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第14章 氷の剣士

155 仲間とは

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「うおっ!す、凄い!」

 樹々の間を翔ぶように駆け抜けながら、俺は周囲への警戒を強めていた。全くと言っていいほど、モンスターの気配が無いのだ。まるでウォーキングでもしているような開放感に思わずテンションMAXである!

「でも、幾ら何でもコレは少な過ぎだよな」

 それでも止まって逡巡している時間は無い。
 幸運なのは、スレイプニルブーツで元から移動タイプは忍者のものだが、本当に忍者へとジョブチェンジした所為で、瞬身や縮地といった新たなる移動スキルを得て、俺の移動力は最大限にブーストアップされている事だ。
 元々、バビロニアンの基礎能力により、弾丸のような、目にも留まらぬ速さだったのだが、その上、隠密や隠形も同時発動している所為で、何者にも捉えられる事は無いと断言出来るほどの突破能力になっていると言えるだろう。
 ふむふむ、中々に快適だ。
 身体も羽根のように軽いし、疲労も殆ど感じない。
 忍者大当たりだな。
 加護を与えてくれた武神曰く、正確には人外対応で忍者改らしいが。因みに俺オリジナルだとか。類する物無しって事だ。
 ネフィリム達を布陣させている森の外れにある小高い丘から、墓谷と村の周辺部に辿り着くには直線距離で約10キロほど、恐らくは時速100キロは軽く超えている俺は多少寄り道しても10分以内には到着する筈である。
 早い! 正に韋駄天だ!

(先ずは村人が生贄とされている洞穴の近くを目指そう)

 俺は夜の森をさらに加速しつつ、遺体と洞穴を目指した。

 ◇

「……これが…袋詰めされた遺体」

 100を超える麻袋にはそれぞれ短剣が胸に刺さり、時折、痙攣でもするかの様に震えている。
 まさか仮死状態なんじゃ無いだろうな!
 ケルティからの報告で、死んでいる事は間違い無いとは言え
「ゾッとするな」
 胸が悪くなる。
 だが此処で感情を動かす愚をおかす訳にはいかない。
 戦場での迷いは死に直結する。

「後で纏めて弔ってやる──と言うか浄霊してやる」

 森の影から、様子を伺うが、やはり人の気配はない。
 徹底しているな。
 周囲を見渡すと、洞穴への入り口が見えた。

「……見過ごす事は出来無いな」

 俺はそっと洞穴へと歩き出した。
 周囲に人の気配は無い。
 シリィからの報告でも何の痕跡も見出せ無かったのだが、ここはまあ、一応はという事で。

(シリィが無事でも俺ならアウトって事が殆どなのが怖いよな)

 限り無く不死に近い俺でも自殺願望や極限マゾ気質が潤沢にある訳では無い。特にここは敵の勢力圏なのだ。マイナス思考を振りほどき、俺は洞穴の中へと侵入した。
 隠密と隠形でほぼ完璧にその存在を消しているとは言え
 実に嫌な感じだ。
 敵は絶対に友達にはなりたくないタイプだと思う。機会はなさそうだが。

「えっ!?」

 何も居ない筈の洞穴に──居た。

「でもコレは…」

 其処には、赤黒い布に覆われ、身体のいたるところを紐のような物で貫かれ、天井から吊り下げられている──恐らくは女が──居た。
 感じる禍々しい呪力は、その女が何らかの能力者/スキルホルダーである事を俺に伝えて来る。

「……でもどう考えても殺されてるじゃないか。まさか…仲間割れ?」

 地面には血の様な染みと、赤黒く変色した肉の塊が落ちている。
 これ…俺が調べるのか。
 まさかシリィを呼ぶ暇は無いだろうし…マジか!

「やるしか無い」

 俺はそっと脚を踏み出した。
 一歩、二歩と近づくと、布には幾つもの呪紋が描かれている。何かの儀式の後なのだろうか?

