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第130話

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~ハルが異世界召喚されてから2年171日目~ 

 いつものように畑仕事をしているハルとフェルディナン。さんさんと輝く恒星テラの光は今日も眩しい。 

 この眩しさは自分の罪を糾弾しているとハルは感じていた。ハルが高2のとき、読んでいた本には『太陽が眩しかったから』という動機で人を殺した物語があったのを思い出した。 

 よく、物語には主人公の苦悩や葛藤が描かれているものだ。しかし、その殆どがあまり労せず解決してしまう。 

 強いボスの倒しかた?
 主人公が世界を救う? 

 それを知ったところでハルにとっては何の意味も持たなかった。あのときは凄く面白いと感じた物語でも自分の人生と全く関係がない、ハルにとって物語とは所詮暇潰しにしかすぎなかったのだ。 

 苦悩と聞くと何を思い浮かべるか、一昔前のハルなら、アニメやドラマでよくある自分の内部にいる天使の格好をしたハルと悪魔の格好をしたハルが其々ASMRが如くそれぞれの主張を囁く。そんな想像をしただろう。 

 しかし、実際には違った。天使は弓で、悪魔は三ツ又の矛でハルを攻撃してくるのだ。 

「痛っ!!」 

 フェルディナンが使い古した鍬で手を怪我してしまったようだ。血が出ている。 

 土が傷口に入ったので洗ってくると言って川へと向かおうとしたが、ハルがそれを止めた。 

「どうしたんだよハル?」 

 ハルは水属性魔法で水を出して、フェルディナンの手の傷を洗った。 

「お!?おい!魔法使えんのかよ」 

 こくりと頷くハル。 

「うへぇ~しみる~」 

 ハルはフェルディナンが痛がっていたので魔法を解除した。 

「あぁそういうことじゃないんだよ?その…痛いから効くっていうかその…まぁもう一回水出してくんね?洗うから」 

 ハルは促されたのでもう一度魔法を唱えた。 

「不思議だよな?痛いのに身体に良いんだ」 

「?」 

 ハルは首をかしげる。 

「わかんねぇかな?水で傷口を洗い流すのは痛いだろ?でもそれは身体に良いんだよ!痛いのに身体に良いって変だよな?」 

 ハルはうんうんと頷く 

「この土もさ、なんで洗い流してるかって言うと、この土には目に見えない小さな雑菌ってのがあってよ。それが体内に入り込まない為に洗ってるんだ」 

 ハルは頷く。 

「てことはこの土はさ、身体に悪いんだ」 

「……」 

 ハルは黙ってフェルディナンに続きを促した 

「でもさ、この土についてる雑菌を全部とって綺麗にすると畑では使えない。良い作物は育たないんだよ」 

「……」 

「雑菌って言われてもわかんないよな?」 

 ハルは首を横にふる。 

「おっ?わかんのか?まぁコイツらがいないと良い食べ物はできないんだ。不思議だろ?」 

 フェルディナンはパッと手をふって水気を払った。 

「さっ!畑仕事だ!」 

 ハルは頷く。 

 植えた麦に芽が出始めた。 

 ハルは小学生の時、朝顔を植えたことを思い出した。 

 種に水を撒き、芽が出るのを待つ。 

 あんまり水をあげすぎると、芽が出なくなる。ちょうど良い具合に調整しなきゃならない。 

 その時も不思議に思った。良くしようとし過ぎても良くないことを。 

───────────────────── 

 サムエルは1年半前に買った少年奴隷が少しずつ反応を示すようになった報せをうけて喜ばしく思っていたが、またも新たな悩ましい種が浮上する。この種は非常に大きい。 

「サムエル様!!」 

 息を乱しながら使用人がやってくる。 

「どうしたあわてて?」 

「ダーマ王国の使者が……」 

 サムエルは使者を迎えたが、そこからの記憶が曖昧になった。何故なら、その使者から身に覚えの無いことを言われたからだ。 

 国賊と呼ばれた?そして、粛清するとかなんとか…… 

 話を要約するとサムエルが王族に贈った贈り物の中に爆発物が仕込まれていたとダーマ王国の使者が告げたのだった。その爆発によりダーマ王国の大臣が1名と周囲にいた秘書と護衛10名以上が死亡したとのことだ。 

 ダーマ王国に対する反逆罪により直ちに出頭する旨が告げられた。 

 また、一週間以内に出頭しない場合、この地に向けて軍を出撃させ、攻めこむとのことだった。 

 サムエルは直ぐにそのダーマ王国からの文書を確認した。正式な王爾とダーマ王国第二皇子のサインが記されていた。そしてその一報の真偽を確認したが、商人のルートだとそんな爆発事件など起きていなかった。 

 帝国の密偵ベラスケスにサムエルは問いただした。 

「貴方達の仕業か?」 

「ご冗談を、そんな爆発等起きていないと一番ご存じなのは貴方ではありませんか」 

 サムエルの揺さぶりに全く動じないベラスケスは更に続けた。 

「もし爆発が本当に起きてこれが我々の手によるものだとしたら、1年半前に貴方のもとに行かず、更に自警団の設立やこの砦の建設等を支援したりしませんよ」 

 ──確かに…… 

 ベラスケスは続けた。 

「ですが正直に申し上げますと、こうなることを我々は知っていました。それはダーマ王国の政治と世界の情勢を考えれば誰でもわかることです。しかし貴方に直接それを伝えても信じてもらえず、自警団やこの地をここまで育てることなどできなかったと思ったのです」 

