上 下
134 / 146

第133話

しおりを挟む
~ハルが異世界召喚されてから2年177日目~ 

 サムエル、ラハブ、ベラスケス、そして帝国からやって来た技工士のニールが円卓のテーブルを囲む。 

 明日に迫った戦の準備のため多忙だった自警団団長のラハブとは久し振りに顔を合わせるサムエル。 

「ラハブ、そなたにダーマ王国を裏切らせてしまった。申し訳ない」 

 サムエルの悲しげな物言いを、振り払うようにラハブは返答する。 

「何を仰いますか、私は剣聖に敗れてからダーマ王国を裏切っているようなものでしたよ。それに雇い主の意向に従うのは当然です。それよりまさかこの方達が帝国側の人間だとは知りませんでした」 

 それを聞いたベラスケスは一笑にふす。 

「ご冗談を。とっくに知っておいででしょうに。それよりも、我々はこの日の為に一年半かけて準備をしてきました」 

 ベラスケスに続けて技工士のニールが口を開く。
 
「はい。森とこの砦に罠を仕掛けております。しかし……」 

 技工士のニールが続けようとするとベラスケスがそこに割って入ってきた。 

「交易や使節団を迎えるために港には罠を仕掛けておりません」 

「そこを食い止めるのが私達の仕事か」 

 今度はラハブが割って入る。 

 作戦会議はそこまで長くはかからなかった。 

「最後に、奴隷たちはどうしますか?」 

「サムエル様の身辺警護と罠の起動に人員をさいては?」 

 ニールが提案するとラハブが答えた。 

「あの少年奴隷の二人はサムエル様の近くに置いたほうが宜しいかと……」 

 ラハブの言葉を受けてサムエルは了承し、自分の考えを述べる。 

「そうだな、血を流すにはまだ若すぎる」 

「はい……」 

 ラハブの歯切れの悪さにベラスケスが少しだけ訝しんだ、というのもまだベラスケスはラハブがダーマ王国のスパイである可能性を拭いきれていなかったのだ。 

 ラハブは5年前、ダーマ王国の騎士団の団員として活躍していたが、剣聖との試合に敗れてから一線を退いているところをサムエルに誘われたのだ。ベラスケス推薦の者を団長にと考えていたのだが、サムエルがどうしてもということで快諾した。あまり此方の意見を押し通しても反感を買う恐れがあったからだ。 

 自警団の中には帝国の者が何人かいる。彼らによればラハブは義理堅く信頼するにたる人物だと評されている。反面、私的な部分は一切表に出さない。正直彼が王国のスパイならこの作戦は初めから詰んでいる。 

 ダーマ王国領内にいる全ての密偵にラハブの身辺調査を依頼したが一線を退いてからダーマ王国との接触はなかった。では、サムエルとの関係性は? 

 しかしラハブが裏切っているかは明日の開戦前にわかること、慎重なベラスケスにとってこれは大きな賭けでもあった。 

 また自警団の中にスパイはいないと帝国密偵の情報でほぼ確認が取れている。 

 ──あとは奴隷か…… 

 奴隷も帝国の密偵の情報で確認したが身元不明の者が何人かいる。ベラスケスは既に誰が密偵なのか予想していた。その対策として身元不明の奴隷は屋敷の地下牢に一時的に閉じ込める提案をした。しかしサムエルが地下牢ではなく大部屋に収容すべきだと反対した。 

