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第15章 この世界の深層
168 そこは別天地 満天星ノ湯
しおりを挟む全身で朝の清々しい風を受け、俺はご満悦で鼻歌交じりに空の旅を堪能していた。
「ふん ふ~ん」
『マスター! もう直ぐ着きますよ~』
「おおっ! 以外と早かったな」
ルフの背に乗り、俺は天然掛け流し温泉へ向かっていた。
以前、探索イベント中に見つけておいた秘湯を改修するべく、資材を買い込み、単独で乗り込んでいる真っ最中である。
──あれから、領主の館で、聴取を受け、アルマンド商会帰った時には既に夜も更けていた。
熱心に泊まって行く事を勧められたが、自爆フラグを引き込みそうだったので丁寧に辞退させて頂いた次第である。
余りにも遅いので、エレンとマナが領主の館を襲撃する算段をしてたのはびっくりしたが──てか戦争でも始めるつもりかっ!?
末恐ろしい奴等である。
その夜、アルマンドさんから、護衛の依頼が入り、キャシィとシルビアがそれを受ける決断をした事を、受け、出発が三日後なので、それまでに各自が準備を整える事にし、合わせて休暇を取る事にした。
その支度金は、当然、今回の報酬を当てる。
よく早朝には、ギルドに多くの人が集まって報酬の受け取りを行った。本来なら、特別報酬に関しての話し合いがあるので結構手間取るらしいが、今回は基本報酬のみだから書類にサインするだけだ。
う~ん、事務方もパーティに欲しいな。ヨームも頭は良いけど実務能力には疑問があるし、セシルさんも色んな仕事は熟せるけど、交渉事は苦手そうだ。
いずれ良き出会いがある事を祈ろう。
そして、そのまま俺はレベルアップの為に外に出るフリをして、準備を整え、この温泉へと向かった次第である。
「ダルシアから、ルフでのんびり小一時間、徒歩なら三日はかかるな」
『あまり人の通った形跡は有りませんね』
だが、どうやら先客は居たらしい。板を使い、簡単な囲いがしてあるし、お湯が沸くところと、湧き水を組み合わせ、天然掛け流しになっている。
少し高台になっている所為か、見晴らしも良いし、一帯に点在する湯溜まりも、岩場にしては異様に底が滑らかだ。その昔、土魔法の達人が手を加えた可能性もあるな。
数カ所ある湯溜まりから、具合の良さそうな場所に狙いを定め、整備を進める事にした。
簡単な小屋を、周りから目立たぬ様に、ホビヒットが集落を半地下にする建築様式を真似て設えてみよう。
足湯に浸かりながら、俺は、ゴブリン軍団を召喚した。
「サモン:ホブゴブリン!」
魔法陣が展開し、一際大きなホブゴブリンが現れた。
うむ、さすがはホブゴブリン、顔つきも何だが精悍だよ。
合わせて配下の、ゴブリンウォリア×3とゴブリンアサシン×2、ゴブリンレンジャー×2、ゴブリンメイジ×1を召喚した。
以外と多いな。
「おう、よく来たな、ボブ」
「ホブ~」
だが、今日は戦闘じゃ無い。
俺は先ず、掃除を命じた。そして、資材をアイテムボックスから取り出し
指示を出す。
俺と直接PASが繋がっている所為で、実に的確に指示をこなしてくれるので大変に助かる。
ホブゴブリンがハブになり、全体を指揮する感じなんだよな。
『間取りはこんな感じですかね~』
シリィが大まかな配置図をZuMaPhoneに描き上げた。
脱衣所と休憩所を兼ねて半地下構造を造り、パッと目には見つからない様にする予定である。
襲われる危険は、あまり無いだろうとは思うが、やはり丸見えは如何かと思うんだよね。やっぱりチラリと見える位が程よいエロだよな。
