!」
「はーい!」
子どもたちがいた頃は毎日お手伝いの争奪戦だった。
皆、幼いながらも忙しい自分を察していてくれたのだろう。
それともよっぽど料理が楽しかったのだろうか?
「大きくなったなあ……」
ふとこぼれ出た言葉に戸惑う祐子。
「お母ちゃん、どないしたん?」
「いや、あんなにちいちゃかった祐子がこんなに大きくるとは思わんくてな。少し感慨深くなってん」
「そっかー」
祐子はフミの言葉にあまりピンと来ていないようだった。
ジャガイモの皮を剝きながら、祐子に聞く。
「あんたももう25だっけ?そりゃ私も歳とるはずだわ」
人参の皮を剥きながら祐子も答えた。
「そうだよ。お母ちゃんなんか様子がおかしいよ?」
「そうかね?ここのところ……昔のことを思い出す機会が多くてね」
ふふ、と笑ったフミはいつものフミだった。
「昔の話ねえ……。私も懐かしいって思うときが来るんかね?」
「絶対に来るで。どんな経験も財産やから」
「じゃあ、さ。お父ちゃんが帰ってきたらでいいから、聞いてくれる?欧州であったこと」
「ええよ。じゃ、肉じゃがさっさと作ろうか」
話すきっかけをくれた誰かがいたのだろうか。
あの意気地なしのバイオリニストかね。
……なかなかいい男じゃないか。
「うん!」
にっこりと笑う祐子はすっかりいつもの祐子に戻っていた。
良治が帰宅し、浴衣に着替えると一家団欒、家族の食事が始まった。
肉じゃがも味が染みていて結構おいしい。
「あのな、お父ちゃん、お母ちゃん。欧州であった話、聞いてくれる?」
「ああ、ずっと話してくるのを待っていたよ」
そういうと、食べ途中にも関わらず、箸を置く良治。
「せやなあ」
フミも箸を置き、お茶を良治と祐子に注ぐ。
「ありがとう、お母ちゃん。あんね……」
そういうと欧州での体験を語り始めた。
どうやら、帰国したときに良治が話していた詐欺をする女に捕まったようだった。
女は貴族だといい、仏蘭西なまりの英語を話していたという。
名はマリーというらしい。
大きな仕事が舞い込んできたが完成後、連絡が絶たれ、報酬も払われないことにショックを受けて塞ぎこんでしまい、
祐子に日本に帰るよう画家夫婦が勧めたのだという。
「大変だったな。祐子。そして俺というものがいながらすまなかった」
深々と頭を下げる良治に驚く祐子。
「お父ちゃん、そこまでせんでも」
「美術商の間でも問題になってたんだ。詐欺まがいのことをする奴らがいるって。警察に頼らず、俺らで何とかしようと動いてはいた。だけど自分の娘がまさか巻き込まれているとは思っていなかった。本当にすまん」
「お父ちゃん……」
「お父ちゃんと約束してくれるか?画家夫婦からの仕事しか……。いや、俺からの仕事しか受けないって。俺の直属の部下の名前も全員教えておく」
「わかった。お父ちゃん、ほんまに親馬鹿やね。でも、気づいとったよ。あの夫婦が持ってくる依頼、お父ちゃんのお得意様ばかりだもん」
「え、気づかれていたのか!?」
「私、子供の時の愛読書がシャーロックホームズよ?」
「大体、お得意様ってどこで分かったん!?」
「女学校の頃、お父ちゃんの仕事名簿まとめを手伝ったこと、あったやん」
「あー、お前が夏休みの時……」
「一度だけやけどな。それで覚えててん。何度も上がってくる名前だけやけど」
「それでかあ……」
項垂れる良治を面白がってにやにやと見つめるフミ。
「せやからさ、お父ちゃんの力も借りんで自分で仕事取りたいって、思ってんよ」
きっとそれは自分の力ではない。と一人思い悩んでいたのだろう。
「つまらない意地を張るな。お前は。知らない土地で一人で頑張ってるんだからそれくらいのことはさせてくれ。それに……」
「それに?」
「ただの親馬鹿じゃないぞ。お前の絵はきちんと評価されてる。でないとうちの会社は通さない。それに審査基準だって厳しい」
やっと、自分の実力だったことが分かり、ほっとしたのだろう。
祐子の目から大粒の涙が流れていた。
「お父ちゃん、それホンマに?」
「ほんまや。俺のこと信じろ」
「ありがとう。お父ちゃん」
一通り泣き終わるとほっとしたのか、気が付くと祐子のお茶碗が空になっている。
「お母ちゃん、お代わり」
「はいはい」
祐子からお茶碗を受け取り、米を盛る。
「お母ちゃんも私のために仕事休むとかとんだ親馬鹿やんな」
「なんのことかしらー?お父ちゃんといちゃいちゃしたかっただけやで?」
そういうと良治に目配せをする。
「10代みたいなやり取りせんといてー」
「あ、馬鹿にしたなー!」
その日の夜は久しぶりに心の底からの笑顔が溢れる食卓だった。
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