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第5章 街道を行く
056 ランクCの力
しおりを挟む「大人しく降伏するなら命は助けてやろう。でも抵抗するなら容赦はしない」
俺がそう告げると、ニックの目に怒りが込み上げて来る。
そりゃそうだよな。
このまま何もせず捕まるなんて選択肢は無いだろ? どうせ死刑か犯罪奴隷なら、ここは勝負どころだ。
しまった、フェンリルはやり過ぎか。
でも逃す訳にもいかんし、何よりニックはランクCだ。一つ名は持たずともジャムルと同じという事は、単独でトロールを狩れる力はあるかも知れないんだからな。
「てめえ、舐めるなよ」
そう言ってニックは両手斧を構え、茂みの中からその姿を現した。革鎧の上から分かる程の筋肉の盛り上がり、どうやらこいつはパワーファイターらしい。グレートソードでもスピードどスキル主体らしかったジャムルとは違う迫力がその肉体から溢れ出ている。
(この男は無傷って訳にはいかないかもな)
グリズリーの時もそうだったが、スキルを持つ者との戦闘は危険なのだ。相性が悪いと最悪の展開を招く事になりかねないのだ。
俺は遮蔽物の無い街道に五人を誘い出すと、黒鵺を抜き、ニックと対峙した。
他の四人は一歩下がり、俺達二人の邪魔にならぬ様に場所を開けるつもりのようだ。
力量差からの選択だろう。
この世界では個の武威が時に集団を凌駕する程の力を持つからだ。
(もしもジャムルに匹敵する力を持つならあのバトルアックスには何らかの魔法が付与されている筈だ。そしてスキルを使える可能性が高い)
そして欲望に塗れているとは言え、油断はしないつもりらしい。
間合いをはかりバトルアックスを構えている。
機動力に自信が無いのか、カウンター狙いの一撃を叩き込もうとしているようだ。防具を削り、その為に集中してスキルを集めている可能性もあるな。
パワーライズ、フルバーストとか持ってそうだけどな。
待っても埒があかんな。
俺は攻める!
「食らえっ!」
黒鵺を上段から叩き込む。
此方もマジックアイテム、相手に取って不足は無い筈だ。
スレイプニルブーツの力が一気に間合いを消し去り、遠間からの一撃がニックを襲う。
ギンッ!
バトルアックスが黒鵺を受け止めた。
火花散る剣戟
森の中に金属音が響く。
五分五分か?
俺は詰めた間合いをそのままに今度は横薙ぎに払うが、ニックもさすがランクC、吹き飛びながらもその斬撃に耐える。
いい腕してるんじゃ無いか?
だが俺のバビロニア製の身体はさらにその上だ。
思わず捕食触手を伸ばしそうになるがピリッと聖骸布が止めてくれた。まずいまずい、ここで暴露たら俺の方が遥かに危険だ。
「舐めるなよ女男がっ!」
反撃に転じたニックがバトルアックスを上段から振りかぶって来た。
思わず「そこは男女だろ」って言い返しそうになったが──その一撃は重かった。
ゴズンッ!
「!!! スキルか!?」
試しに受けてみたが今度は俺が五メートル近く吹き飛ばされた──が本当は後ろに飛んだ。その手応えは紛れもなくマジックアイテムの発動だった。
かなりの高性能らしい。
『恐らくは常時発動型で、高い使用コストの代わりにノックバックやブレイクを高確率で起こすONOFF選択式のようです~』
簡易版ドラッケンみたいなもんか?
「こいつは迷宮で見つけた業物よ! お前の変な剣とは出来が違うんだよ!」
変な剣とは失礼な。
どうやら一撃が俺に当たったと判断しているみたいだな。
俺の刀は斬るための武器、斧や槌との打ち合いは本来ならしない方が良いんだ。
手数と速さで圧倒して基本的には躱すのが望ましいんだけど、さすがにそこまで遊ばせてくれそうも無いか。
「刀を知ら無いのか? なら、その身に刻んでやるよ」
俺は切っ先をニックに向けそのまま突き出した。
「!!!ちぃっ!」
それをニックがバトルアックスで弾く。この世界の剣は叩き斬る武器だ。槍でも無いのに突きは珍しい攻め手だ。そして槍よりも応用が利くんだよな。
そのまま横へ薙ぐと
「な、なにっ!?」
刀は引いて斬る為の反りが特徴なのだ。ゼロ距離からでも殺傷力が高いんだよ──まあ知ら無いだろうな。
その一閃がニックの頬を斬り裂いた。
周囲の男達から騒めきが起こる。そう、ランクCは言わば特定のエリアに於いては英雄に等しい力を持っている。そのニックを圧倒し、軽いとは言え傷を負わせたのだ。それはつまりこの場での俺の優位性を裏付ける事になる。
「フェンリル!殺れ!」
それに忘れるなよ。
俺には従魔がいる事を。
俺の声にフェンリルが応える。
「ウォオオオオンッ!」
「ひっ、ひいっ!」
「ほ、本当にフェンリルを従えてやがるのか!」
ランクBの魔獣であるフェンリルは伝説になる程の力を持っている。何よりその氷魔法を使える特性が人には恐れられていた。
瞬間的に氷を生成し、あっという間に氷槍/アイスジャベリンを男達に向け放つ。それは人の魔道士では及びもつかぬ威力を誇り、複数に対する範囲攻撃により三人を直撃した。
「ぐあああっ!」
「ひぎぃ!」
深々と貫ぬかれた男の身体が凍りつく。そう、高威力の氷槍は追加効果により対象を行動阻害にする事が有るのだ。氷付かされた男はピクリともし無い。叩き込まれた魔力によりダウン状態になったようだ。
俺はニヤリと笑いニックに視線を向ける。
「どうする? お仲間は俺のフェンリルの前では赤子同然の様だ。降伏は許さ無いけどな」
俺やエレン、まだ手に入れては無いがキャシィとシルビアに害をなす者にはそれ相応の報いを受けて貰う。
ニックは苦々しく俺を睨み付ける。その目にはまだ強い意志が残っていた。さすがはランクCだな。
「ふざけるなっ!」
その時、ニックの身体を纏う魔力が揺らめく。
あれ? 俺には魔力感知があったのか。てか魔術が使えるとは思え無いから武術スキルか!?