続けて、斜面を掘り返す為に、大ミミズと大アリを召喚し、掘り進めさせる。ワラワラと穴を掘り進めるのは中々に見応えがあるな。
ホブゴブリン軍団は、温泉の中のゴミや石を片付けている。結構広いが一時間もあれば終わるだろう。
「さて、周辺の探索でもするか」
俺はさらに、風狼/ウィンドウルフを五匹と、魔狼/ダイアウルフを五匹召喚した。
「ウォオンッ!」
十匹の狼達が現れた。
それぞれを周囲の探索に向かわせ、合わせて地形の確認を行わせる。
マップ上では確認出来ないオブジェクトをしらみ潰しにしていく為だ。
ここは第二の拠点だからな。数キロ圏内は詳しく調べ、敵の接近に備えるのも大切だろう。転ばぬ先の杖というやつだ。
このタイプの知性の低い召喚獣は、文句も言わずに良く働くので大変に助かる。恐らく小一時間も有れば、あらかたケリがつきそうだ。
その時、放った風狼からPASが繋がり、モンスターを発見した報せが届いた。意外とモンスター生息密度が濃いいのかも知れ無い。
ククリに命じて、結界を張っておく必要が有るかも。
『確認しました~ここから一キロほど離れた平原にいますね~』
「よし、向かうぞ」
俺はボブに後を任せ、斜面を駆け下りた。
一仕事と行くか。
◇
「あれか」
風狼が取り囲んでいるのは、巨大なヤシガニの様な(体高は2m近いが)モンスターだった。巨大なハサミを振り回し、牽制する風狼を寄せ付けない。
恐るべきフットワークは、人を遥かに超える機動力である。
「…やっぱり左右だけか」
そう、前や後ろにはかなり遅い。脚の配置の所為だろうな。意外と美味そうな気配が漂っている。見ると、近くに温泉から流れ落ちた小川と合流する様に、結構な流れの川がある。そして、森の中を流れている場所もあるのが分かる。
「意外と珍しい地形なのか?」
外骨格系モンスターは総じて防御力が高い。
「……蟹の一種なんだよね?」
形状は、タラバガニとか、ズワイガニに近いっぽい。
よく見ると、周囲には結構な数が生息しているのか、水場の周辺に、特に森の近くに動く影が見え隠れしている。
「コレを使って見るか」
アイテムボックスからミスリル製の槍を取り出し、ブンッと振るった。
殆ど知性らしい知性は無いから牽制にはならないんだけどね。
この槍は闇の迷宮の中で回収した、低レベルのミスリルスピアだが、一応は魔力を通せるし、その形状が少し変わっている。十字槍のように、先端に上下に刃が付いているのだ。つまり、貫き通す事は出来ないという事になる。
ただ、ストッピングになり、俺の持つ、生体電流などを叩き込むのには便利なのだ。ようは使い方次第って事だよね。
ハサミを振り回す大ヤシガニに、風狼が中間距離から風弾/ウィンドショットを放ち、HPをジワジワと削って行く。
俺とPASが繋がっている所為で、連携はバッチリだ。
「さて、トドメだ!」
ドラッケンはオーバーキル過ぎて、狩には向かないからな。
スレイプニルブーツの力を借り、一気に間合いを詰め、ミスリルスピアを背後から甲羅に垂直に突き立てた。
ギンッ!!!
激しい金属音が響く。
抜けたかっ!
手応えはあった。
そのまま生体電流を、ミスリルスピアを通じて、大ヤシガニの体内に流し込む!
バヂンッ!!!
火花がミスリルスピアから弾ける様に飛び散り、貫いた甲羅が体液が噴き出し、大きく痙攣したかと思うと、大ヤシガニはピクリとも動かなくなった。
神経系を焼き切ったのかも知れ無い。
「一撃必殺だな」
食用になれば最高だ!
