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第八章
履行
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その後、彼と彼女について話をした。恋愛経験もないくせに、大人として知りえた情報をフルに生かして彼に
アドバイスをした。役に立つかどうかはわからないが、少なくとも彼の自信の糧にはなり得たようだ。
恋愛に熱中しろというアドバイスがしたかったわけではない。自分を肯定してくれる存在を見つけてほしかったのだ。
僕はこれまで、自分を否定することが多かった。それは、間違ってはいないと思っているし、後悔などしていない。
ただ、目の前の少年にはまだ自己否定に浸るのは早すぎる。そこで安っぽい発想かもしれないが、お互いに肯定しあえる
存在を見つけることが、ひいては僕に欠けているものを補うことが出来る近道ではないかと思ったのだ。
残念ながら、この恋が成就するとは思えない。僕には悪いが相手はいわゆる高嶺の花だ。しかし、その経験がきっと僕を明るい未来へ導いてくれるのではないか
僕はそんな気さえしている。もしかしたら、失恋をきっかけに何か夢中になれること見つけることが出来るのではないか。
そうすれば、僕の思惑通りだ。僕は自分が少し微笑んでいることに気が付いた。
僕と彼、2人とも笑顔になったそんなとき、入り口のドアが開いた。そこに立っているのは、例の美人だった。
彼女は高校生の僕を迎えに来たのだと告げた。僕はまだ彼と話をしたかったが、我慢して彼に離席することを促した。
彼も名残惜しそうだったが、流石は気弱な僕だ。大人の指示にはよく従う。
彼は、部屋を後にする際、僕にこう言った。
「先生、ありがとうございます。僕、頑張ってみます。なんでだろう、先生のアドバイスって適格だなって納得できちゃうんですよね。
学校の先生にはそんなこと思ったことないのに。きっと先生は有名なお医者さんなんですね。・・・名前は教えてくれないですよね。」
僕は、彼に謝った。僕はもう彼に、いや自分自身にどんな小さい嘘でもつきたくなかった。だから名前は言えない。
「いえ、そんな。何故か僕と先生ならまたどこかで会える気がしてます。なんででしょうね。てか、僕結構恥ずかしいこと言ってますね。」
彼は照れ笑いを浮かべながら、そう言った。
僕は黙って微笑むことにした。僕はもう嘘をつきたくない。
僕は部屋を出ようとする彼の背中に、声を掛けた。
がんばれよ。君はきっと素敵な大人になれる。と
これは断じて嘘ではない。僕の本心からの言葉だ。
彼は大きく頷いて、部屋を後にした。
僕は再び部屋に一人残された。
あの美人な支配人は僕も迎えに来てくれるのだろうか。それとももう誰もこの部屋に現れることはないのであろうか。
どちらにせよ、僕を待ち受けている運命は一つだけだ。契約の債権履行は果たされた。
今度は僕が債務履行を果たす番だ。僕がそんなことを考えていると、再び入口のドアが開いた。
そこには例の美人の支配人が立っていた。彼女は僕を玄関口で案内した際と同じ笑顔をその整った顔に貼り付けていた。
「お客様。先ほど過去のお客様には無事に元の場所にお戻りいただきました。」
良かった。これで彼の人生はこれからも続いていくだろう。彼のここでの記憶はどうなるのか、彼女に尋ねてみた。
「過去のお客様は今日の出来事をすべて覚えていらっしゃいますよ。ご安心ください。」
僕は、過去の自分が自分がやらなければいけないことは覚えているが、なぜそれを覚えているのか分からない。といったような
映画などでよくある展開を少し期待したが、そのようなことは無いようだ。
まあ、今日の出来事を過去の僕が誰かに言いふらすとは考えにくい。大丈夫だろう。
「お客様にはこのまま、この部屋で過ごしていただきます。その他にわたくし共からお客様に求めることはございません。
ただ、この部屋で過ごしていただければよいのです。」
僕は、彼女の顔を見ないまま話しを聞き、頷いた。
彼女が僕に向かって深くお辞儀をして、部屋を後にするのを僕は視界の端でとらえていた。
僕は黙って天井を見つめた。僕はこの債務から逃れようなどとは考えない。
なぜなら、それは契約の不履行に当たる。それは、ひいては過去の僕に迷惑をかけることになるに違いないと確信しているからだ。
僕はこのままこの部屋で過ごす。
そう言えば、この部屋に案内される途中、同じような部屋がいくつもの並んでいたな。と思い出した。