「でしたらダーマ王国兵が屋敷の周囲までやってきましたら、その大部屋に外側から鍵をかけ、閉じ込めるということにして頂けませんか?」 

 サムエルは低い声でそれを了承する。 

 あと気がかりなのはあの少年奴隷だとベラスケスは考えていた。 

 ──彼とは一度会ったが口を聞いたことがない。とても冷たい目をしていた。奴隷の中にも帝国側の人間が数人いるが、一度だけ揉め事があったとしか報告を受けていない。 

 いくら少年奴隷とはいえ、身元不明者である者をサムエルの近辺に置くとなると気が気でない。 

 しかし、この心配事はサムエルの近衛兵として自警団の中から帝国側の者を3人置くことで解決した。 

 ──いよいよ、明日。この戦が終われば一気に世界が動き出すだろう。 

~ハルが異世界召喚されてから2年178日目~
 
サムエル軍 vs ダーマ王国軍 

 隊列を組んでいる自警団の前にサムエル、ラハブ、ベラスケスが港でダーマ王国の船が向かってくるのを見ていた。 

「思った以上の大軍でやって来たな」 

 サムエルが呟く。 

「いえ…想定内です。このことからやはり密偵は奴隷の中にいると確信できました」 

「…なぜわかる?」 

 まだこの会話に乗り切れないサムエル。 

「昨日は話しませんでしたが、もし密偵が我々の中枢にいた場合、私とサムエル様との繋がりにいち早く気付きあれ以上の大軍でくるのが普通です。しかし7日前のサムエル様の演説によりその繋がりを知ったのでしょう。急拵えの軍であることが明白、自警団やサムエル様の近辺にいる者達の潔白が証明されました。正直このダーマ王国軍を見るまで私はラハブさんがその密偵の1人ではないかとも考えていましたよ」 

 それを聞いてサムエルとラハブは顔を見合わせた。 

「「ハハハハハハハ」」 

「何がおかしいのですか?」 

「いやなに、ベラスケス殿がこんなにも饒舌だったとは、余程安心したのだなと」 

 ラハブの一言に居心地の悪い顔をするベラスケスはそれを掻き消そうとでもするかのように頬を掻いた。続けてサムエルが言う。 

「ラハブが裏切るわけなかろう。何せ私の弟なのだから!」 

「っ!?そんなまさか!?どうしてそう仰ってくれなかったのですか?」 

 帝国側の密偵でもわからなかったこの情報はダーマ王国側も当然知らないだろう。 

「帝国に隠し事があるように、こちらにも隠しておきたいことがたくさんあるのだ。しかし貴殿の素がようやく見えたな!」 

 サムエルが空を仰ぎ見ながら言った。  

「……さぁ!気をとりなおして作戦を開始しましょうか?」 

「はい!」 

 ラハブの号令にベラスケスは勢いよく返事をした。 

───────────────────── 

 そのころハルは屋敷のサムエルの部屋でダーマ王国の大型船がやってくるのを見つめていた。 

「本当に来やがった!」 

 フェルディナンはどこか、はしゃいでいる様に見えた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

レベルアップに魅せられすぎた男の異世界探求記(旧題カンスト厨の異世界探検記)

荻野
ファンタジー
ハーデス 「ワシとこの遺跡ダンジョンをそなたの魔法で成仏させてくれぬかのぅ?」 俺 「確かに俺の神聖魔法はレベルが高い。神様であるアンタとこのダンジョンを成仏させるというのも出来るかもしれないな」 ハーデス 「では……」 俺 「だが断る!」 ハーデス 「むっ、今何と?」 俺 「断ると言ったんだ」 ハーデス 「なぜだ?」 俺 「……俺のレベルだ」 ハーデス 「……は?」 俺 「あともう数千回くらいアンタを倒せば俺のレベルをカンストさせられそうなんだ。だからそれまでは聞き入れることが出来ない」 ハーデス 「レベルをカンスト? お、お主……正気か? 神であるワシですらレベルは9000なんじゃぞ? それをカンスト? 神をも上回る力をそなたは既に得ておるのじゃぞ?」 俺 「そんなことは知ったことじゃない。俺の目標はレベルをカンストさせること。それだけだ」 ハーデス 「……正気……なのか?」 俺 「もちろん」 異世界に放り込まれた俺は、昔ハマったゲームのように異世界をコンプリートすることにした。 たとえ周りの者たちがなんと言おうとも、俺は異世界を極め尽くしてみせる!