「しかし…ではなぜ私に支援を申し出たのか?」 

「いざとなると忠義を尽くしている民すらも切り捨て我が物にする王などあってはなりません!確かにサムエル様の財や土地は我々も狙っています。しかしこんなやり方は絶対にしません。我々が最も欲しているのはサムエル様ご自身なのですから」 

 冷静なベラスケスの語気が強まった。 

「……」 

「サムエル様は帝国に必要なのです。無理矢理にではなく自ら帝国と手を結ぶことを決定して頂きたかった。今からでも遅くはありません。我々と手を結んでください。その旨を帝国に伝えれば、援軍を来させることができます。ヴァレリー法国やダーマ王国に気付かれないように迂回しながら海路を行くので一週間後にはここに到着できます」 

 ──む~、もはや選択の余地はない…か 

 今までダーマ王国に奉仕していたがこの仕打ち、もし商人同士のやりとりならばその者は直ちに信用をなくし廃業することだろう。 

「わかりました…帝国と手を結びましょう」 

「……良いのですか?そんなに早く決めて……」 

 ベラスケスは今日1日は猶予をもうけようと考えていたが、サムエルの決断の早さに面食らった。 

「長年、商売をやっていると決断の早さが決め手になることがありましてな……」 

「サムエル様の商才が垣間見えましたね……直ちに伝書を送ります」 

 ベラスケスは席を立ち、歩きながら文章をしたため自室に入った。自室で飼っている鳩の足に文章をくくりつけ、飛び立たせた。しかしこんな鳩を送るのはただの見せかけだ。ベラスケスは水晶玉に手をかざしてマキャベリーに報告する。 

 マキャベリーが応答するのに少し時間がかかった為、ベラスケスは鳩が飛び立つ背をみながら思案した。 

 どちらでも良かった。我々が爆発物を仕込んでも仕込まなくても。遅かれ早かれこうなっていた。しかしサムエルは欲しかった。マキャベリーはサムエルのもつ商いのルートの重要性を認識していた。今後帝国がダーマ王国、法国とこれから更なる敵対関係に陥ったとしても商人やそれを消費する民たちを味方につけやすい。また各国が滅んだとしても国の形態が変わるだけであり商人のルートを予め抑えておけば円滑に支配ができると考えているようだ。 

 ──いやはや…… 

『サムエルさんはどうなりましたか?』 

 マキャベリーの声が水晶玉から聞こえてきた。ベラスケスは考え事を止め、報告する。 

「はい。帝国に与することが決定しました。それに伴ってダーマ王国が一週間後に攻め込んでくるかもしれません」 

『それは何よりですが……そうですか、では援軍をそちらに送ります。但し周辺諸国の目を欺く為一週間後の日が沈む頃にそちらに到着するよう調節しますのでそれまで持ちこたえてください』 

「承知しました。ありがとうございます」 

『それと、ダーマ王国の密偵についてですが……』 

「そのことについては心配に及びません。見当がついております」 

『そうですか、それでは通信を切ります』 

 密偵は奴隷の中にいるとベラスケスは確信している。 

 ──しかし気がかりなのは別の、あの少年奴隷だ……  

───────────────────── 

 自警団が訓練している広場に奴隷や使用人、自警団達が集まった。 

 皆ガヤガヤと話している。 

 サムエルは木でできた高台に上ると皆に話をした。ベラスケスは風属性魔法でサムエルの声を拡声させる。 

「ダーマ王国は私に大臣殺しの罪を着せ、一週間後、私を処刑しにこの地にやってくる!」 

 集まった者達はざわつく。 

「私は帝国と手を結ぶことにした」 

「「「!!!」」」 

 またしてもざわつく。 

 サムエルは少し間を置いてから話を続けた。 

「私が帝国に下れば帝国の援軍が10日後の日が沈む頃にはやってくる。それまでどうか私に力を貸してほしい……しかし、このまま私に付いてくれば王国を裏切り帝国の民になるということだ。それが嫌なら今ここを出ていっても構わない。勿論、奴隷達もここから離れて行っても構わない。また明日の戦に敗れれば、私は処刑され、皆もここをおわれてしまう。奴隷達は別のところで奴隷となり、自警団は国賊が所有していた自警団となり処刑或いは何らかの処罰が下るだろう。これは恐ろしいことだ 」 

 少し嘘をついた。帝国の援軍は一週間後に来るが、ダーマ王国の密偵を気にしてのことだ。 

 広場に集まった者達は、今度は静まり返る。 

「その為の船をだそう。私はその者を責めない。皆も責めないでほしい……」 

 静かに涙を流す者があとをたたない。誰も出ていこうとしなかった。 

「感謝する。今をもって私は皆の雇い主でも主人でもない!我々は家族だ!共に生き延びよう!」 

「「「おおおおおお!!!!」」」 

 皆の声を受けながらサムエルは高台から降りた。 

「素晴らしい演説でしたね」 

 高台から降りてきたサムエルにベラスケスは声をかける。 

「演説なんて大層なものじゃない、商談とも違う…只のお願いさ……」 

 奴隷達は歓喜している。 

「やっぱり俺達のご主人様は凄いお方だな!」 

「俺……なんか、涙がでてきたよ……なぁ?ロペスもあのお方についていくだろ?」 

「ああ……」 

 ロペスは力なく呟いた。
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