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第五章 王都魔物侵攻編
第97話 みんなの準備
しおりを挟む未来視の儀式を行った日からちょうど一か月が経った。俺たちはこの一か月で準備を全て終わらせて来る日に警戒をしながら日々を過ごしていた。
俺たち以外にも冒険者や王国騎士たちもそれぞれの準備を着々と進めていた。
冒険者たちに関しては俺たちSランクや一部のAランク冒険者たち以外には具体的な情報は伝えずに王都周辺の警備と魔物の討伐を主に任せていた。騎士とは違って流石に冒険者には情報統制は出来ないから一部の信頼のおける冒険者たち以外には伏せることとなったのだ。
また王国騎士たちもどうやら王様から直接これから起こる可能性のある事態についての説明が行われたようで2週間ほど前から王都を囲う市壁に常駐する騎士たちが今まで以上に目に見えて増えていた。
もちろん騎士たちには箝口令が敷かれており、騎士たちからは情報が流出することはなく王都の国民にはそれほど大きなパニックは発生していなかった。
だが必ずと言っていいほどに人の口には戸は立てられないのでどれほど情報規制を行ったところで情報というのはどこからかは漏れ出てしまう。
「ねえ奥さん、あの噂知ってます?どうやらこの先、王都の近くで魔物の大量発生がおこるかもしれないんですって。その対処のために今この王都にはこの国のSランク冒険者たちが勢ぞろいしているらしいのよ」
「もしかしてだから最近騎士団の人たちを多く見かけるのかしら。気のせいかもって思っていたのだけど、その噂が本当なら警備にたくさん人員が割かれているのかしらね」
俺が街中を歩いている時に聞こえてきた話だ。
こんな風に出処もはっきりとしない噂が住民の間で流れているらしい。
やはりどの世界でも人というのは噂話というのに目がないらしく、この噂話はあっという間に王都中へと広がっていった。話の内容的に騎士団から情報が漏れたというよりは冒険者側から漏れた可能性が高いそうなので騎士団の誰かにお咎めがいくことはないだろう。
しかしその噂話を真に受けた一部の住民が王城の前に集まって王様に説明を求める小規模のデモ隊?のようなものが形成されていた。その姿に不安を覚えた住民が徐々に増え始めて日に日にその人数が増えていったのだ。
事態をこれ以上大事にしないために早急に王様が国民への説明を行った。
「今現在、市中に流れている噂は私の耳にも入ってきている。だが噂話というのは単なる噂話に過ぎない。私たちの住まう王都の周辺は知っての通り、魔物が出て来ることのない安全な地域である。しかし少し離れたところには魔物の生息する地帯というのは王国建国当時から存在している。そこから魔物が大量発生して王都に押し寄せてくるかもしれないという可能性の話をすれば...ないとはいえない」
国王の言葉に民衆がざわつく。
しかしそのざわつきは王様の一声で一瞬にして鎮まった。
「だがそれは今に始まった事ではない。どうか国民たちよ、一時の単なる噂話に惑わされずに事実をしっかりと見据えて欲しい。そういった危機はどこに住もうと大なり小なり抱える問題である。その危険を排除するために私たちは王国騎士団、そして冒険者ギルドとも連携して王都の防衛および近隣の魔物討伐を日々行っている。それに最悪の事態に備えている。我々は我々の生活を脅かすものへの対処を怠ったことは一度もない。それが事実である」
力強い王様の演説に民衆は息をのんだ。
俺も聞いていて心が震えた。
さすが一国の王だけあってカリスマ性が半端なかった。
グランドマスターから聞いていた話よりも実際の方が何倍もすごい人なのだと感じた。
そうして王様の言葉によって不安を抱く民衆の数は徐々に減っていき、大規模なパニックにならずに済んだ。またこの件によって民衆たちそれぞれが改めて危機意識を持ったことにより、非常事態時のパニックが最小限に抑えられるのではないかというメリットが大きい気がしていた。
一方で俺たちはというとこの1か月間、それぞれが王都の防衛および魔物たちの迎撃に向けて準備を進めていた。特にヴェスティガさんは何やら王国騎士団の偉い人や自身の研究所のメンバーと共に市壁を巡っていた。詳しくは知らないが、どうやら王都防衛に関する準備を騎士団と共に進めているのだそうだ。
またイルーラさんはセレナとセラピィに稽古をつけていた。
どうやらセレナとセラピィが今回の戦いで自分たちも何か力になりたいとイルーラさんに教えを乞うたのだそうだ。セレナと同じく魔眼持ちであり、精霊のことについて多くのことを知っている彼女であればセレナたちの師としては最適だろう。
俺が自らの修行に励んでいる間、彼女たちも力をつけるために努力をしていたようだ。
