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見ざる聞かざる……

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「なんで、イチがそんな顔してんの」


休憩時間、ぼーっとコーヒーで両手を温めてたら、ふいに声を掛けられた。


「……だって」


辺りを見ても、他に誰もいない。
でも、ユウはそんなのどうでもいいみたいに、まっすぐこっちへ向かったと思うと隣に腰を下ろした。


「言ったでしょ。あんな展開、想定内なの。イチが凹むことないから」

「なんで、ユウはそんなに何でも分かっちゃうの? 」


くしゃっとした笑みが広がる前に、あっ、と思った。
また、「なんで」。自分で考えろって言われたばかりなのに。


「っあ……の、さ。何か懐かしくなっちゃった。ユウと初めて会った時、今の実くんくらいの歳だったよね」


二人の名前を一呼吸で呼べば、どうしたって『おにーさん』の声が重なってしまう。


「ん? そりゃ、入社した時だからね。そのくらいかも」

「あの時さ、先輩って呼んでくれてたの懐かしいなー。すごく可愛かった」

「それはイチのせいでしょーが。先輩って呼べないことばっかしてくれちゃって」


……う。それはそうだ。
身に覚えがありすぎて、逆にどれのことだか分かんない。


「面目ない」

「でしょーね。とか言いつつ、覚えてないんだろうけど、それも想定内」

「……うう。仰るとおりで申し訳ない」


ふっと笑った時に漏れた息が、思ったよりも近い。
その近さに、何となく顔をユウの方へ向けられなくて、代わりに黒目だけ動かした。
でも、一体、どこを見たらいいのやら。
迷った挙げ句、できるだけぼんやりと巻いているストール辺りを見ることにした。


「言わなかったっけ。いいんだよ、それで。好きでやってんだから」


『温くなっちゃったね』


そう言って、ゆっくり缶を包んだ手を開かせて。
びっくりして、今度は垂直というほど下から見上げる私に、今度はちゃんと楽しそうに笑った。


「俺が嫌なんだよ。お前が、誰かに傷つけられるの見るの」


(……あ……)


まただ。ううん、今度は久しぶり。


「体、冷えたんじゃない。運動不足・不摂生の冷え性だもんね、イチは。……ほら」


ボタンを外す指に注目してると、クスッとまた笑われる。
そして何が何だか分からないうちに、着ていたカーディガンがふわりと私の肩に掛けられた。


「いっ、いいよ。ユウだって寒いでしょ」

「いいから、大人しく着てな? 俺が優しいことしてるうちに、いいこにしといた方がいいよ」


そう言って、首に巻いていたストールまで解いて――そっと、私の耳から首、肩までを包んでくれる。


「……っ、ゆ、」

「ゆっくりしてな。あの子の相手、恋愛下手には結構疲れんじゃない? イチ、自分で気がついてないダメージ受けてると思う」


(……あったかい、けど)


耳がふわふわのストールで埋もれてる。
でも、聞こえてないふりにはちょっとだけ遅い。

何かがひんやりして、胸騒ぎがした。だって。

『俺』だけじゃなくて『お前』。
最後にそう呼ばれたのは、最初にそんなふうに言われたのはいつ、だったんだろう。



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