どこかで見たような異世界物語

PIAS
ファンタジー
現代日本で暮らす特に共通点を持たない者達が、突如として異世界「ティルリンティ」へと飛ばされてしまう。 飛ばされた先はダンジョン内と思しき部屋の一室。 互いの思惑も分からぬまま協力体制を取ることになった彼らは、一先ずダンジョンからの脱出を目指す。 これは、右も左も分からない異世界に飛ばされ「異邦人」となってしまった彼らの織り成す物語。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話

紅赤
ファンタジー
ここは、地球とはまた別の世界―― 田舎町の実家で働きもせずニートをしていたタロー。 暢気に暮らしていたタローであったが、ある日両親から家を追い出されてしまう。 仕方なく。本当に仕方なく、当てもなく歩を進めて辿り着いたのは冒険者の集う街<タイタン> 「冒険者って何の仕事だ?」とよくわからないまま、彼はバイトで冒険者を始めることに。 最初は田舎者だと他の冒険者にバカにされるが、気にせずテキトーに依頼を受けるタロー。 しかし、その依頼は難度Aの高ランククエストであることが判明。 ギルドマスターのドラムスは急いで救出チームを編成し、タローを助けに向かおうと―― ――する前に、タローは何事もなく帰ってくるのであった。 しかもその姿は、 血まみれ。 右手には討伐したモンスターの首。 左手にはモンスターのドロップアイテム。 そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。 「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」 ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。 タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。 ――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――

【完結】投げる男〜異世界転移して石を投げ続けたら最強になってた話〜

心太
ファンタジー
【何故、石を投げてたら賢さと魅力も上がるんだ?!】 (大分前に書いたモノ。どこかのサイトの、何かのコンテストで最終選考まで残ったが、その後、日の目を見る事のなかった話) 雷に打たれた俺は異世界に転移した。 目の前に現れたステータスウインドウ。そこは古風なRPGの世界。その辺に転がっていた石を投げてモンスターを倒すと経験値とお金が貰えました。こんな楽しい世界はない。モンスターを倒しまくってレベル上げ&お金持ち目指します。 ──あれ? 自分のステータスが見えるのは俺だけ? ──ステータスの魅力が上がり過ぎて、神話級のイケメンになってます。 細かい事は気にしない、勇者や魔王にも興味なし。自分の育成ゲームを楽しみます。 俺は今日も伝説の武器、石を投げる!

何者でもない僕は異世界で冒険者をはじめる

月風レイ
ファンタジー
 あらゆることを人より器用にこなす事ができても、何の長所にもなくただ日々を過ごす自分。  周りの友人は世界を羽ばたくスターになるのにも関わらず、自分はただのサラリーマン。  そんな平凡で退屈な日々に、革命が起こる。  それは突如現れた一枚の手紙だった。  その手紙の内容には、『異世界に行きますか?』と書かれていた。  どうせ、誰かの悪ふざけだろうと思い、適当に異世界にでもいけたら良いもんだよと、考えたところ。  突如、異世界の大草原に召喚される。  元の世界にも戻れ、無限の魔力と絶対不死身な体を手に入れた冒険が今始まる。

迷い人 ~異世界で成り上がる。大器晩成型とは知らずに無難な商人になっちゃった。~

飛燕 つばさ
ファンタジー
孤独な中年、坂本零。ある日、彼は目を覚ますと、まったく知らない異世界に立っていた。彼は現地の兵士たちに捕まり、不審人物とされて牢獄に投獄されてしまう。 彼は異世界から迷い込んだ『迷い人』と呼ばれる存在だと告げられる。その『迷い人』には、世界を救う勇者としての可能性も、世界を滅ぼす魔王としての可能性も秘められているそうだ。しかし、零は自分がそんな使命を担う存在だと受け入れることができなかった。 独房から零を救ったのは、昔この世界を救った勇者の末裔である老婆だった。老婆は零の力を探るが、彼は戦闘や魔法に関する特別な力を持っていなかった。零はそのことに絶望するが、自身の日本での知識を駆使し、『商人』として新たな一歩を踏み出す決意をする…。 この物語は、異世界に迷い込んだ日本のサラリーマンが主人公です。彼は潜在的に秘められた能力に気づかずに、無難な商人を選びます。次々に目覚める力でこの世界に起こる問題を解決していく姿を描いていきます。 ※当作品は、過去に私が創作した作品『異世界で商人になっちゃった。』を一から徹底的に文章校正し、新たな作品として再構築したものです。文章表現だけでなく、ストーリー展開の修正や、新ストーリーの追加、新キャラクターの登場など、変更点が多くございます。

処理中です...