そしてレイナはグランドマスターの臨時補佐として慌ただしい日々を送っていたとのこと。関係各所に送る資料の整理や確認、および戦いのために招集した冒険者たちの情報整理など目が回りそうなほどの作業をこなしていたらしい。
自分は戦いには参加できないからせめてサポートとして全力で当たりたいと彼女は言っていたが、修行から帰ってきた時に少し働き過ぎではないかと心配になるレベルでげっそりしていたので俺はグランドマスターに直談判してレイナを無理矢理休ませることにした。
どうやらグランドマスターも常々休むように言っていたらしいのだが、それでもレイナが自分のやれることをやりたいと聞かなかったらしい。セレナの家のふかふかベッドで丸一日眠って少しずつ元気になっていったのを見て少し安心した。
彼女の想いは尊重したいけれど俺とセレナで少し説教しておいた。
何をするにも健康が第一なのだから無理だけはしないで欲しいと。
そういえば、ガーディスさんはというと俺と同じく体を鍛えると告げてどこかへ行ったらしい。どこに行ったのか分からず、いつ帰って来るかも告げてなかったのでもしかして戦いの日までに帰ってこれないんじゃないかとギルドの職員たちが心配していたらしいのだが、なんとか数日前に王都へと帰ってきたようだ。
まあ何はともあれ間に合って良かった。
人騒がせな人ではあるけれども。
まあ一方で俺はと言うと、しっかりとどこで修行をしているかセレナたちに言っていたし、それに毎晩ちゃんと王都に帰ってきていたので心配されることはなかった。
未来視の儀式で一か月後と視えたけれども、それよりも時期が早まるという可能性がないわけではない。だから王都から離れるわけにはいかない。
しかし修行の成果はかなりあって、俺はこの一か月ほどでかなり強くなっていると自負している。もうどんな予想外なことが起ころうとも後れを取る気がしないレベルには自重というリミッターは外してきたつもりだ。
そんな感じで各々来たる戦いの日に向けて準備をしっかり整えてきた。あとはいつやってきてもいいように調整をしておく。
そうして儀式から一か月経った日から数日後の朝のことだった。
その日も早朝から王都を取り囲むように建てられている市壁の上から警備兵が周囲の警戒を行っていた。
また市壁の東西南北それぞれ一ヶ所ずつに魔法望遠鏡が設置されており、肉眼では見えないような遥か遠くの方の様子も各場所で四六時中観察し続けていた。
「ふぁ~、眠い...」
「我慢しろ。もうすぐしたら昼のやつと交代だからそれまでの辛抱だ」
「ふぁ~い...」
警備兵の男が眠そうに欠伸をしながらも自らの職務を全うするために魔法望遠鏡を覗き込む。警戒レベルが引き上げられてからもう何日も経過しているが、今現在に至るまで見えているのは平原に森に鳥。
平和そのものの風景がずっと広がっているのに一体どこから脅威となるものがやってくるのか教えて欲しいものだと男は考えていた。
「ふぁ~、今日も異常な......ん?」
「...ん、どうかしたか?」
平和そのものであるのどかな平原や森が魔法望遠鏡から見えていたのだが、突然真っ黒い何かで視界が覆われた。何か障害物でもあるのかと望遠鏡の前を見ても何もない。
今度は魔法望遠鏡の見ている距離を調整してみることにした。男は先ほどよりも視界を徐々に引いてみる。
「...なっ、何だあれ?!?!」
そこには地面に真っ黒で大きな沼のようなものが出来上がっており、その中から次から次へと魔物らしき生物が出てきていたのだ。
「ま、魔物だ!!!魔物の大群が現れた!!!」
男はすぐさま大声で近くにいた同じ警備兵たちに異変を知らせる。そしてすぐにその男が所属する王都北警備兵隊の隊長が連れてこられた。
「隊長こちらです!!」
早朝にも関わらず異変の知らせからものの数分でやってきた隊長はすぐに状況の確認をする。
「これは...とうとう来てしまったか」
王都騎士団には多くの騎士が所属しているのだが、今回の詳しい内容は全ての騎士に伝えられているわけではなかった。ある一定以上の人数を率いている集団の長クラスの人物にはもれなく伝えられている。
もちろんこの隊長もその一人だった。
「急いでこのことを騎士団本部と各警備兵隊に連絡!そして冒険者ギルドにもこのことを一刻も早く伝えるんだ!!」
隊長の指示で一斉に兵士たちが動き出す。
伝令を任された兵士は急いで馬を飛ばした。
各要所にこのことが伝わったのは10分後であった。事前の念密な連携構築のおかげで無駄なく情報が伝わっていった。
そうして俺たちは発見から30分後には魔物たちを迎撃するべく王都の北側の平原へと集まっていった。
魔物たちがここまでやってくるまでおよそ15分。
開戦の狼煙が今、上がろうとしていた。
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