流石に味は食べてみないと分からないからな。
続けて、今度は魔狼からPASが繋がった。
俺はアイテムボックスに回収すると、風狼達には次の獲物を探させ、俺は魔狼の補足したモンスターの所に向かった。
『大物です~フォレストスクイッドですよ~』
「取り敢えず、蟹は一匹いれば良いからな…て、イカ? 立って歩いてるの?」
数百メートルを一気に駆け抜け(移動タイプが忍者で良かった)、魔狼の補足した場所で、俺が見たものは──森ガールならぬ森イカか。
時代は変わるものだな。
「でも……体高が十メートル近いのってどうなの? そもそもイカって陸でも生きられるんだな」
一体何食って生きてるんだろうか。
何でもかんでもモンスターならOKってのも考え物だと思うよ。
よく見ると体表は硬い甲羅の様なもので覆っている。護りは万全か。酸素は確か、泡を利用してエラに取り込むとか、未来生物の予測をした学者が指摘してたな。
「当然、元は捕食者だったのだから──」
その時、周りで牽制していた魔狼が一匹、二本の触腕が鞭のようにしなり、十メートル近くある間合いを物ともせず吹き飛ばした。ついでに周囲の木々も薙ぎ倒して。
『当然この森イカも獰猛な捕食者です~』
そうか、この温泉に人影が無いのは、弱肉強食最前線にして激戦区だからなわだな。
『此方に気が付きました! 捕食するつもりです~』
吹き飛ばされた魔狼/ダイアウルフは何とか動いているのが見えた。風狼/ウィンドウルフなら即死だったかも知れ無いが、流石は耐久力と攻撃力に優れた魔狼だけの事はある。
地響きを立てながら迫り来る大王森イカは、触腕を鞭のようにしならせ、俺を狙って来た。
「ぬるい!」
黒鵺をZuWatchから引き出し、迫り来る触腕を掻い潜り、一気に間合いを詰め、その触腕の根元を斬り落とし、さらに脚の一つを両断し、再び間合いを取るべく、後退しようとしたその時──脚の束の中から、管の様なモノが飛び出して来るのが見えた。
『ブレス来ます!』
「イカがブレスッ!」
まさかと思ったその時、黒い霧の様な液体が撒き散らされた。
目隠し?
だが違った。
吐き出された黒い霧に触れた樹々が、一気に朽ち果てていったのだ。
「腐食/ロトンブレスかっ!」
咄嗟にエイジスの盾を全周防御で展開し、辛うじて防ぐ事に成功した。
マジかこの大王森イカ。
普通のパーティなら、魔法防御系の魔法盾/マジックシールドか魔法鎧/マジックアーマー系の完全に遮断するタイプじゃなければ、被害甚大で詰みだぞ。
やるじゃなイカ。
大味っぽいけど、新鮮なら刺身とかいけるんじゃなイカな?
モンスターを生色ってのも危ない気がするのでお勧めは出来んが。
『マスター、先ずは倒してから~』
そうだった。
取らぬ狸の皮算用とはこの事なり。
ただ、そこら辺の邪龍よりもデカいってのは厄介だな。
硬い装甲があるから、どちらかと言えばアンモナイトの眷属っぽい立ち位置なんじゃなイカ?
水属性のスキル保持なのがヤバいよ。
だが、イカはイカだ。
タコと違い、触腕と呼ばれる二本の長い脚を主に使うイカは、強力だが、それを封じられると、その大半の攻撃力を喪失する事を意味している。
クラゲやタコなら全ての脚を駆使して戦うんだろうがな。
俺は振り回される触腕を掻い潜り、再び根元から両断し、二本の脚を斬り倒した。
すると、殆ど身動きする事すら出来ない状態になっている。
「ここで時間をかけると、全身にアンモニアとかが回って味が落ちるかも知れん」
『また取らぬ狸!』
「これは狩人の嗜みさ」
再度、ミスリルスピアを引き出し、そのままその体表を貫いてやった。
装甲は硬いが、風遁の力を先端に込めると、貫通力が格段に上がると言う、地球でのメタ情報のお陰で、易々と大王森イカの内部へと侵入し──生体電流/エナジーボルトを叩き込む事に成功した。
バヂンと青い火花が弾けた瞬間、巨大な目がブルッと震えたと思うと、そのまま横倒しになってしまった。
「……カモ?」
『いえいえ、本来ならBランクパーティで挑んでもおかしくないんですよ?』
これで美味かったらな。
この温泉場の近くは、少し生態系が違う気がする。
非常に進化的な生物が住むエリアなのではなかろうか? モンスター化していると言うよりも、進化が促進されているかの様に思えるのだが。
大王森イカをアイテムボックスに収納し、俺は温泉場へと戻りながら、ジッと森の中を観察していた。
「四つ確保している狩場と比較しても、少し毛色が違う気がする」
『そう言えば、植生も違いますね~』
森の中を疾走しながら、俺は此処を重要拠点化する事を決意した。
温泉もあるし。
アルマンドさんの護衛依頼を達成したら、皆を連れて来よう。
そして……う~ん、こ、混浴だよな! パーティメンバーだもんな!