「裏切られたか、そもそも捨て駒か、ややこしい事になってるのか?」

 錆びたような血の匂いが立ち込める洞穴の中を、俺はゆっくりとその宙吊りにされた女へと歩み寄る。

「くそ! 絶対に仕掛けた奴は友達になりたく無い奴に決まってる!」

 手を伸ばしたその時、吊るされた女(あくまでも推定)が、ビクンッと痙攣した。
「うわっ! こいつもかよ!」
 外の袋詰めされた死体もそうだったが、この邪法は酷過ぎるぞ。
 
「たく…一応は下に降ろすかな」

 触りたく無いが、燃やしてしまう訳にもいかないし…詳細を調べる必要がある。
 俺は恐る恐る、手を伸ばし──
「もっと近くに来て」
「!!! なっ!」
 ズンッ!
 その瞬間
 俺は背後から巨大な触手の様な物に突き刺された。その赤黒い棘は俺の身体を背後から貫き、そのままゆっくりと持ち上げられる。
(しまった!脚が届か無い!)

「ぐううっ!呪詛か!」
 あの布の呪紋は、俺がドナテラ達から貰った聖骸布と同じく、魔力を遮断する性質があった様だ。初動を、全く感じ取る事が出来無かったのだ。
「ぐはあっ 、ち、力が抜ける 魔力付与されてるのか!」
 メリメリと俺の身体を貫く、その赤黒い棘は、その形状を変化させながら俺の身体を引き裂こうとしている。

「これでも死な無いとは、貴方は人では有りませんね」

 その時、貼り付けにされた生贄の背後から女が現れた。

「その棘は消して抜けませんよ。悪いけれど、ここで死んでもらいます…と言いたいところだけど、貴方は限り無く不死に近いと聞き及んでいますので、そのまま呪詛の苗床にさせて貰いましょう」
「ぐっ ふ、ふざけるな!」
「おや、その状態でまだ喋れるなんて、想定外ですね。その赤黒い棘は、人の血液と体液、臓腑を混合した、それその物が呪詛であり、麻痺や減衰を引き起こす筈なのですが、中々に粘りますね」

 確かに全身を締め付ける様な圧迫感を感じる。
 必死になって振り返ると──其処には赤黒い液体かヌルヌルと屹立していた。そしてそこから巨大な触手が、棘が生えている。

「お、お前まさか…」

「ふふふ、もう逃げられ無いだろうから教えてあげる。あの吊るしてある本体から抜き出した血液に用意した特別に加工してある液体を混合してあるの。特別な毒も潜ませてあるから、もう直ぐ楽になるわよ。でも死ねないけどね」

「て、てめえ! ただの霊媒師じゃ無かったのか」

「霊媒師だけど、ただのじゃ無いわ。天才的霊媒師は、新たなる術を編み出したのよ。だって、これだけ大っぴらに素材があれば、私ほどの天才なら簡単な事よ」

 その時、吊られた女の背後から、ローブを纏った女が現れた。
 その狂気を孕んだ瞳には、濃密な魔力が溢れ出ているような錯覚すら覚える。完全にキテル奴の目だ。

「ちっ!自分に酔ってるのかよ」

「あら、まだ元気なのね、でも、そこまでよ。こんな美少年を普通に殺しちゃもったい無いから、人傀儡にしてずっと私に仕えさてあげるわね。光栄に思いなさい」

 やはり此奴は変態確定だ!
 恐らくは村人も此奴の毒牙にかかったのだろう。精神干渉系のスキルも保持してそうだし。
 絶対に許さん!
 と言いたい所だが、身体は本当に動か無い。
 この術は最低だが良く出来てる。
 敵地に乗り込み、敵を利用して術を行使するなら効率は良さそうだ。

「さあ、それじゃ、簡単には死なせてあげないから楽しませて貰うわね。ギルドの討伐隊も来ても明日以降だろうしね」

 ニヤニヤと好色な笑みを浮かべ、女はローブを脱いでしゃなりしゃなりとその豊満な肉体を鼓舞する様に歩み寄って来る。
 間違い無くこの女はどSだ。
 確定!
 確定です!

