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第9章 ダルシア攻防戦
094 示し合わせ
しおりを挟むハーピィの襲撃を辛うじて退けた日の夕刻
俺はギルドの二階に、クローディア、ドルクス、そしてナイトハルトと共にこの襲撃に関する話し合いを行っていた。
正確にはドルクスが俺を捕まえて引きずって来たのだが。
バビロニア製人造人間である俺を手玉に取るとは、本当にこのおっさんは人間なのか? 何か悪い薬でも決まってるんじゃないだろうか。
「被害はダルシア全域、倒したハーピィは五百以上だが、被害そのものは死亡が十三人、怪我が三百人そこそこ、まだ集計そのものは終わってないが、上位種や希少種は殆どユウテイ達が相手取ってくれた所為で、兵士や低ランクの冒険者達でも何とか凌げたようだね」
ダルシアの地図を見ながらナイトハルトはそう説明した。
そうか、多少役に立った様だな。
それでもやはり死人は出た。
ハーピィと言えど獣人の一角だけの事は有るって事なんだろうな。
「ユウテイ、探索した四箇所にはハーピィは居なかったのよね?」
ギルマス/クローディアは眉を潜めながら街の地図と被害箇所をジッと確認しながらそう俺に聞いて来た。
「少なくとも俺が見た範囲にはこんな千匹近い群れは無かったな」
そう、全く無かったのだ。
飛行タイプだから移動力は獣人としては最上位だ。
このダルシア平原外からでも充分行動半径に入っているからな。
恐らくは魔の森の山脈近辺とかではなかろうか。
「ユウテイが倒したのはハーピィクィーンを筆頭にダースハーピィとキースハーピィか。ハーピィクィーンはランクAだ。お前はグリフォンを従えてたそうだが、それでもよく単独討伐出来たな。驚くと言うより呆れたぞ」
「さて、問題はこれからさ」
クローディアは陰鬱そうに書類を地図の上に放り投げた。
領主の家紋が押してある──という事は残りの兵士の事か。
「残念な事にここに兵力が揃うのは最短でも三日、遅ければ五日は掛かるそうだ」
苦々しい顔でクローディアはそう言い捨てる。
「……五日は酷いだろ? ここは辺境一の街ダルシア、重要度はかなり高いんだろ?」
そう、ここは王国でも有数の物流の拠点であり街道もよく整備されている筈だ。
何故そんなに遅れるんだよ?
いや、それがこの世界の限界なのか?
ナイトハルト曰く
「ここはまだ千近い兵力が有るが、この辺境伯領にはもっと手薄な所もある。それに被害は王国の彼方此方で同時発生しており、いかな辺境の要である城砦都市ダルシアと言えど、ここだけ優遇する訳にはいかないそうだ」
「ぶっちゃけて言うと、暫く冒険者ギルドと傭兵ギルドで何とかしろって言いたいんだよ。領主様はな」
ドルクスが嫌味たっぷりにナイトハルトを睨み付けていた。
だがある意味持ちつ持たれつな領主とギルドはここで決裂する事は出来無いんだろうな。
「だが、どうする、俺の予見ではこれは前哨戦、いわゆる威力偵察みたいなものだ。こちらの出方を伺ってみたのかも知れ無いぞ」
だが、この状況では無理からぬ判断か。
何しろこの国は広い。
モンスターにしろ敵兵力にしろ全てを把握する事など不可能だからな。
付け入る隙は幾らでもある。
ハーピィクィーンも捨て駒だ。
策士ならこの後は幾らでも展開させようが有りそうだし。
だが目的は何だ?
アルマンド商会に降下したハーピィクィーンの意図は何だ?
