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第101話

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~ハルが異世界召喚されて1日目の正午~ 

 ジリジリと肌を焦がす恒星テラ。外へ出るだけで汗が吹き出る。 

 この狐のような耳をつけて偽装し、獣人のふりをしているサリエリは汗だけではなく、愚痴も口から吹き出しているところだった。  

「何故ワシがこんな姑息なことをせにゃならんのじゃ…...」 

 サリエリは曾て皇帝の側に遣え、皇帝の、ひいては帝国の安寧を護っていた。現在も帝国四騎士にして最も古参の存在だが、現皇帝へ変わると同時に就任した軍総司令マキャベリーにより獣人国という辺境の地へと飛ばされてしまった。 

「そしてあの忌々しい小娘……」 

 マキャベリーの就任と同じく四騎士の座に着いたミラ・アルヴァレス。 

 ──あんな存在がいてたまるか! 

 魔法の研究に命を燃やしているサリエリにとって、年端もいかぬ小娘に自分の才能を容易に越えられては心穏やかでいられないのは当然のことだった。 

 全属性の第二階級魔法と風属性、水属性の第三階級魔法を使えるサリエリには、敵などいなかった。 

 またフルートベール王国の学校長アマデウスとはサリエリにとって古くからの好敵手、所謂ライバルだった。アマデウスが火属性の第三階級魔法を唱えた瞬間、サリエリはふるえた。これは嫉妬と歓喜のふるえだった。その対抗としては火属性の相克、水属性の第三階級魔法を習得することが最優先だった。サリエリが先頭に立ち帝国で第三階級水属性魔法の研究をした結果、今では帝国で何人もそれを唱えることができるようになったのだ。 

 しかし、第三階級の火属性魔法を広範囲魔法というのならば、水属性と風属性の第三階級魔法は局所的な攻撃魔法だった。これでは大軍を一気に葬ることができない。 

 またトルネイドとアクアレーザーは近距離攻撃だ。遠くへ標的が離れる程その威力は落ちてしまう。 

 しかし、第三階級のファイアーストームは違う。 

 ──憧れのファイアーストーム…… 

 サリエリはこの辺境の地にいる今も魔法研究に勤しんでいる。と言いたいところだが、思うように進展していないのが現状だ。 

 何故ならこんな無駄なことをしているからだ。 

 ──マキャベリーはわかっていない!ワシがどれだけ有益な存在なのかと!もしや、あの若造、ワシの研究を敢えて邪魔しているのだな?そうに違いない!ワシを恐れておるのだ!! 

 ボォォっと音を立てて燃える青い炎の映像がサリエリの記憶が甦る。 

 真っ赤な髪と真っ赤な瞳を持つミラがサリエリを無表情で見つめる。 

 見たことのない青い炎、いや古の魔法の書を読んだ際に青い炎について言及されていることをサリエリは知っている。 

 ──まさか!あんなにも若い!どこぞの者かもわからん小娘に自分の目指した頂の更にその先までいかれるとは…… 

 サリエリは何故だか怒りを覚えた。なぜ神はサリエリにその才を与えて下さらなかったのか、そしてなぜあんな小娘にそれを授けたのか聞きたかった。 

 サリエリが獣人国で与えられた任務は、獣人国の崩壊と獣人国の近隣にある国々の疲弊だった。 

 獣人国を崩壊させることは簡単なことだった。国の体制に反感を持つ愚か者は必ずいる。そして派閥もできる。片方の派閥にあるものを与えれば簡単に国など二分に分けることができる。 

