上 下
76 / 146

第75話

しおりを挟む
~ハルが異世界召喚されてから13日目~ 

『始めぇぇ!!』 

 実況の声が歓声の間に割って入る。その声を更なる歓声が埋め向くした。 

 レナードは開始の合図と同時に、シューティングアローを唱える。 

 アベルはそれを躱すと、直進してきたレナードが飛び膝蹴りを食らわしてきた。初めから魔法が躱されるとわかっていたかのような動きだ。しかし、スコートはレナードの唱えたシューティングアローを見て鳥肌が立つ。自分では避けきれないと判断したからだ。 

 アベルは半身になって、レナードの横を通り過ぎるようにして、その飛び膝蹴りを避ける。すれ違い様にレナードの胸に手を置いてファイアーボールを唱えた。 

 レナードは胸に置かれたアベルの手を掴み、腕に脚を絡ませる。そしてアベルの掌を脇にずらした。ファイアーボールはレナードの脇の間で放たれ、火球は観客席へと向かい、滅する。レナードの脚はアベルの腕に絡み付けた勢いそのままに、アベルの後頭部を蹴るが、アベルはそれを難なく片手で受け止め、一言告げる。 

「もっと本気でかかってこい」 

 レナードはアベルから離れ、もう一度間をとった。 

『は?いぇ?何が起きているんだぁ!?』 

 実況と観客の殆どが何が起きたかわかっていない。 

「何がどうなってんの?」
「わかんねっ」 

「な、なにが起きているんだ?」 

 ダーマ王国宰相のトリスタンは自分の思ってることが口から出る。 

「あのアベルって子はダーマのどこ出身で両親は何をしているのですか?」 

 アナスタシアはトリスタンの疑問には答えず、質問で返した。 

 トリスタンはアベルの設定上のことを言おうとしたが思い止まる。一国の宰相が1年生の出身を知ってるのは不自然だと考えたからだ。仮に言ったとしても代表選手の為一応調べたと言い訳ができるが、少しの疑問を抱かせたくはなかった。 

「あとで彼の担任に聞いてみよう」 

「……」 

 トリスタンの返答に何の反応も示さないアナスタシア。この試合に圧倒されているようだ。 

「……」
「……」 

「あのぉ、今のはどういう攻防が……」 

 ヴァレリー法国議長ブライアンが訊く。シルヴィアとエミリアは黙っていた。真剣な面持ちで2人の試合を見ている。 

「その台詞を聞くのは久し振りだよ」 

 レナードは自分に向かって本気でかかってこいなんて言われるのはいつぶりかを思い出していた。 

「じゃあ、いくよ?」 

 レナードは光の剣を顕現させ剣技『剣気』を使って身体能力を向上させる。光の剣のせいでレナードは下から光を受けて、怪しく照らされていた。 

 光の剣を下段に構えたレナードは横一閃に虚空を薙ぎ払う。観客の目に残像が半円を描くようにして刻まれる。斬撃がアベルの足元に向かって直進した。 

 アベルはそれをその場で跳躍して躱すと、レナードがクルクルと光の剣を器用に回しながら接近し、空中にいるアベルの脇腹から肩にかけて斜めに斬り上げた。しかし、アベルの足がレナードの斬り上げようとする腕を抑えるようにして乗っかる。 

「近付きすぎだ」 

 アベルはそう呟くとレナードが斬り上げる腕の力をも利用して、後方へと飛ぶ。音もなく着地を決めるアベルに、レナードは追い討ちをかけた。剣技を連続で繰り出すレナード。それを全て紙一重で躱すアベル。 

