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君とエレベーターで
しおりを挟む「優也っ……ねえ待ってよ、どうしたの?」
足早に店を出て行くその背中を追いかけた。二度と追いつけないような気がしたものの、エレベーターのそばでやっと肩を並べることができた。
「何。見送りに来たのか?」
僕を見据える視線が冷たい。まだ苛立っているようだ。つい萎縮してしまいそうになるが、なんとか答える。
「う、うん。下まで、僕もいくから」
「わかった。でも、店、いいのかよ」
そう言った優也の肩からふっと力が抜けた気がして、わずかにほっとした。微笑んで、うん、と頷く。
「大丈夫。ちょっと抜けるって言ってきたから。あとは一緒についてた後輩たちがなんとかしてくれると思う」
「そうか」
「優也こそいいの、皆置いて帰って」
「いいよ別に。あとで連絡入れる」
そしてエレベーターに向き直り、開ボタンを押すとすぐに乗り込んだ。ちょうどこの階でとまっていたらしい。僕も続いて乗り込みながら、今更になって恥ずかしさが込み上げてくるのを感じていた。さっきはかっこ悪いところを見られてしまった……過去の僕を知る人間に、しつこく馬鹿にされているところなんて。情けなくて、言い訳せずにはいられなくて、から元気を装いながら口を開く。
「それにしてもさっきはびっくりしたなあ、急に優也が席に来るから……あのふたりね、僕と同じ高校なんだよ。ああしていろいろ言うけどさ、たまに来てくれるし。まあ、昔のノリっていうか、ちょっと辛辣なことも言うけど……」
ふたりだけの空間に、僕の頼りない声だけが虚しく響く。優也はそれにまったく反応を示さず、うつむいて、一階ずつ降りていくエレベーターの表示を凝視している。
しまった。こんな言い訳じみた話、つまらないに決まっている。
「なに? 優也酔ったの? 怒ってる? じゃあさ、えれちゅーでもする? 機嫌直るかもよっ」
笑ってほしくておどけて見せた。からかうように、笑顔で優也の顔を覗き込む。
「うるせえよ」「こっち見んな」「するわけないだろ」などなど、反応はじゅうぶん想像できていた。それでこのなんとも言えない気まずさも霧散することだろう。
しかしその予想は裏切られた。
気がついたらエレベーターの狭い空間の中、乱暴に壁に押しつけられていた。
いま自分の身に起こっていることなのに、なにがなんだかわからなかった。とても現実だとは思えなかったからだ。
……優也が僕に、本当にキスをするなんて。
◆
一瞬にも一生にも思える時間が過ぎて、やがて顔が離れたとき、腰が抜けた僕はずるずるとその場にへたり込んでしまった。
絶対にからかわれている。
絶対にからかわれている。
馬鹿にされてるに決まっている!!
頭ではそう思っているのに心臓はおかしいくらいに高鳴り、顔は熱く、舞い上がって浮遊しそうになる魂をなんとか捕まえているような状況だった。
「わ、ゆ、え、あの、はわ………」
舌もまわらない。言葉にならない。
しかし優也は、そんな僕を見ても動じることなく、むしろ平然としていた。
「……あんな連中の相手してまで金稼ぐことないんじゃないか」
「……へ?」
「ホスト辞めろよ。わかったな」
……そんなの。
答えはもちろんYESorYESだ。
僕は口をぱくぱくさせたまま、何度も何度も頷く。そうしないと、この夢みたいな時間が消えてなくなってしまうような気がした。
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