「パワーライズ!」
身体強化か。
さっきまでとは比べられ無い程の強打が打ち込まれて来る。斧使いらしい渾身の一撃──当たればだが。
俺は寸手でバトルアックスを躱した。
恐らくは侍のスキル[見切り]が発現したんだろう。まるでスローモーションの様にニックの動きが見える。破壊力はあるが雑な魔力──いやこの場合は生命力が主か? まるで躱して下さいと言わんばかりの斬撃がそのまま地面ごと斬り裂いた。激しい破砕音が響くと大きな裂け目が出来ていた。
これがランクCか。
戦場ならさぞかし活躍しそうだが──甘い。
俺は技を繰り出し、隙が出来たところへ黒鵺を一閃した。
さすがはランクCだ。
それでもバトルアックスで防ぐ。
だがそのまま吹き飛ばされる事になる。
俺はアルマンドさんに良く見える様に街道の中ほどへとニックを吹き飛ばしたのだ。
残った奴等はフェンリルに始末させよう。恐らくはランクE、良くてランクDの下辺りしか無いその実力では相手になら無いだろう。キャシィやシルビア位の力があれば別なんだろうが。
信じられ無いと言った顔のニックは、それでも諦める気配が無い。バトルアックスに力を込め、再びスキルを繰り出して来た。
「[ブレイク]!」
魔力をバトルアックスに込め俺の黒鵺を破壊に来た。戦士系ジョブのスキルで対人戦闘用の武具や防具を使用不能にして戦闘力を奪う為のものだ。
ただ、侍の見切りがある俺にはこの力量差では当てることは出来無いが。両手斧系は破壊力が大きくクリティカルも出やすいのだが、その分攻撃速度が遅く隙も出来やすいのだ。そして意外に熟練を要する癖のある武具でもある。
まだ間合いの優位を利用出来る短槍の方が扱いやすい。
「ここまでか」
俺とニックの攻防もアルマンドさんに見せる事は出来た。
「な、なんだとっ!」
俺の言葉を聞き、怒り狂ったニックは雄叫びを上げ再びバトルアックスを振りかぶって来た。
だが──俺の方が遥かに速い。
先に打たせてもバビロニア製の肉体の反射速度はまるで止まった世界にでもいるかの様に俺を加速させる。
(これ、新しいスキルなんじゃ?)
ニックのバトルアックスを極限まで引き込み、俺は一気に間合いを詰めた。
案の定ニックの目は俺を追うことが出来無い。
懐に飛び込み、上下二段撃を峰打ちで放って攻撃力を奪い、そのまま腹を深々と横薙ぎにした。
「ぐうっ」
ニックは力無く倒れ込んだ。
その巨躯がドサリと崩れ落ち、ピクリとも動かなくなった。
死んで無いよな。
稼ぎが減ってしまう。
何せ一番の大物だ。
逃げようとする最後の一人をフェンリルが氷槍で仕留めたとき、森の奥から悲鳴が聞こえた。
「リンドブルムか」
俺がニックを倒すのを確認したエレンがその悲鳴がする森の中に走り込んで行った。
ああ、とどめをかけるんですね。なるたけ生け捕りでお願いします。
さらに数回、何かが潰れる様な打撃音が響きわたり、その後、沈黙が森を支配した。
生きてるのか?
俺はランクCの冒険者を退ける事と、アルマンドさん達の信頼を得る事に成功したのだった。
「……君は一体何者なんだ」.
そうアルマンドさんは言った。
……やり過ぎたか。
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