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第三章 王都誘拐事件編

第59話 セレナの心

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彼女はこちらを見て驚いていたが、その表情にはどこか疲れも見えるような気がする。


「セレナ様も気分転換ですか?」

「ええ、少し...、お隣よろしいですか?」


俺は大丈夫ですよと答えると彼女はゆっくりと隣へとやってきた。
柵に手を置いて少し息をつくとバルコニーの下に広がる庭園を見つめていた。


「......あ、あの、ユウトさん。昨晩は本当にありがとうございました」

「いえいえ、セレナ様が無事で何よりです。お体の方は大丈夫ですか?」

「はい、おかげさまで特に問題はありません。そ、それで...一つお聞きしたいことが...」


彼女はそういうと少しの間黙ってしまった。
何か聞きにくいことでも聞こうとしているのだろうか?


「何でも遠慮なく聞いてください。答えられることであればお答えしますので」

「...ど、どうして私なんかを助けてくださったのですか?もしかして...私が公爵家の娘だからですか?」


俺は思いもしなかった質問に思わず彼女の方へと視線を向ける。
すると隣にいる彼女は何か深刻そうな表情をして庭園の方を見下していた。


「...そんな大層な理由なんてないですよ。そもそも不審者に連れ去られている女性を助けに行こうと決めた時にはまさか公爵家の娘さんだなんて知りませんでしたし」

「では、一体どうして...?」


さて本当に言葉に出来るようなちゃんとした理由なんてないんだけどな。
でも強いて理由を言語化するのであれば...


「私が気になって仕方なかったから...ですかね」

「えっ、気になった...?」


セレナ様は俺の予想外の回答を理解できずにいた。
まあこれでは言葉足らずか。


「ええ、そうです。私はあの晩、偶然にも何らかの事件に巻き込まれ誘拐されゆく人を見てしまいました。もし何もせずあのまま宿に帰っていれば私はあの人があの後どうなったのか、ちゃんと生きているのか...という風に気になって気になって仕方なかったと思うんです。そんなモヤモヤした気持ちじゃちゃんと眠れないですし、だからこそ後顧の憂いを断つためにも助けに向かったんです」


そう答えるとセレナ様は少し驚いているような表情でこちらを見つめていた。ここで困っている人を見捨てられなかった!とか正義の味方みたいなくさいセリフでも言えばカッコよかったんだろうが、彼女の魔眼に対して心にもないことを言っても逆に不信感を抱かせるだけだろう。


「...こんな理由で呆れました?」

「いえ、そうじゃなくて...」


セレナ様はそういうと視線を屋敷の外に広がる王都の街並みに向けた。
彼女の目は街の方向を向いてはいるがそれよりもはるか遠くを見つめているような気がした。


「ご存じかもしれませんが、私は真性の魔眼という能力を持っています。それのせいで私には他の方の本性、心の本質というものが見えてしまうのです。私が今まで接してきた人たちはそのほとんどが口に出していることと心で抱いていることが違います。本音と建前というものでしょうか、人というのはそれを使い分けて様々な人たちと交流をしていますよね」

「ええ、そうですね」

「私にはそれがはっきりと分かってしまうので、家族以外の人からは...不気味だと言われてきました。それにこの髪色も相まって私の周囲には誰も近づいてきてくれなくなりました。でも...ユウトさんは違いました。私がこのような能力を持っていると知りながらも曖昧に誤魔化して避けるのではなく、自身の気持ちを素直に言葉にしてくださった。それが、それが...嬉しくて...」


するとセレナ様は目から大粒の涙をポロポロと流し始めた。
自分でも涙が出たことに驚いたのか、急いで涙をハンカチで拭っている。


「すみません、急に泣いてしまったりして...」

「いえ、泣きたいときは泣いた方がいいですよ。涙は自分の気持ちを浄化してくれる良いものですから」


するとセレナ様は目に涙を浮かべながら自然と口角が上がっていた。
バルコニーにやってきた時の疲れた様子はすっかりなくなっていた。


「涙は気持ちを浄化してくれる...、そんなこと言われたのは初めてです」

「...私が思うにセレナ様は自分の気持ちを押し殺しすぎている気がします。他人の気持ちが見えることで避けられてきた経験から自身の本音を表に出すことに抵抗感が生まれてしまったのではないですか?」


俺はセレナ様の目をじっと見つめて彼女に対して感じたことを素直に告げる。

このような理不尽な環境でずっと我慢し続けている彼女を見ていると何だかやるせない気持ちになるのだ。彼女のため...いや、これは自分勝手かもしれないがセレナ様にはもう辛いことや嫌なことを我慢してほしくない。我慢し続けた結果、心が壊れてしまっては元も子もないということを俺は嫌というほど知っているから...


「セレナ様が他の貴族から不気味がられていることはたった少しだけパーティ会場にいた僕にも痛いほど理解できました。しかしそれ以上に私はマリアさんやアルバート様、それにロードウィズダム公爵家の人たちがあなたを大切に思っていることも理解できました。もちろん私もです。でもセレナ様自身はご自身を大事にされていますか?」

「そ、それは...」

「セレナ様の気持ちを、大切な自分の心を蔑ろにしないで上げてください。心というのは自分で思っている以上に脆く、そして傷が治りづらいものなのです。一度壊れてしまったら元の状態に戻ることは難しくなります。なのでセレナ様の周りの人たちが大切に思ってくれているのと同じくらい、その人たちのためにも自分の心を大切にしてあげてください」


俺は真剣に、そして優しく語りかけるようにセレナ様へと思いの丈を伝える。
セレナ様は俺をじっと見つめたまま言葉を発することはなかった。

そしてしばらくしてハッと我に返ったかのように顔を綺麗に光っている月へと向けた。


「...自分の心を大切に、ですか。自分の心を大切に...心...」


セレナ様は何か納得したように何度も同じ言葉を口にしていた。
そして意を決したような表情でこちらへと向き直る。


「...そうですね。ユウトさん、ありがとうございます。私、あなたに出会えて本当に良かったです!」


そのように俺に告げると「では、失礼します!」と急いでバルコニーを去っていった。突然去っていったことにびっくりはしたが最後の彼女の表情がキラキラと輝いていたのを見て俺は安堵していた。



俺の辛くて苦しかった経験から学んだことが誰かの背中を押すことが出来たのなら本望か。
俺は何だか少し前世の苦しみが報われたような、そんな気がした。


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