ドルクスさえ現れなければセシルさんを問い詰める予定だったのだか、ただちゃんと説明して来るかどうかは分からない。
周囲にはアルマンド商会に襲い掛かる前に俺が激突したから、その辺を気が付いている奴は居ないだろうが。
「取り敢えずこのまま守りを固めるしか無いわね」
その通り、敵の目的が分からない以上そうするより他無い。
ただ、ここは辺境だ。
よその国がおいそれと攻め込める場所では無いからな。
「俺は残りの三箇所も明日から回る。その時、周辺の探索も合わせて行うからな。それで少しは情報も集まるだろう。だが、これだけ仕掛けを打って来てるんだ。黒い呪いの事もある。間違いなく狙いはこのダルシアだろうな」
俺にしてみればお宝を独り占め出来てラッキーだがそうとばかりは言ってられないよな~
エレンも明日には復活するだろうし、俺達だけの時に激突出来るならやりたい放題なんだが。
「この状況でまだ探索続行──いえ貴方なら有りね」
そう、守るべき市民が居ない分撤退も容易だ。
ルフを超える常用飛行生物など早々いるものでは無いからな。
それにダルシアを襲うならやはり主力はオークやゴブリン、ワイバーンやドラゴンも繰り出して来そうだ。
そうなればもはや戦争だがな。
単なるモンスタースタンピードな訳が無い。
「ユウテイが敵兵力かどうかまでは分からないけれど、周辺のモンスターを討伐してくれれば間違い無くこのダルシアの脅威は減るから、殺れるだけ討伐してくれる事を望むわね」
「これも仕事だからね。お任せあれ」
「その余裕は力強いけど末恐ろしいな」
肩を竦めるナイトハルト
「うちも戦時体制に移行したから、兵力は足りないけどある程度は対応出来る筈だ」
精鋭の騎士団ならやれそうだな。
「報酬には期待してるからね」
魔石とか魔道具とかてんこ盛りでお願いしますよ!
最近あの魔石の輝きを見てると思わずウットリしちゃうんだよね~
レアな魔道具なんかも欲しいよね。
そうだな、【変化の杖】とか【渇きの壺】とかみたいに全然戦闘に使えそうに無いレアなヤツを創意工夫で新しい戦術に組み込んだり何かするのは浪漫だよな~いや、ワクワクするよね。
やけに嬉し気な俺にギルマスとサブマスも呆れている様だ。
「全く、ダルシアが壊滅するかも知れないのに余裕だな」
「存外肝っ玉が太いのね。見た目は女の子みたいなのに」
「見た目はほっといて」
俺もバビロニア製の人造人間出なければ逃げ出してると思うけどね。
人造人間と神の使徒
だがそれでも全てを救い切れる訳では無い。
俺達もまた神では無いんだからな。
まあ、そんな事も言ってられないけどね。
「取り敢えず明日早朝から動き始める。何かあったら直ぐに引き返して来るからご心配無く。それに相手も俺達が動き回るとは思わないだろうし」
「期待してるわ。それに今のユウテイ達は連携も取りにくいからあくまでの陰で動いてくれたんで構わないから。こちらも数日の内にゼイラムやオズワルド、それに急いで帰って来てるランクAとランクBのパーティも居るしね」
ランクAとランクB
俺よりも格上って事か。
是非にその腕前が見て見たい。
今日は釘付けにされて高ランクのパーティを確認出来無かったからな。
「まあ、おいおいとね」
そうギルマス/クローディアはニヤリと笑った。
どうやらその実力は折り紙付きの様だな。
その辺があるから領主からの増援が遅れても余裕がある訳か。
その後暫しの打ち合わせ後、俺はギルドを後にしてアルマンド商会に向かった。
先にエレン達が向かっている筈だ。
かなり損害を出している筈なので周辺の被害を受けた人達を支援する様に言っておいた。
衛兵達も総出はあるが追い付かないのだろう、いつの間にか市民も出て瓦礫の撤去や炊き出しが振舞われていたりしている。
逞しいな。
流石は危険な辺境で暮らす人達だ。
王都なんかではこうはいかないんだろうが、存外この世界の人々は侮れないってことか。
「おかえり!ユウテイ!」
キャシィが俺を見つけ走り寄って来た。
走る度にポヨンポヨン揺れる胸に思わず視線が釘付けになるのは男の性が。
その野性的な肢体は周囲の兵士達の視線を釘付けにする破壊力を秘めているな。
「無理するなよ。いつまた敵襲があるか分からないからな」
俺とキャシィを見かけ、周囲の兵士や市民がざわついている。
今日は目の前でハーピィクィーンを倒したりやりたい放題だったからな。
そしてキャシィとシルビアの相手である噂の男を初めて見た人が尾ひれはひれで話を回しまくってるみたいだ。
微妙に今迄とは視線に込められた物が変わってる気がするのは何故だろうか。
「ユウテイ、どうなりました」
その時、背後から声が掛かる。
シルビアか。
お隣はアルマンド商会よりも被害が大きかったからな。
入り口が滅茶苦茶になっているのを片付けの手伝いを皆んなでしているらしい。
明日は我が身だからだろうか?
