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君とアフターを

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控え室で熱心に化粧や髪型を整えていたら、背後から声をかけられた。鏡越しに見ると、銀髪で長身のホストが立っている。忍さんだ。


「珍しいじゃん、こんな時間にお色直しなんて。アフター?」
「そうなんですよ。すみません、忍さんのスプレー借りていいですか?」
「いいよ、自由に使っちゃってー」
「ありがとうございます」


直した部分の髪の毛にシューっとスプレーを噴射する。そして鏡に向かってキメ顔。よし。かわいいしかっこいいぞ。


自画自賛してコートを羽織ると、忍さんや残っている他の従業員に挨拶をして、デビルジャムを出た。自然と足早になってしまう。エレベーターを降りたところで、少し先のポールに腰掛けてタバコを吸っている背中を見つけ、僕は心臓のあたりがじんわりとあたたかくなるのを感じた。


「優也、ごめん。寒い中待たせちゃって」


言いながら駆け寄ったら、優也がゆっくりと振り向いた。その猫っ毛の短髪を朝方の風がそっと撫でる。


「素直に待っといてなんだけど、どうして俺がお前とアフターをしなきゃいけないんだ」


責める口調だけど本当は怒っていないことは百も承知なので、僕はへらりと笑って見せた。


「だって僕お腹すいたしさー、なんか食べに行きたくて」
「まあ、それは賛成だな」


行くか、と言って立ち上がった優也の隣に並んで歩きながら、密かにその横顔を見上げた。優也はあんまり自覚がないみたいだけど、スタイルがよくて本当にかっこいい。つい口元が緩みそうになるのを堪えて、白い息を吐き出した。











居酒屋で向かい合ってビールを飲んでいる時、優也が仕事について質問してきた。


「キツくなったりしねーの?」
「うーん、わりと平気かな。僕、ホスト、天職だから」


そう言い切ると、たしかに、と納得したように頷いている。
僕たちには共通の話題なんてなにもないように思えるのに、ふたりでいると案外会話をする。どれも本当に何気ないことばかりだけれど、それがかえって嬉しい。


「まあ身体がキツくないならいいよな。本当に向いてると思うし」
「でも僕、優也が辞めろって言ったら、辞めるけどね」


言ったあと、ちらっと表情を窺ってみた。はあ? というような顔をしている。


「はあ? なんだそれ」
「べつにっ」


顔に出ていた上に言葉にもされたので腹が立って、わざとらしく拗ねて見せた。もちろん冗談だけど、半分は本心でもある。
絶対にあり得ないけど、優也がホストをやめてほしいと僕に言うことがあったなら、僕は迷いなく辞めて昼の仕事に就くだろう。


「そもそもなんでホスト始めたの?」
「ホストにね、誘ってくれた先輩がイケメンだったから。僕、そのころ憧れてて、少しでも一緒にいたくて始めたって感じかな」


先輩のことはいまでも鮮明に思い出せる。僕にとってはもう終わったことなので、本当に何気なく口にした。優也も何気ないふうに頷いているが、その顔を見た時、僕は違和感をおぼえた。あれ?なんか。


……いやいや、まさか。


忍さんに言われた逆夢という言葉に、僕はどうやら期待しすぎているらしい。あるわけがない。僕がほかの男性の話をしたときに、優也が、わずかになにかを堪えたような表情をみせるなんてこと。

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