そして、その部屋の中の状況を想像したとき、僕は全身が泡立つのを感じた。
アドバイスをした。役に立つかどうかはわからないが、少なくとも彼の自信の糧にはなり得たようだ。
恋愛に熱中しろというアドバイスがしたかったわけではない。自分を肯定してくれる存在を見つけてほしかったのだ。
僕はこれまで、自分を否定することが多かった。それは、間違ってはいないと思っているし、後悔などしていない。
ただ、目の前の少年にはまだ自己否定に浸るのは早すぎる。そこで安っぽい発想かもしれないが、お互いに肯定しあえる
存在を見つけることが、ひいては僕に欠けているものを補うことが出来る近道ではないかと思ったのだ。
残念ながら、この恋が成就するとは思えない。僕には悪いが相手はいわゆる高嶺の花だ。しかし、その経験がきっと僕を明るい未来へ導いてくれるのではないか
僕はそんな気さえしている。もしかしたら、失恋をきっかけに何か夢中になれること見つけることが出来るのではないか。
そうすれば、僕の思惑通りだ。僕は自分が少し微笑んでいることに気が付いた。
僕と彼、2人とも笑顔になったそんなとき、入り口のドアが開いた。そこに立っているのは、例の美人だった。
彼女は高校生の僕を迎えに来たのだと告げた。僕はまだ彼と話をしたかったが、我慢して彼に離席することを促した。
彼も名残惜しそうだったが、流石は気弱な僕だ。大人の指示にはよく従う。
彼は、部屋を後にする際、僕にこう言った。
「先生、ありがとうございます。僕、頑張ってみます。なんでだろう、先生のアドバイスって適格だなって納得できちゃうんですよね。
学校の先生にはそんなこと思ったことないのに。きっと先生は有名なお医者さんなんですね。・・・名前は教えてくれないですよね。」
僕は、彼に謝った。僕はもう彼に、いや自分自身にどんな小さい嘘でもつきたくなかった。だから名前は言えない。
「いえ、そんな。何故か僕と先生ならまたどこかで会える気がしてます。なんででしょうね。てか、僕結構恥ずかしいこと言ってますね。」
彼は照れ笑いを浮かべながら、そう言った。
僕は黙って微笑むことにした。僕はもう嘘をつきたくない。
僕は部屋を出ようとする彼の背中に、声を掛けた。
がんばれよ。君はきっと素敵な大人になれる。と
これは断じて嘘ではない。僕の本心からの言葉だ。
彼は大きく頷いて、部屋を後にした。
僕は再び部屋に一人残された。
あの美人な支配人は僕も迎えに来てくれるのだろうか。それとももう誰もこの部屋に現れることはないのであろうか。
どちらにせよ、僕を待ち受けている運命は一つだけだ。契約の債権履行は果たされた。
今度は僕が債務履行を果たす番だ。僕がそんなことを考えていると、再び入口のドアが開いた。
そこには例の美人の支配人が立っていた。彼女は僕を玄関口で案内した際と同じ笑顔をその整った顔に貼り付けていた。
「お客様。先ほど過去のお客様には無事に元の場所にお戻りいただきました。」
良かった。これで彼の人生はこれからも続いていくだろう。彼のここでの記憶はどうなるのか、彼女に尋ねてみた。
「過去のお客様は今日の出来事をすべて覚えていらっしゃいますよ。ご安心ください。」
僕は、過去の自分が自分がやらなければいけないことは覚えているが、なぜそれを覚えているのか分からない。といったような
映画などでよくある展開を少し期待したが、そのようなことは無いようだ。
まあ、今日の出来事を過去の僕が誰かに言いふらすとは考えにくい。大丈夫だろう。
「お客様にはこのまま、この部屋で過ごしていただきます。その他にわたくし共からお客様に求めることはございません。
ただ、この部屋で過ごしていただければよいのです。」
僕は、彼女の顔を見ないまま話しを聞き、頷いた。
彼女が僕に向かって深くお辞儀をして、部屋を後にするのを僕は視界の端でとらえていた。
僕は黙って天井を見つめた。僕はこの債務から逃れようなどとは考えない。
なぜなら、それは契約の不履行に当たる。それは、ひいては過去の僕に迷惑をかけることになるに違いないと確信しているからだ。
僕はこのままこの部屋で過ごす。
そう言えば、この部屋に案内される途中、同じような部屋がいくつもの並んでいたな。と思い出した。
そして、その部屋の中の状況を想像したとき、僕は全身が泡立つのを感じた。
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