146 / 205
第14章 氷の剣士
146 迫る影
しおりを挟む北の街道
きちんと整備された道の所為で、馬車は滑るように進んでいた。古代ローマの街道程では無いようだが、それでも苦痛な程ガタピシするでも無く、定期的に整備されている様だった。
ただ、昨今の騒乱の影響なのか、行き交う旅人は恐ろしく少ない。
『周囲には殆ど──いえ、全く人影はありません~モンスターも確認出来ませんね』
斥候に出したオシリィであるが、やはり何も発見出来無い。どうやら異世界の住人は情勢に敏感な様だ。やはり死の危険が真近にあるからだと推察出来る。
途中の道程では、交代で警護に当たる事になっており、人の少ない、最も低ランクの俺達はしばしお休みとなっている。
「電子精霊であるオシリィは誰にも検知される事が無いからな」
やはり街道周辺は、定期的にモンスターの討伐を行っている所為で、殆ど遭遇する事は無かった──ていうか皆無だった。
まあ、ダルシアから近いのだから当然か? わさわさ遭遇する方が問題だな。力量を測る為にも是非戦闘に突入してもらいたかったのだが、残念である。
因みにセシルさんはギルドのスタッフが雇ったサポート要員達と打ち合わせを行う為に二台あるギルド専用の馬車に乗り込んでいる。フンフンと鼻息が荒いのは気合いが入っている所為だろう。何しろ今日から一週間の長旅なのだ。腕の見せ所と言ったところか?
キャシイとシルビアも装備の手入れに余念が無い。
キャシイは短弓を一段上の混合弓と呼ばれる草原の馬賊が使う特別な物に変えた。木だけはなく骨などの材料を組み合わせたものてで、大変珍しい逸品らしい。
盾はスモールシールドでは無くバックラーと呼ばれる更に小型の盾に切り替え、新たに仕込みの短槍を魔力付与された品に更新した。狭い場所でも取り回しが楽で、対人戦にはかなり有効らしいので、今回の盗賊団などを相手にするのに向いていると馴染みの武具屋に勧められたんだそうだ。
シルビアはさらに短いマントを購入した。これは風の加護が付いている珍しい逸品らしい。遠距離攻撃を躱し易くなるのと、行動に補正がかかる上に、レジスト能力も付いているらしい。
そろそろ魔法杖もやりかえるタイミングだったのだが、今回は保留したそうだ。代わりに風の加護を受けたナイフを購入し、いざという時の護身用にしている。
そろそろ、高レベルのアクセサリーなんかも装備させたいよな。即死攻撃無効とか、自動回復とか、魔力量増加とかが良いのだが、この様な騒乱の起こる時には品薄状態になるらしく、良いものは売り切れていた。
う~む、ギルドや領主におねだりしてみようか? それ位して貰っても構わないくらい貢献はしてるよね~
資金があっても買えないし、値段も高騰してるから割りに合わない事も多いらしいし。その辺は交渉の余地有りだな。
『モンスターと遭遇!恐らくはコボルトの集団です~』
その時、オシリィからPASが繋がった。
馬車から身を乗り出し、前方を見ると──まだ誰一人として何の反応もしていない。
「やばっ!」
俺は慌てて身を隠した。
「遅いわよ!マスターが察きわよ」
各馬車には一人から二人が警戒の為に荷台や御者台に座っているが、その内の数名が俺を見た。この後、コボルトと遭遇したら俺が探知した事が確定して、俺の警戒範囲が予測される。
構わないと言えば構わないのだが、敵か味方か混然とした現状では望ましく無い行動だった。究極的に存在感ゼロのオシリィを捉える事が出来る者は居ないだろうが、探知範囲は結構重要だからな。
「さて、どうするか」
無視を決め込むのもどうかと思う。
「仕方ないな」
ZuWatchから黒鵺を取り出し、俺は馬車の上に登った。
「ユウテイ、行くのかい?」
窓から顔を出したキャシイは行かない方が良いと判断しているようだ。
「一応は仲間だしな」
そう、レギオン的な判断なら最低でも情報を伝えるべきだろう。能力を晒すべきでは無いと言う考え方もあるが。
俺はジッとコボルトの接近する方向に向け神経を集中した。
俺達の馬車は丁度ダルシア平原を抜け、森の中を切り開いた街道を進んでいる所だった。視界はかなり悪い。そしてこの様な森の中は、コボルトに取っては大変有利なホームグラウンドみたいなものなのである。強気に出て勝負してくる可能性は高い。
「……距離は約五百メートル…十五から二十匹と言ったところか」
『高速でこちらを捕捉して移動中~あと数秒でレギオンの誰かが気が付きますよ~』
感知タイプが居れば当然…いや少し遅くないか?