もっと混乱して略奪とか起こるのではと心配したが杞憂だったようだ。
「明日からまた探索を──いや討伐と言った方が正しいかもしれんが、俺達は敵の戦力を削れるだけ削ってくれとの事だ」
「わ、分かりました」
「あと三箇所だよね、全部回るのかい」
二人は元々覚悟していたのか動揺は一切見られない。
これなら大丈夫だろう。
「この機会に一気にレベルアップを狙わせて貰うとしようか。それに二人にはもっと強くなって欲しいからね」
そう、いずれ俺はこの世界を去るのだから。
今出来ることの全てを二人には注いで置きたい。
「分かったよ、此処まで来たら腹を括らせて貰うからね」
「決して足手纏いには成りません」
どうしたんだろ?
この気迫、衛兵達にも見習わせたいものだな。
「ゆう帝、アルマンドさんがお待ちです」
その時、商会の奥からエレンが現れた。
どうやら自己修復は完了している様だ。
瞳の奥に魔力が渦巻いているみたいで怖い。これが異世界の目力ってやつなんだろうか?
殺傷能力も有りそうな迫力
余程ミスリルリザードにやられたのが悔しいんだな。
「分かった、直ぐに行くよ」
どうれ、もしかすると隠し玉が出て来るかも知れ無い。
ワクワクしながらエレンに連れられて行くと中庭にある蔵の前でセシルさんが仁王立ちになっている。
「……怪しい…て言うか何の冗談だ」
「……セシルなりの危機管理能力の発露──と言う事にしておきましょう」
どう考えても其処に何か有ると言わんばかりだけども。
そして店の奥の倉庫に連れて行かれると、其処にはアルマンドさんと二人の商人仲間が待っていた。
その面持ちは皆一様に緊張しており、特にアルマンドさんには焦りの色が浮かんでいる。
そして俺が部屋の中に入るのを見つけると、こう言って来た。
「ユウテイ、実は貴方にいっておかねばならない事が有り、お願いしたい事が有るのです」
はい来た。
どうやらアルマンドさんは俺も巻き添えにしたいらしい。
でも俺もNOと言えない日本人の典型だ。ここは話に乗っかろうか。
「受けましょう」
「はっ!?」
即断即決──てかまだ頼まれて無かったか。
「では妹を、セシルを貰って頂けるので?」
「そっちかよ!」
いや貰えるなら有難く──違うだろ!
「あの料理の腕前と濃厚な入浴サービスは魅惑的ですが本命を先ずは片付けましょう」
「私としてはそれも本命なのですが──」
そうアルマンドさんは言ってニヤリと笑った。
そして
「──実は」
どうやら俺はかなり見込まれているらしい。
と言うか丸投げされたのだった。
そして厳重に保管された小さな箱を取り出して机の上に置いた。
幾重にも施された魔法と思われる封印の中には黒い宝石が入っており、思わず魅入られそうになる妖しい光沢は少し明滅している様にも見える。
てか本当に脈動してるっぽいんだけど!
「黒のオプシディアンです」
何それ?
「てか、セシルさんが蔵を守ってるっぽいのは?」
「この商会の者は皆、彼処に大切な物が保管されていると思っているのですが──」
違うらしい。
やるなアルマンドさん
実の妹さえも手玉に取るとは。
どうやら商人とは侮れない者らしい。
特にアルマンドさんは真っ黒黒助だな。
「──この石を護る手助けをお願いしたい。たとえ我らの命に代えても」
その目は実に真剣で真摯だった。
「……では奴等の狙いがその」
アルマンドさんは頷いた。
「ただ、正確にはこのダルシアが狙いなのは間違い無く、このオプシディアンも数多くある狙いの一つだと思われます。奴等はずっと追い掛け続けていますから」
やつら?
「そう、この国だけでは無くこの大陸のほぼ全域で暗躍する者達です。詳細全てをお教えする事は出来ませんが、このダルシアで、いやこの王国でもっとも力を持っているのはユウテイですから、何卒このオプシディアンを護る我らにお力添えを願いたいのです」
そう言うアルマンドさんはどうやら複雑な事情を抱えている様だった。そしてこの国の者では無さそうだ。
この黒い石/オプシディアンを巡る争乱に俺は巻き込まれる事になったのだった。
そしてその黒い石は周囲の人間を嘲笑うかの様に強く明滅を始める。
「……意思がある…のか?」
アルマンドさんは苦悩の表情を浮かべゆっくりと頷くのだった。
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