「さ、最後に名前を…せめて名前を教えてくれ」

「…良いわよ……私の名はズールー、人傀儡使いのラメラ-ズールーよ。ラメラ様と呼んで貰お──」
 斬!!!
「ぐはぁっ! な、に!」
「わかった、ラメラ様──是非に死んで下さいませ!」
 その時、ラメラの首を両断した刃はそのまま棘を破壊した。
 ふう、もう助からないけど助かった。
 既に立ち上がる力も無い俺を、俺が見下ろす。

「やっぱり分身は分身、力も元のままとはいかないな」
 俺に語りかけると
「まあ、慣れたら陽動や偵察以外にも使い方はあるさ」
「いや、でも意識はあるからさ、このままこの女──ラメラ様とラブラブは厳しかったと思うよ」
「その辺は要相談だな」
「かと言って簡単に意識を解くと陽動としてはイマイチだろ?」

「あ、あんたら…」

 その時、首を落とされて死んだ筈なのにまだ動くラメラ様とやらが不穏な声を掛けて来た。
 おいおい、いま少し怖かったぞ。
 いきなり声を掛けるんじゃ無い。

「おおっ!その血はお前の護りでもあるのか」

 赤黒い血が、蛇か蛭の様に蠢き、身体と頭を繋いでいる。
 てかどうやって喋るんだよ。
 俺もそうだったけど、ご都合主義も甚だしいぞ。

「まてよ、今、プチっと止めを刺してやるからな」

「ちっ!なめないで!」

 その時、ズルリと巨大な血の塊が大蛇の様にうねり、俺を牽制してきた。
 実に変態的な挙動だ。

「おい、その前に」
「分かったよ」

 俺が手を伸ばすと、俺を見下ろす俺が触手を展開し、俺を飲み込んでいった。やっと意識が手放せる。

《融合します。意識はそのまま本体に統合されます。何か言い残す事は?》

「これってさ、一応は俺の死にあたるんじゃ…」
《考えたら負けですDELET!》
「ちょま──」
 せっかちな奴だ。
 俺は薄れゆく意識の中でそう呟いた。

 ◇

《どうやら分身の一つが接敵、ツーマンセルの一つが倒され、戦闘に入った模様です》

「…やはりあの遺体は利用されてたんだな」

《ただの霊媒師では無かった様です》

 俺はジッと墓谷へと続く渓谷を影から伺いながら、分身体が送って来る情報を精査していた。

《三十体の分身のうち、接敵したのは今の所、あの洞穴に向かった者だけです。残りはなんの接触も有りませんでした》

 どうやら、奴等は高位の隠密スキル持ちらしい。

「……さて、一斉捜索の時間だ」

 その時、暗闇から無数の人影が現れた。

「遅れた?」
「俺なんか一番遠いのに頑張ったよね」
「一人殺られたんだろ」
「いやTKOだな」
「それを殺られたって言うんだよ!」
「ええ、じゃあ合流が遅れるのか」

 数十人の俺が呑気なことを言い合っている。
 どうやら並列処理も問題無い様だ。

「じゃあ、交戦中の一人には応援を送ろうか。中々に醜悪な奴が居たみたいだし」

「「「賛成!」」」

 さて、思い知らせてやろうじゃ無いか。

 俺、達は墓谷に向けて、峡谷に乗り込んだ。

「誰が本体だったっけ?」
「お前か?」
「多分違うぞ」
「俺だよ!」
「「「そうかっ、意外と分からんもんだな」」」
「それ、一応は秘密なんだぞ。戦略的に」

 俺の分身は、やけにフレンドリーでフリーダムな奴等だった。

「──逃げんなよ!」

「……当然だよ」
「あ、ああっ!」
「当たり前だろ!」

 何人か、返事が遅れた気がするが、気の所為だと言う事にしておこう。

 一抹の不安──いや、俺は信頼しているから、きっと大丈夫だろう。
 多分……
 
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