「わぁー夜に見たら綺麗そぉー」 

 バカそうな女が両の掌を目一杯開いて、宝石をみるかのような仕草で言った。 

 ──すっげぇ、全部完璧に躱してる…… 

 レナードは攻撃しながら思った。 

 躱される中、片手を剣から離し、シューティングアローを唱えた。先程のレイの試合のように剣技と魔法による連続攻撃。しかし、やはり当然の如く躱される。 

「レイもやっていたが光の剣だけでなくそこに魔法を唱える…すごい!」 

 デイビッドはレナードに感心した。 

「でもそれをアイツ全部避けてるよ?」 

 アレンがデイビッドの独り言に追加で一言付け加える。 

「すげぇ……」 

 スコートはただただ驚いていた。 

「っく!」 

 レナードは又も一旦距離をおく。 

「はぁはぁはぁ……」 

 レナードが肩で息をし始めた。それもそのはず、光の剣は魔力の消費が激しい、そこに剣技を駆使しつつ魔法も使っている。 

 いくらレナードといえど消耗は著しい。 

 しかし対するアベルは余裕が窺えた。 

 ──このまま剣技を繰り出すのも楽しいが……勝ちにいかなくては…… 

 レナードはそう思うと第二階級光属性魔法を唱えた。 

 一回戦でグスタフに唱えたモノよりも広範囲に唱えた。光源がリングを覆い尽くす。これでは避けるもなにもない。 

「プリズム!」 

 眩い煌めきがアベルに降りかかる。 

 観客はあまりの眩しさのため、手でひさしをつくり目の辺りに翳している。やがて目が慣れるとリング上には1つの人影しか見えない。いや、1つではなく2つの人影が重なり1つに見えているのだ。 

 ようやく2人が何をしているのかわかった。 

 レナードが再び光の剣をだし、アベルに斬りかかっているが、それをアベルは素手で受け止めていた。 

 押しも引くも出来ない状態でレナードは硬直している。 

「なんたることだ……」 

 それを見ていたレナードの父レオナルド・ブラッドベルは呟く。何故なら、光の剣を白羽取りのように掴んでいるからだ。光の剣は魔法と同じ扱いなので、手に魔力を纏うと遠距離系の魔法と同様弾かれるのが普通だ。 

 しかし、あの白髪の少年アベルは手でそれを掴んでいる。おそらく魔力の制御が完璧なのだろう。レナードの造った光の剣に込められた魔力量を瞬時に見極め、ピタリと一致させたことで自分の手を傷つけることもなく、光の剣を弾くことにもならずに剣を掴んでいる。 

 このことは何を意味しているのか、ずばりレナードよりも格上だと証明している。 

「君も全力で来たらどうなんだ?」 

 レナードがお返しとばかりにアベルに囁く。するとレナードは眼前にいたアベルの姿を見失った。リングにはアベルの足が付着していた部分だけがひび割れている。 

 レナードは自分の背後でアベルの声を聞いた。 

「わかった」 

 振り向くとアベルが剣を手にしていた。 

「え?」 

 レナードは疑問を口にする。何故ならレナードの光の剣は風の中を舞う砂のように消えていくからだ。 

 そして、レナードの腕輪が砕け散った。 

『勝者ぁぁ!!アベル・ルーグナー!!』
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

どこかで見たような異世界物語

PIAS
ファンタジー
現代日本で暮らす特に共通点を持たない者達が、突如として異世界「ティルリンティ」へと飛ばされてしまう。 飛ばされた先はダンジョン内と思しき部屋の一室。 互いの思惑も分からぬまま協力体制を取ることになった彼らは、一先ずダンジョンからの脱出を目指す。 これは、右も左も分からない異世界に飛ばされ「異邦人」となってしまった彼らの織り成す物語。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

【完結】投げる男〜異世界転移して石を投げ続けたら最強になってた話〜

心太
ファンタジー
【何故、石を投げてたら賢さと魅力も上がるんだ?!】 (大分前に書いたモノ。どこかのサイトの、何かのコンテストで最終選考まで残ったが、その後、日の目を見る事のなかった話) 雷に打たれた俺は異世界に転移した。 目の前に現れたステータスウインドウ。そこは古風なRPGの世界。その辺に転がっていた石を投げてモンスターを倒すと経験値とお金が貰えました。こんな楽しい世界はない。モンスターを倒しまくってレベル上げ&お金持ち目指します。 ──あれ? 自分のステータスが見えるのは俺だけ? ──ステータスの魅力が上がり過ぎて、神話級のイケメンになってます。 細かい事は気にしない、勇者や魔王にも興味なし。自分の育成ゲームを楽しみます。 俺は今日も伝説の武器、石を投げる!