 そのあるものとは力だ。 

 サリエリは獣人国の体制に反感を覚える者達に魔導具を与えた。 

 間もなく国は東西へと別れ、親人派の獣人国と反人派の反乱軍に分けられた。 

 内戦により、戦意のない獣人は近隣諸国に難民として逃げていく。  

 この状態を暫く続ければ、我々帝国の手が加わっていることにも気付かず近隣諸国は摩耗しいずれ帝国へと下るだろう。 

 この作戦を考えたマキャベリーの慎重さにサリエリは驚いた。ミラ含める四騎士達やその側近の力があればあっという間に諸外国を帝国のものにできる筈なのに。 

 ──そうなればこんなことをせずにワシは魔法の研究を……… 

 結局魔法の研究に帰決してしまう。その想いを心の奥に押し込め、サリエリは今の仕事に集中した。今、反乱軍の負傷者の元へと傷を癒しにやって来た。 

 大きな広場には多くの者が横たわっている。戦いに身を投じた負傷者達だ。直射日光を避けるために布を杭にくくりつけ簡易的な屋根にしているが、不衛生極まりない。 

「モツアルト様!みんな!!モツアルト様がいらっしゃったぞ!」 

 モツアルトとはサリエリの偽名だ。もっと言えば容姿も獣人族のそれにしている。 

 サリエリという名前はこんな辺境の地で知るものは少ないが用心に越したことはない。また容姿については同じ獣人族にすることにより警戒心を軽減できる。 

「モツアルト様!」
「モツアルト様!」 

 馬に乗ってやってきたサリエリを多くの獣人族が囲おうとする。 

「ええい!モツアルト様はこれから負傷者を癒しにきたのだぞ!お前らが邪魔をしてどうする!」 

 大柄な熊のような獣人バーンズが群がる者達を両手で払うようにしながら進んだ。 

「どけどけ!どくんだ!」
 
 もう一人の大柄なトラのような獣人ルースベルトも同じような動きをしてみせた。 

「よいよい。お前達、あまり邪険にしてはならぬぞ?」 

 二人を諫めるサリエリ。 

「し、しかし!」 

「やはりモツアルト様は素晴らしいお方です」 

 サリエリはゆっくりと負傷者のもとへ行き第一階級の聖属性魔法を唱えた。神々しい光が負傷者を覆った。 

「おおお!」
「奇跡だ!」 

 先程まで息も絶え絶えだった負傷者は起き上がり感謝を伝えた。 

「ありがとうございます!ありがとうございます!」 

「お主が負傷したのはここにおる同族の為じゃ、その者を治すのはワシも誇らしい。ワシからも御礼をしておかなければなぁ。ありがとう」 

「そ、そんな!勿体ないお言葉!」 

 傷を癒された者は歓喜に溢れ涙を流す。それを目の当たりにした多くのもの同様に涙を流した。
 
 すると、包帯を巻き横たわっている多くの者の中から慎重に起き上がり、弓を携える者がいた。 

 その者は周囲に気付かれないようにして一気に起き上が、サリエリもといモツアルトに向かって弓を射る。
 
 それと同時に野次馬にまぎれて刃物を持っている者2人もサリエリに襲いかかった。 

 サリエリに向かって飛んでくる弓矢をトラのような獣人ルースベルトが矢じりに触れぬようにキャッチした。そして、矢を放った者に向かって突進する。 

 ルースベルトが矢をキャッチしたと同時にモツアルトの両背後から襲ってくるは、獣人国側の暗殺者2名だ。 

 モツアルトの両脇腹に、刃物が刺さるすんでのところで熊のような獣人バーンズが暗殺者2名の間に割って入り、刃物を握っている2人の腕を掴み握りしめ、腕を折った。その折った二人の腕を掴んだまま、バーンズは自分の手を交差させる。暗殺者2名の頭と頭をぶつけ合わせた。 

 バーンズは両手を離し今度は暗殺者二人の頭に手を置いて地面に叩きつけた。地面はその衝撃で凹む。 

 矢を止められ逃げようとした暗殺者はルースベルトに背を向け走ったが、一瞬にして間合いを詰められ噛み殺された。 

「おいルース!殺しちゃダメだろ!」 

「すまん!背を向けて逃げられると無性に噛みつきたくなるんだ」 

「しようのない奴め。気持ちはわからんでもないが……申し訳ありません。モツアルト様。ルースベルトがしくじりました」 

「よい。どうせ獣人国側の者じゃろ?さぁ治療の続きじゃ」 

 サリエリは振り返らずに言った。 

「それよりもヂートはどこにおる?」 

 治療をしながらサリエリはバーンズに訊く。 

「はい、奴はサバナ平原にて対獣人国軍の指揮、そして自ら戦力となり明日の総攻撃に向けてある程度、敵戦力を削っております」 

「ふむ……」 

「バーンズ、ヂートの所に行ってワシの元に一旦下がるように伝えてくれぬか?」 

 明日、獣人国に総攻撃をかける。ヂートのことだからある程度、戦力を削るなんて器用なことは出来ないとサリエリは考えた。 

 それにしても明日の総攻撃。こんな辺境の地で、こんな姑息なことをしていたのだ。2年間も。 

 他国への情報の漏洩を抑えるため、獣人国側にも密偵を忍ばせている。 

 もう準備万端だ。 

 ──それにしても張り合いのない相手じゃ。少しくらい強い奴がおっても良いんじゃがな?
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