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生い立ち

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フミは父の仕事の都合で常にホテル暮らしだった。

学校で友だちを作るなんて夢のまた夢で
当時では珍しい家庭教師に勉強を教えてもらっていた。

全国を家族と転々としていたフミだったが16になった頃、転機が訪れた。

父が突然神戸に家を買ったのだ。

「そろそろゆっくり家族とともに余生を過ごしてもええかなと思ってな。今まで振り回してすまんかった。」

父が深々と頭を下げながらそう言ったことを昨日のように思い出すことができた。
海外に仕事に行くことが多かった父は一年の半分以上は海外にいた。

家族にとってはそれが普通だったので何も思わなかったのが実情だ。

それでも家族と過ごしたいと深々と頭を下げてきたのは何事だろうか。

父は最後までその理由を教えてくれなかったが何かきっかけがあったに違いない。

そんな状態なのでフミには3人兄弟しかおらず、
上に姉一人、兄一人という世帯であった。
姉妹も全員嫁ぎ、兄弟皆働きに出て残る子供は自分だけ。自分も縁談を受けようか悩んでいた所に父からの不意打ちの提案が来る。

「そうだフミ、女学校にでも行ってみたらどうだ?今まで満足に学校にも通わせてあげられんかったからなぁ」

父の気持ちは嬉しかったが、
急に女学校と言われても困ってしまう。

「うーん、学びたいことなにもないなぁ」

「嘘吐かなくてもいいんだよ。あの帳面を見たらわかる。お前は洋装勉強したらいい」

フミは毎日帳面を開いては洋服や和服の図案を考えては描いてを繰り返していた。

時たま父が仕事で海外に行った時に買ってきてくれる洋装の雑誌を切り取っては帳面に貼り直し大事に大事に見まわす。

引っ越しが多いフミの家だったが、その帳面だけは大事にとってあった。

フミが洋装を好きなことは明確すぎる事実であった。

もう何冊目であろうか。とふとお代わりの紅茶を飲みながら思案する。
あの時は引っ越しが多かったから家が神戸に落ちつくまでは3冊しかなかったが、洋装店を営むようになってから
一年でゆうに3冊は超えている。

ということは……。レディの年齢は考えるもんじゃないわね。
子どもが全員独立してるんだから当たり前の話なのだけど。

喫茶店のマドレーヌをかじりながらまた父との会話を思い返した。


「……私でいいのかしら。って思うのよ。他の国の人でもっと凄い人はいるもの」

「そりゃあ上には上がいるさ。
でもな、フミ、挑戦することは悪いことやない。散々子どもの時にお前を連れまわしたから好きなことさせてやりたいんだよ。俺は」

「本当に?」

「本当だよ。お前の周りには常に洋装があったじゃないか。お前のお人形さんの服、海の向こうで好評だったぞ」

初めて聞く話に驚いてしまう。
確かに作りすぎた人形の服を父親に託して
代わりに売ってくれと頼んだ事はある。

売上はどうだったかなどはなにも言ってこないのでてっきり売れていないものだと思っていた。

「これはお前のお人形さんの服の代金や」

そう言って目の前に出されたお金は
3円ほどだった。

「……!?こんなに!?いくらで売ったの?」

「向こうがこの値段で買わせてくれって言ってきたんだよ。お前の腕は海を越える。これは絶対だ」

「……お父さんが買ったんちゃうの?」

「そんなことして俺になんの得がある」

「それくらい、信じられないのよ私の腕が海を越えるって。思ってもみなかったもの」

「安心しろ。父さんが何もかも支えてやるから。縁談も無理をするな」

「……!ありがとう!」

こうして16にして始めて女学校に入学した。
当時は洋装が入り始めた頃の混沌とした空気の中での女学校。

袴も徐々にスカート型になり、洋装寄りになっていった。

当時にしては珍しく洋裁、英語も教えてくれる女学校だったのでフミは必死になって勉強をした。

そこで出会ったのが2人の親友……と
呼ぶべきか悪友と呼ぶべきか。

どちらにせよ今のフミを作ったのは
この2人に他ならなかった。

「やんちゃしよったなぁ……。ほんまに」

なんて思い返してながら冷めた紅茶を啜っていたら
「やべ!!遅れる!!」と何やら騒がしい声が聞こえた。

何かと思えばアキラ君やないか。
お友達も一緒みたいやな。ええこっちゃ。

「未来ある若者を見守るのは楽しいねぇ」

すっかり高く登った太陽が照らす海を眺めながらフミは喫茶店を後にした。
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