【完結】婚活に疲れた救急医まだ見ぬ未来の嫁ちゃんを求めて異世界へ行く

川原源明
ファンタジー
 伊東誠明(いとうまさあき)35歳  都内の大学病院で救命救急センターで医師として働いていた。仕事は順風満帆だが、プライベートを満たすために始めた婚活も運命の女性を見つけることが出来ないまま5年の月日が流れた。  そんな時、久しぶりに命の恩人であり、医師としての師匠でもある秋津先生を見かけ「良い人を紹介してください」と伝えたが、良い答えは貰えなかった。  自分が居る救命救急センターの看護主任をしている萩原さんに相談してみてはと言われ、職場に戻った誠明はすぐに萩原さんに相談すると、仕事後によく当たるという占いに行くことになった。  終業後、萩原さんと共に占いの館を目指していると、萩原さんから不思議な事を聞いた。「何か深い悩みを抱えてない限りたどり着けないとい」という、不安な気持ちになりつつも、占いの館にたどり着いた。  占い師の老婆から、運命の相手は日本に居ないと告げられ、国際結婚!?とワクワクするような答えが返ってきた。色々旅支度をしたうえで、3日後再度占いの館に来るように指示された。  誠明は、どんな辺境の地に行っても困らないように、キャンプ道具などの道具から、食材、手術道具、薬等買える物をすべてそろえてた。  3日後占いの館を訪れると。占い師の老婆から思わぬことを言われた。国際結婚ではなく、異世界結婚だと判明し、行かなければ生涯独身が約束されると聞いて、迷わず行くという選択肢を取った。  異世界転移から始まる運命の嫁ちゃん探し、誠明は無事理想の嫁ちゃんを迎えることが出来るのか!?  異世界で、医師として活動しながら婚活する物語! 全90話+幕間予定 90話まで作成済み。

何者でもない僕は異世界で冒険者をはじめる

月風レイ
ファンタジー
 あらゆることを人より器用にこなす事ができても、何の長所にもなくただ日々を過ごす自分。  周りの友人は世界を羽ばたくスターになるのにも関わらず、自分はただのサラリーマン。  そんな平凡で退屈な日々に、革命が起こる。  それは突如現れた一枚の手紙だった。  その手紙の内容には、『異世界に行きますか?』と書かれていた。  どうせ、誰かの悪ふざけだろうと思い、適当に異世界にでもいけたら良いもんだよと、考えたところ。  突如、異世界の大草原に召喚される。  元の世界にも戻れ、無限の魔力と絶対不死身な体を手に入れた冒険が今始まる。

迷い人 ~異世界で成り上がる。大器晩成型とは知らずに無難な商人になっちゃった。~

飛燕 つばさ
ファンタジー
孤独な中年、坂本零。ある日、彼は目を覚ますと、まったく知らない異世界に立っていた。彼は現地の兵士たちに捕まり、不審人物とされて牢獄に投獄されてしまう。 彼は異世界から迷い込んだ『迷い人』と呼ばれる存在だと告げられる。その『迷い人』には、世界を救う勇者としての可能性も、世界を滅ぼす魔王としての可能性も秘められているそうだ。しかし、零は自分がそんな使命を担う存在だと受け入れることができなかった。 独房から零を救ったのは、昔この世界を救った勇者の末裔である老婆だった。老婆は零の力を探るが、彼は戦闘や魔法に関する特別な力を持っていなかった。零はそのことに絶望するが、自身の日本での知識を駆使し、『商人』として新たな一歩を踏み出す決意をする…。 この物語は、異世界に迷い込んだ日本のサラリーマンが主人公です。彼は潜在的に秘められた能力に気づかずに、無難な商人を選びます。次々に目覚める力でこの世界に起こる問題を解決していく姿を描いていきます。 ※当作品は、過去に私が創作した作品『異世界で商人になっちゃった。』を一から徹底的に文章校正し、新たな作品として再構築したものです。文章表現だけでなく、ストーリー展開の修正や、新ストーリーの追加、新キャラクターの登場など、変更点が多くございます。

ただの世界最強の村人と双子の弟子

ヒロ
ファンタジー
とある村にある森に、世界最強の大英雄が村人として生活していた。 そこにある双子の姉妹がやってきて弟子入りを志願する! 主人公は姉妹、大英雄です。 学生なので投稿ペースは一応20時を目安に毎日投稿する予定ですが確実ではありません。 本編は完結しましたが、お気に入り登録者200人で公開する話が残ってます。 次回作は公開しているので、そちらも是非。 誤字・誤用等があったらお知らせ下さい。 初心者なので訂正することが多くなります。 気軽に感想・アドバイスを頂けると有難いです。

処理中です...