「あら、随分と幸せそうね」
その時、疾走する俺の背後から声がした。
この声は──
「ローズ!」
『いつの間に! 周囲を囲まれています~』
樹々を間を跳ね、俺はブラッディローズから距離を取った。
一体何時から尾けてたんだ!?
「ねぇ……ユウ」
何時の間にかあだ名がユウになってる──定着したのか?
「何でしょうか?」
「私達も温泉に入れてくれないかしら」
「!!! な、何故それを!」
人知れずダルシアを抜け出した筈なのに…何故バレたのだろうか?
「だって、あんなに嬉しそうに資材を揃えて、山の方に向かって行くんだもの。気になるじゃ無い。それで…」
「後を尾けた…と?」
「うふん、ご名答!」
ルフに匹敵する移動力
バビロニアンの知覚能力を凌駕する隠密スキル
取り敢えず不問にしておこう。
やはり危険な女だった様だ。
美人なだけに余計に危険な薫りが三割増しになっている気がする。
「……これは天然の温泉場ですからね、共同所有という事で如何でしょうか?」
「助かるわ~パーティメンバーの福利厚生もリーダーの務めなのよ」
「…福利厚生……あんたもしや!」
「そう…転生者よ……同じ同郷のよしみで、これからも助け合いましょうね」
まさかとは思うけど、もしかして元は男とか…
「そのまさか! 神様も粋な計らいしてくれるわよね!」
こいつ、異世界ライフを堪能してやがる!
目の前に転生兼転性を実行する強者が居た。
「因みにこの五人は全部レアな一族の奴隷墜ちしたのを強奪して揃えたのよ」
「何だとぉ──!」
俺ですらまだ一人の奴隷メイドも手に入れてないのに!
いや、酷い事をするつもりは毛頭無いけども。これは異世界冒険物語のお約束だもの!
「それともう一つお願いがあるの」
間違い無い。
このフラグはかなりマズいぞ。
俺はブラッディローズのパーティに取り囲まれ、嫌な汗が背筋を伝うのを感じていた。
《おかしいですね。体温調節は万全な筈なのですが》
管理AIくん、病は気からと言うだろう?
俺はこの地球からの転生兼転性者がロクでも無い事を考えているとしか思えない──何故なら「俺と同じ匂い」がするからだ。
転生する前の姿を…想像するのはマナー違反だからやめておくか。
その辺、同じ穴のむじなと言えなくも無いからな。
「この世界、地上世界/アレフガルドと地下世界/ミッドガルドに分かれてるって知ってた?」
「初耳だよ!」
マップも広域マップだけど、全地球マップじゃ無いんだもの。
「それをギアガの大穴が繋いでいるのよ」
「某DQ3の世界観を踏襲しているのか」
「正確には某DQ3がこの世界を踏襲しているのよ」
転生者が持ち帰ったのか。
非常に興味深い。
「ユウには、この世界の秘密の一端を教えてあげたのは、私に手を貸して欲しいから」
今のって、この世界の人ならみんな知ってるとかじゃ無いだろうな。
とは言え、袖すり合うも多少の縁というやつか。
俺はこの、転生者にして転性者に、協力してみる事にしたのである。
フラグにことごとく絡むのも、また転性者の嗜みってヤツだからな。
「じゃあ、先ずはお友達申請からね」
「はい──!?」
そう言って、ブラッディローズはピンクにデコられたスマホを取り出して来たのだった。
そうか──転生者は俺だけじゃ無かったんだな。
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