『通常の生体感知や魔力感知スキルならその辺りが限界かもです~上位の千里眼などの持ち主は例外中の例外ですね~』
俺の持つオシリィコシリィ軍団の警戒範囲は約千メートル、これは破格の性能という訳か。
まあバビロニア製だからな。
しかも相手には一切感知されないチートスキルだし。超絶ガン無視電子精霊ならではだな。
馬車の上に立ち、接近する方向を注視していると、ようやく一人が馬車から降り立った。
「今、レギオン全体を警戒しているのはゼイラム達か」
続けて御者台から身を乗り出した者が一人。
どうやら感知タイプとは言え常時発動では無いようだ。意識して使用するタイプらしい。探知範囲は三百メートル程か?
「頃合いか」
俺は荷馬車の屋根を駆り、一気に先頭へと跳んだ。
「敵だ!」
俺は声を上げ前方へと急ぐ。
これは俺の能力の一端をレギオンに伝える為の行動だ。俺の感知スキルが破格であると伝える為の。そして自分のスキルを晒す危険性を考えない甘いルーキーであると…まあそれはいいか。
「何、敵だと!?」
「何処からだ!」
俺の声にレギオン全体が反応する。御者台には各パーティの警戒担当者がそれぞれ乗り込んでいるが、この時点でも殆どの者が感知出来てはいない。
俺は前方へと馬車の屋根を跳び、先頭へと向かった。俺のスレイプニルブーツの移動補正に取得した忍者のアビリティによる効果でさらに高速での移動が可能になっている所為で、まるで飛んでいる様な錯覚すら覚える。YouTubeでみたフライングスーツを着てる人みたいだよな。風を受ける感覚が心地良い。
「んっ…追ってくる…のか?」
背後から迫る気配が一つ…いや二つ……そして盗撮野郎が二つ、こいつら、ワザと俺に動くように仕向けたのか?
少し速度を落とそう。
警戒担当のパーティが先陣を切るのが当たり前だろうからな。
若干脚を緩めた俺の真横を一気に追い抜いていく──二人だと!
どうやら一人は完全に気配を消していたようだ。俺の感知スキルでは捉えきれなかったらしい。
「やるじゃ無いか」
通り過ぎざまサッと手を翳し、俺に止まるように伝えて来た。任せろって事か?
「いやいや、侮れないな」
『オシリィ、増援が無いか周囲を探ってくれ!』
『了解!譲るんですね~』
『今日の所はな』
だが、そうは問屋がおろさないらしい。
『新手!後方よりさらに接近!コボルトは陽動の可能性あり!』
俺は忍術を使う決断をした。
《隠密発動》
『オシリィとコシリィを冒険者とコボルトに向かわせろ!俺は単独で敵に当たる』
その時、PASが繋がり、スマートグラスに敵の姿が表示された。
(カマキリだと?)
そう、それは十メートル近い、巨大なカマキリだった。
しかも──
(隠密か隠形に類するスキル持ちだと?)
レアモンスターの気配である。
俺はいつも当たりを引きやすいらしい。
一つ深い溜息を吐き、速度を速め、俺は森の中を飛んだ。
0
お気に入りに追加
226
あなたにおすすめの小説
大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います
騙道みりあ
ファンタジー
魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。
その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。
仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。
なので、全員殺すことにした。
1話完結ですが、続編も考えています。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
クリ責めイド
めれこ
恋愛
----------
ご主人様は言いました。
「僕は、人が理性と欲求の狭間で翻弄される姿が見たいのだよ!」と。
ご主人様は私のクリトリスにテープでロータを固定して言いました。
「クリ責めイドである君には、この状態で広間の掃除をしてもらおう」と。
ご主人様は最低な変態野郎でした。
-----------
これは、あらゆる方法でクリ責めされてしまうメイド「クリ責めイド」が理性と欲求の狭間で翻弄されるお話。
恋愛要素は薄いかも知れません。
【完結】彼女以外、みんな思い出す。
❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。
幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。
性欲排泄欲処理系メイド 〜三大欲求、全部満たします〜
mm
ファンタジー
私はメイドのさおり。今日からある男性のメイドをすることになったんだけど…業務内容は「全般のお世話」。トイレもお風呂も、性欲も!?
※スカトロ表現多数あり
※作者が描きたいことを書いてるだけなので同じような内容が続くことがあります
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる